新要素、解禁
それは我々が案の定いた逃走プレイヤーを何人か狩った後、未だにプレイヤーを探している魔物達から離れる為に一度距離を取った時のことだった。
――――――――――
運営インフォメーションが届いています。
――――――――――
まさかの運営からの通知である。とても久しぶりな気がするなあ。
それにしても、イベント中は掲示板やらなんやらに書き込みが出来なくなると聞いていたが、こういうのはちゃんと届くんだな。流石にゲーム全体についての情報を教えないのは問題になるということだと思って納得しよう。それで内容はなんじゃろなっと。
――――――――――
たった今、レベル50に到達したプレイヤーが現れました。
只今を以て『奥義』、並びに『秘術』システムが解禁されます。
それぞれのシステムにつきましてはヘルプをご参照下さい。
――――――――――
遂にレベル50の大台に乗った者が現れたのか。きっとイベントに参加しているプレイヤーだろう。世の中には廃人プレイヤーと呼ばれる常軌を逸したプレイ時間を誇る者達もいる。イベント前の彼らのレベルが40代後半だったらしいので、別に不思議でもなんでもない。
因みに四六時中ゲームが出来ない私が彼らに追い付いているのは、間違いなくヴェトゥス浮遊島のお陰だ。釣り上げれば一方的に殴り倒せる魚の魔物を乱獲可能な『古の泉』や、人面鳥がわんさか出てくる『古の廃都』の経験によるものである。
むしろ、他のプレイヤーと狩場の取り合いをする必要も無く、自由に冒険していた我々よりもレベルが高い者達って多分かなり凄いぞ?やはりプレイ時間の力と言うべきか。それとも休日はガッツリやっているとは言え、平日は一時間前後しかプレイしていないのにレベルで匹敵している我々が特殊なのか。人によって意見はマチマチだろう。
「おおお!この『奥義』システムって凄いですよ!」
早速ヘルプを読んだのか、エイジが興奮している。どれどれ、私も読んでみましょうか。
ヘルプによると、『奥義』とは戦士系の職業に就いている者が使える武技の一種である。ただし普通の武技よりも遥かに強力で、単純な火力で言えばもっと能力レベルが上昇してから覚えられる武技よりも上らしい。
レベル50から10レベルアップ毎に一つずつ新たな『奥義』を覚えられるようだ。なのでレベルアップだけで覚えられる『奥義』は六つだけ。ただし、世界中に『奥義』を教えてくれる武芸者NPCや『奥義書』と呼ばれる『奥義』が記されたアイテムが存在する。彼らから教わったり、迷宮の宝箱やクエストの報酬で貰えたりする『奥義書』を読んだりすることで新たに『奥義』を習得出来るそうな。
「『秘術』は『奥義』の魔術師版ってことだねぇ」
そして『秘術』は『奥義』の魔術バージョンである。同じようにレベル10毎に一つ覚えられる、非常に強力な魔術だ。こちらは武芸者ではなく、賢者や大神官と呼ばれるようなNPCから『秘術書』が貰えるそうな。
ただし、こういった強力な必殺技が無制限に使える訳がない。もちろん、制限がある。一つ目が使用回数についてだ。一日辺りの使用回数に制限があり、回数が元に戻るにはリアルタイムで丸一日、即ちゲーム内では丸四日必要なのである。使い所を見極めなければならない、とっておきの切り札だな。
二つ目に連発は出来ない点だ。一度使うと、例えそれが異なる『奥義』や『秘術』でも同じこと。プレイヤーはクールタイムの事を考えて計画的に使うべきだろう。
三つ目は自分の職業や保有している能力によって選べる『奥義』と『秘術』が決められている点だ。職業が剣士系で【剣術】の能力を重点的に伸ばしているプレイヤーが弓矢を使う『奥義』を習得出来る方がおかしいし、同じように【闇魔術】を使えすらしない魔術師が闇属性の『秘術』を使えるのは奇妙である。
そして四つ目に、10レベル毎に覚えられるのは『奥義』と『秘術』を合わせて一つだけという点だ。これは戦士なら『奥義』を選ぶだろうし魔術師なら『秘術』を選ぶだろうからあまり問題は無い…ように見えるが、悩む者達は案外多そうだ。
なぜなら、現環境では魔術も使える戦士、即ち魔術戦士が最強とされているからだ。少し前に【無魔術】と【火魔術】を取得した兎路のように、威力では私のような魔術職には劣るとしても、牽制や不意を突く手段として魔術を覚えておくというのが一般的となりつつあるのだ。
むしろエイジのような純粋な戦士は少数派である。その原因はやはり第一回の闘技大会で勇者ことルーク氏の優勝が大きいようだ。彼は迷宮イベント後のPVで私に首を刎ねられた被害者だが、それを差し引いても彼のプレイヤーとしての技量は非常に高い。繰り返すが、彼は第一回闘技大会の個人とパーティーの部の優勝者なのだから。
しかしそれを失念していたバカも多かったらしい。あの後、彼を侮って喧嘩を売った者が結構な数いたらしく、その全員を返り討ちにしたことでむしろフォロワーは増えたのだとか。もしあの時に奇襲で仕留められなければ、私が返り討ちにされていただろう。
閑話休題。アイドル的プレイヤーのビルドであるだけでなく、【無魔術】の魔術妨害や前衛系の能力と魔術系の能力を両方取得しているのが条件の職業の存在が明るみになったのも相まって、【無魔術】ともう一種類か二種類の魔術を取得した前衛職というのが主流となっているのである。一部のプレイヤーなら『奥義』だけではなく『秘術』を取得しておきたいと思うかもしれない。
どっち付かずになりそうだが、そういう選択をして初めて取得出来る『奥義』や『秘術』があってもおかしくないのがFSWだ。目先の強さよりもそうかもしれないという予測で動く者が多くいるとは思えないが、あり得ないとは言えない。これからもキャラクターの作成に悩む者達は多い事だろう。
「へぇ?アタシは『奥義』一択だけど」
「あくまでも魔術は補助手段ということですか」
「そういうこと」
「ま、ワイらにとっちゃまだまだ先の話やな。イザームはんでもまだやろ?」
「ああ。私のレベルは今47だからな。イベント中に50にするのは少々難しいだろう」
レベル40を超えてから、レベルを上げるのがとても辛い。必要な経験値が多いのだろうが、あと3レベルを一日で上げるのは不可能に近い。まあ、無理だろうな。
ならば精々、この戦争でそのレベル50に到達したプレイヤーに『奥義』か『秘術』を使って貰ってどんなものかを見てみよう。もちろん、上手いこと出し抜けるならそれを優先させてもらうけども。
「それでー、これからどーするのー?」
「ここまで来れば安心…なのよね?」
「ええ、十分に距離はとったはずです。ここまで追い掛けて来てくれれば逆に助かるでしょう。経験値的に」
「そうだねぇ。ここまで離れてりゃ、ちょっとつまみ食いしてもバレないよねぇ?」
モッさんとしいたけは私と同じ悪いことを考えていたようだ。これは類は友を呼ぶと言う奴だろうか?
「深追いし過ぎて返り討ちに合う、なんてよく聞く話だ。それに帰って来ないものがいれば、背後の警戒を完全に緩める事は無いだろうしな」
「…やっぱりアンタ鬼畜やわ」
◆◇◆◇◆◇
「…おい、なんかヤバそうなのが来たぜ?」
「お、大きいわね…!」
我々が物陰に隠れてじっとしていると、現れたるは獣鬼の一部隊であった。きっと我々が待ち望んでいた深追いし過ぎた愚か者なのだろう。数は五体で、全て獣鬼である。
だが、嬉々として襲い掛かるには躊躇いを覚えてしまう相手が一匹紛れ込んでいた。そのステータスがこちら。
――――――――――
種族:獣鬼騎士 Lv50
職業:騎士 Lv0
能力:【悪食】
【剛爪】
【大牙】
【斧術】
【盾術】
【鎧術】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【咆哮】
【怪力】
【高速治癒】
【物理耐性】
【火属性脆弱】
――――――――――
獣鬼騎士、それもレベル50と来た。普通の獣鬼よりも二段階上の魔物である。そう言うとそこまで強そうに聞こえないかも知れないが、毒炎亀竜と同等と言えばその恐ろしさが伝わるだろうか。
今イレヴスを襲撃している魔物の中でも上位の相手だ。実際、一般兵の獣鬼と違って武装が貧弱ではないのがその証拠である。他の四匹の装備が木の棒に大きな石を括り付けただけの石斧と硬い木の板を植物の蔓で繋げただけの盾であるのに対し、獣鬼騎士の石斧と盾は何らかの魔物の素材で強化されており、更に身体には皮鎧まで身に付けている。
しかも【鑑定】の結果からわかるように、充実した装備をしっかりと使いこなす能力も保有している。【火属性脆弱】は残っているものの、鎧と盾があるのでそれだけでサクッと倒せるとは思えない。
「どうするよ、ボス?見逃すか?」
「…多数決をとろう。私は戦ってもいいと思っている」
皆の技量は大体把握している。その上で私は勝てる見込みは十分にあると感じていた。ただ、随分と冒険である事は否めない。イベントで色々と暗躍しているのに、ここで無茶することに意味は無い。
しかしなぁ…折角の経験値から逃げるのも勿体無い気がするのも事実なんだよ。それに、圧倒的な格上の強敵ではあってもこの人数がいればやり様はいくらでもある。
「ぼくは…やってやりますよ!武装だって、普段のを使っていいんでしょう?」
エイジはここまで使っていたボロボロのドロップアイテムではなくて、彼の拠点である豚頭鬼の国で造られた武器を取り出す。量産品ではあるが、頑丈で品質も良い武具を装備した彼はとても頼もしい。
「アタシもやるよ。まだまだ試したいこともあるしね」
兎路はニヤリと笑みを浮かべてそう言った。レベルアップによるステータス上昇の効果と新たな能力の試運転はここまでのプレイヤー狩りで終わらせているものの、それが強敵相手でも通用するのかを知りたいのだろう。クールに見えて案外好戦的な女性である。
「ワイもやったるわ!ここで逃げるんは漢やないで!」
七甲も翼を広げてやる気をアピールしている。【召喚術】による彼の鳥葬戦法は実際に効果的であることは実証済みだ。格上相手でも活躍してくれるだろう。
「イザームさんはクランメンバーと共にレベル50の敵を倒した事があると聞きました。なら私たちでもやってやれない事は無いでしょう」
モッさんも賛成なのか。少し意外だが、よく考えれば彼も蝙蝠という小さな身体でわざわざ肉弾戦の職業を選択した剛の者。強者に挑むのに躊躇は覚えないのかもしれない。
「えぇ…皆ヤル気満々じゃーん!援護しか出来なくてもいいならやるけどさ」
錬金術師で本来なら戦闘には不向きなしいたけは腰が引けているようだ。だが、彼女は数少ない状態異常を引き起こせる搦め手要員。その援護だけで十分な戦力である。
「なんだかー、完全に戦う流れだよねー」
「が、頑張るわよ!」
ウールと紫舟も反対はしなかった。ウールは鳴き声で眠らせることが出来るし、紫舟の粘着性の糸も拘束手段として有能だ。それは先日の騎士達との戦闘でもそうであった。きっと獣鬼騎士にも通用すると信じている。
「俺も当然やるぜ。もっともっとレベルを上げたいからな!」
俊敏なフェイの背に乗った彼が棒を振るい、魔術に特化したテスが援護するというのが彼らの鉄板パターンだ。セイは従魔との連携にかなり磨きが掛かっているが、それでも満足出来ないようだ。向上心があるのはいいことだよ、うん。
というわけで、若干場の空気に流されてしまった者も多そうだが戦うことが決まった。さあ、大物狩りの始まりじゃああ!
以前、テレビ番組で真のネトゲ廃人の方々の話を聞きました。凄まじすぎて決して真似できないと思いましたよ、ええ。
次回は12月24日に投稿予定です。




