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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第九章 朱に染まる鉱山
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獣鬼騎士 その一

 我々は音を立てないように気を付けながら慎重に追跡していく。それは奴らがプレイヤーの追跡を諦めるその瞬間を狙うためだった。


「各人、何時でも戦えるように備えておいて欲しい。最初の一撃が肝心だ」


 私の小声での指示に、皆が頷くのを確認する。何事も最初が肝心、特に戦闘ではそうだと私は考えている。常に先手を取り続けて、戦いの主導権を握り続けるのが理想的なのだ。


 しかし想定外のことが起こるのは当然のこと。故にそこから流れをもう一度こちら側へ持っていくのが腕の見せ所であろう。


「…よし、今だな。星魔陣、待機解除、炎帯(フレイムバンド)

「「「「「!?」」」」」


 私は待機状態にして放つのを待っていた魔術を解放する。それは【火炎魔術】の炎帯(フレイムバンド) だ。


 私のすぐそばに浮き上がった魔法陣から現れた五つの火の玉は、五匹いる獣鬼(トロール)に向かって一発ずつ飛んで行く。そして炎の尾を引きながら奴らに纏わり付き、そのまま身体を一気に焼き始めた。


 奴らには【火属性脆弱】という弱点がある上に、これは奇襲だ。私の【暗殺術】の効果で威力は間違いなく上がっている。格上でしかも防具に守られた獣鬼騎士(トロールナイト)はともかく、私よりも格下で防具も無い獣鬼(トロール)はみるみる内に体力が減少していく。


 森の中で【火属性魔術】を使うのは延焼の可能性を考慮して可能な限り抑えていたのだが、この炎帯(フレイムバンド)は炎の勢いと位置を固定させられるので都合がいい。まあ、火達磨になった獣鬼(トロール)がのたうち回ればその気遣いも無為になるのだが。


「ほらほら、追撃だよん!呪文調整、石柱(ストーンピラー)!」

「呪文調整、風槍(ウインドランス)ー」


 だから、連中が動き回れないように追撃を加える。先ずはしいたけとウールによる魔術の連射だ。【地属性魔術】だけしか覚えていないしいたけに対し、ウールは【風属性魔術】と【水属性魔術】を使える。しかし、今【水属性魔術】を使ってしまうと燃えている炎が鎮火してしまう。なのでこちらだけを使っているのだ。


「ほれほれ、行け行けぇ!カマしたれや!」


 次に七甲の【召喚術】で喚び出した大量のカラスが特攻を仕掛ける。私とは違い、彼は召喚術に特化している。見習い魔術師から見習い召喚術師を経て、召喚術師へと至ったのだ。


 彼が呼び出す魔物は私が彼と同じレベルだった頃に召喚したそれらとは性能が全く違う。私は防御特化の個体に壁をやらせるか自爆させるのを前提にしていたので誤魔化しが利いていたが、やっぱり専門家に勝てる訳がないのだろう。


 コントロールも精密になっているようで、彼の召喚したカラスは獣鬼(トロール)の頭部を重点的に攻撃し始めた。獣鬼騎士(トロールナイト)は燃える身体と他の魔術による追撃を耐えながらこちらに来ようとしていたが、流石に視界を埋めつくしつつ嘴や爪で顔を攻められては無視出来ないらしい。足を止めて武器を振り回し、必死に追い払おうとしていた。


「ほーん。弱い魔物やと直撃せんでも余波で殺られるんか。ほれ、おかわりや」


 七甲は【召喚術】に特化したお陰で魔物一体辺りに掛かる魔力のコストも随分と減少している。しかも最初に喚んだのはレベル10の大烏(ビッグクロウ)なので、必要な魔力もそもそも少ない。故に減った戦力を補充するのは彼にとって大した労力ではないのである。これで、準備は整った。


「よっしゃあ!突撃ぃ!」

「足は引っ張らないようにしなきゃね!」

「手早く行くよ」

「わかっておりますとも」


 火に巻かれ、魔術で傷付き、カラスに集られた獣鬼(トロール)達。そこへ残りの仲間達が襲い掛かる。そのタイミングで私は炎帯(フレイムバンド)の効果を切った。ここから白兵戦だというのに、同士討ち(フレンドリーファイア)が有効な現環境では私の炎に仲間達も焙られることになるからだ。加えて仲間にも【火属性脆弱】があったりするので、もしそのままだと私が彼らを殺してしまいかねないのである。


「ハハッハァ!やるぞ、お前達!」

「グルゥッ!」

「(パタパタ)」


 茂みから真っ先に飛び出して突っ込んだのは、勿論セイだった。気合いの入った掛け声に角狼(ホーンウルフ)のフィルは短い唸り声で、蝶妖精(フェアリー)のテスは羽を可愛らしく羽ばたかせて応える。


 そこからは一瞬であった。フェイの角が獣鬼(トロール)の下腹に突き刺さり、テスが放つ光槍(ライトランス)が胸元に突き立てられ、セイの振るった棒が頭部を打擲したのだ。流れるような三人(?)による三連撃は、既に死にかけていた獣鬼(トロール)をサックリと打ち倒した。うーむ、従魔との連携は私とカルのそれにも匹敵するだろう。…超えていると言わないのはただの意地である。


「ちょっと卑怯だけど、許してよ?」


 脚が速い紫舟は素早く獣鬼(トロール)の背後に回り込んだ。そして背後から八本ある脚を奴の背中に突き刺して身体を固定すると、思い切り首筋に噛み付いた。蜘蛛(スパイダー)系が最初から持つ能力(スキル)でもある【牙】だが、彼女のそれはここまでの厳しい戦闘で磨き上げられて【大牙】に進化している。巨大な蜘蛛である彼女の大きな牙は、まるで大型ニッパーのように凶悪だ。既に虫の息であった獣鬼(トロール)の頸椎は、ベキリという鈍い音と共に断ち切られた。


 出会った時は戦闘そのものが少し苦手だったようだが、今は違う。ここまでで他のプレイヤーが見ていれば頭がおかしいと思われそうな数の魔物を葬ってきたのだから。その過程で戦闘そのものにももう慣れてしまったし、魔物に噛み付くという生々しい戦い方もすっかり板に付いた。ひょっとしたら、このイベントでだれよりも変わってしまったのは彼女かもしれない。


火球(ファイアボール)、からの乱れ斬り…ってね」


 兎路は獣鬼(トロール)に駆け寄りながら火球(ファイアボール)を顔に放つ。そこにはまだ七甲のカラスがいたのだが、お構い無しである。思い切りが良いな!


 そして私が事前に【付与術】で火属性を付与していた双剣を用い、獣鬼(トロール)を縦横無尽に斬り裂いていく。その姿はまるで剣舞のようですらある見事さであった。獣鬼(トロール)はその斬撃を防ごうと躍起になっているが、防ぎ切れていない。


 殺意を剥き出しにして迫ってくるジゴロウや、向かい合っただけで手汗が滲み出てくる錯覚すら覚える源十郎とはまた違う見応えがあるな。二人は重たい一撃で敵を粉砕していくが、彼女は手数でガリガリと削っていくタイプ。なので見ていてとても見栄えがするのだ。もし流血表現があれば、見栄えどころか血風舞うスプラッタ劇場になっていただろう。


「右、右、左!からの右ストレート!そしてガブリ!」


 モッさんは身体の小ささに似合わぬ怪力の持ち主だ。は蝙蝠なのにジゴロウのような格闘がメインの前衛職という非常に個性的なキャラビルドの結果なのだが、これが意外に強い。


 敵の周囲を飛び回りながら両足でジャブのような細かい攻撃で防御を崩し、翼手を思い切り叩き付けてスタンを取る。そして首筋へ噛み付いて吸血してフィニッシュ。鮮やかな手並みである。


 因みに、彼の吸血は進化する前は体力の回復効果だけだった。それに進化によって短時間のドーピング効果が加わったらしい。時間は本当に短いし、血を吸った相手のレベルに依存するようなので態々狙う必要はない。しかし連戦する時に便利であることは確かである。


「ちょっ!のわっ!だ、誰か!助けてぇ!」


 ただ一人で獣鬼騎士(トロールナイト)の足止めに向かっていたエイジが悲鳴を上げていた。彼は巨大な盾と重厚な防具を用いるので、我々の中で最も防御力が高い。なのでこれしきの事では倒せないとわかっている敵を任せたのだが、流石に一人で抑えきるのは無理だったようだ。


「今助ける。星魔陣起動、闇腕(ダークアーム)

「グガッ!?」


 私はもう手が空いているので、援護を開始する。私のお気に入り魔術の一つである【暗黒魔術】の闇腕(ダークアーム)獣鬼騎士(トロールナイト)の四肢と首根っこを鷲掴みにする。一先ずこれでエイジは一息つけるはずだ。


「ふぃー!助かります!」

「うおりゃあ!」

「めー、めー」


 動きが止まったのを良いことに、エイジは一度退いて回復ポーションを煽った。当然、これらは【錬金術】を使える私としいたけで作っておいたものだ。回復ポーションでダメージを食らう私以外の全員分を作るのは面倒ではあったが、二人でやったので大して時間は掛からなかった。


 その間にしいたけが毒の胞子や毒草を捏ねて作った毒団子を投擲し、ウールが鳴き声によって眠らせようとする。二人とも自分の魔術では大したダメージを与えられない事がわかっているからだ。


 むしろ彼らは自分の種族(レイス)特有の能力(スキル)の方が強力だ。それに毒や麻痺、睡眠などの状態異常を引き起こしてくれるのは有り難い。おっ!何個目かわからんが、毒団子の力で毒のマーカーが出ているぞ!


「エイジ、私も回復を掛ける。もう一度壁役を頼む」

「任せてください!」

「セイは右側から、兎路とモッさんは左側から攻めてくれ。紫舟は下がって糸で援護だ」

「「「了解!」」」

「しいたけとウールはこのまま状態異常攻撃で援護。ただし、数に限りがあるものはなるべく使わないように」

「「はーい」」


 前衛組が取り巻きの処理を終え、私がエイジに【魂術】の小魂癒を掛ける。それとほぼ同時に獣鬼騎士(トロールナイト)闇腕(ダークアーム)を振りほどいた。おや、思っていた以上に振りほどかれるのが早かったな?多数いる兵士の一匹とは言え、格上なだからこれくらいの事は当たり前か。


「ゴアアアアアッ!」

「うおぉっ!?」

「う、動けへん!?」


 自由になった獣鬼騎士(トロールナイト)は、目を血走らせた状態で雄叫びを上げる。すると私の身体にはビリビリと衝撃が走り、他の面子に至っては動きが完全に止まってしまった。良く見れば私以外の全員のマーカーにスタンと表示されているではないか。


 不味い!これは何度か見たことがあるぞ!【咆哮】の効果でスタンしたのだ!ジゴロウが弱い魔物をさっさと仕留めるのに重宝すると言っていたが、使われる側からすれば非常に厄介な能力(スキル)だな、全く!


「ゴオオオオッ!」


 獣鬼騎士(トロールナイト)は怒りのままに斧を振りかぶると、私目掛けて突撃を仕掛けて来た。他の仲間達は【咆哮】で止められるのだから、その間に一番貧弱そうなのに動けている私を真っ先に狙われたのだろう。殴ったら一発でKO出来そうな見た目もそれを後押ししているに違いない。


 実際、私は仲間達の中で最も打撃に弱い。それは性能の良い防具を加味しても同じ事なのである。レベルが下で魔術師系でもあるしいたけとウールだが、しいたけには【斬撃脆弱】がある代わりに【打撃耐性】がある。ウールに至っては【物理耐性】がある。なので実は近寄られても案外大丈夫だったりするのだ。


 どうせ私は打撃に弱い骸骨だし?しかも魔術師で、今就いている職業(ジョブ)も神官系だから、近寄られたら弱いのは仕方がないのだよ、畜生め!


「ちっ、まさかここで一転して危機になるとは…!使わざるを得ないか。降りてこい!」

「「「コツコツコツ…」」」

「ゴガッ!?」


 こんなこともあろうかと、私は樹上に予備戦力として牛鬼を隠していたのである。【咆哮】の効果が頭上にも及んでいたら無駄になっていただろうが、大丈夫だったようで一安心だ。


「グオオッ!」

「カカッ…」


 頭上から落下して背中に貼り付いた牛鬼はそこそこ粘ったものの、腕力でアッサリと振りほどかれてしまった。だがそうやって産み出された時間によって、我々はスタン状態から立ち直る事に成功したぞ。予定よりもかなりの激戦になりそうだが、戦いを仕掛けたからには必ず勝って経験値にしてくれよう!

 拙作を執筆する手が止まった時、息抜きに別の作品を執筆すると何故か止まっていた手が動き出すという謎。息抜き用の作品も既に十話以上溜まっているという事実。この謎の現象は何なのでしょうか?


 次回は12月28日に投稿予定です。そしてメリークリスマス。

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[気になる点] フェイというキャラが急に出てきたのですが新キャラなのでしょうか
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