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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第九章 朱に染まる鉱山
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嫌がらせは景気よく

 うーむ、激しい戦いだなぁ。魔術と矢、そして投石や投槍の応酬が続いている。魔物達は雄叫びを上げながら前しか見ずに戦っていて、その士気の高さには鬼気迫るものがあった。


 しかし、人類側も善戦している。城壁をよじ登る、または壊そうとする魔物を重点的に叩いて冷静に守っていた。このペースでいつまでも戦えるのとは思えないが、そう易々と陥落しないということは確かだろう。


 だからこそ、私たちの前で息を潜めているプレイヤーによる奇襲作戦が上手くハマれば戦況は傾くだろう。それだけで勝ち切れるとは思えないが、初日の趨勢は決まるだろうな。そして初回に手痛いダメージを与えられれば、次以降も有利に戦いを進められるハズだ。


 そして戦いが長引けば、他の街からの援軍が間に合う。それがイベントの制限時間なのだ。つまりプレイヤー側にとっては持久戦こそ臨むところなのである。


「それにしても、プレイヤーを出してくるとは…私が仕掛けた離間の策モドキは失敗か?いや、そうとも限らんかな…?」


 敵に事実に近い嘘の情報を与えてプレイヤーとNPCの信頼関係に亀裂を入れる作戦だったのだが、奇襲という重要な作戦をプレイヤーに任せているところを見るに、どうやら失敗したのかもしれない。


 そう思う一方で、あの奇襲部隊の性質を考えると策が不発に終わったと考えるのは早計であるようにも思うのだ。背後から襲い掛かり、暴れることで攪乱するところまではいい。だが、そこから撤退するのは容易ではないはずなのだ。


 彼らがここに来た方法は二つ考えられる。一つは魔物達が到着する前から待ち伏せていた場合。もう一つは街から外への何らかの脱出経路を通って背後に回り込んだ場合だ。


 そして私はこの二つの内、前者であると思う。プレイヤーに街の重要機密であるはずの脱出路を教えるとは思えないし、プレイヤーがそれを使って逃げようとしたときに万が一魔物達に尾行されてしまえば…エライ事になってしまう。


 WSSのゲームにおいて、NPCとの信頼関係は非常に重要なファクターだ。私の好感度が最も高いNPCは恐らく『死と混沌の女神』ことイーファ様で、次点でファース地下にいた墓守(グレイブキーパー)殿だろう。


 それを目に見える形で確認することは出来ないが、我々と同じ程度まで彼らの好感度を得ようと思えば並々ならぬ努力が必要なのは容易に想像がつく。彼らは一般的とは言えないが、他のNPCであっても同じように好感度を稼ぐために努力をする必要がある。砦で共闘したと言っても、きっと絶対なる信頼を得る事は難しいだろう。それに私の流した情報が加われば尚更だ。それに…


「あの『仮面戦団(ペルソナ)』が何もしていないとは思えないしな」


 あの狡猾で抜け目無いウスバが街中で何もしていないとは思えない。きっとプレイヤーとNPCの関係に亀裂を入れるような行動を起こしているハズだ。街中で犯罪を行うのは難しいとも聞いたが…奴らならどうにかするだろう。


「どうすんの?もう何時奇襲に移ってもおかしくないけど?」

「…案ずるより生むが易し、か。よし。七甲、頼みがある」

「何や、まぁた悪さすんのかいな?」

「嫌か?」

「ここまで付き合ってるんやで?んなわけあるかい。はよぅ言ってや、何でもやったるで!」


 とりあえず、奇襲を失敗させることを優先させるべきだ。魔物が負けすぎないようにするというのも目的の一つだが、失敗させてしまえばプレイヤーとNPCの溝を更に深める事が出来るやもしれん。邪魔しない理由なんざ、一つもないよなぁ!?



◆◇◆◇◆◇



 魔物に奇襲をかける、という依頼を受けたプレイヤー達は、緊張しつつも忍耐強く街からの合図を待っていた。その合図とは三発の信号弾が打ち上げられた時、という非常にわかりやすいものである。見間違えることなど皆無の単純なものだ。


「おいおい、何時まで待ってりゃいいんだ?もう結構時間経ってるぞ」

「あんたさ、さっきからそればっかじゃん。もう少しのはずだから大人しく待っててよね」


 だが、合図をいつまでも待たされている側は非常にじれったい思いをしていた。そもそも、彼らはイベントに参加しているプレイヤーであって軍人ではない。目の前でド派手にイベントを楽しんでいる連中を尻目に、じっと息を潜めて待つという行為はとてもストレスが溜まることだった。


「クッソ~!もし俺があの砦で生き延びてなけりゃ、今頃あそこでガンガン戦えてたってのによ!」

「まあまあ、そうイラつきなさんな。作戦を成功させれば特別な報酬だってあるだろうし、そいつを楽しみにすれば待ち時間だって苦じゃないだろう?」


 この奇襲作戦は『イベント内クエスト』というこのイベント期間中に一度しか受けられない特殊なクエストであった。条件は二つ。『レベル20以上であること』と『砦での戦闘で生き残ったプレイヤーであること』だ。


 前者の条件は満たしている者の方が多い。第二陣のプレイヤーも普通にプレイしていればレベル15前後であったし、砦での戦闘でそのラインを超えている者の方が多かった。


 というのも、『仮面戦団(ペルソナ)』の破壊工作とイザーム達の嫌がらせを受けた西北西の砦と獣鬼王(トロールキング)が大暴れした中央の砦とは違って、他の三つの砦はそこそこ戦えたのである。加えてこのイベントに限って死亡した戦闘でも経験値を得られる仕様となっていた。なのでプレイヤーは大多数が死に戻りしつつも、相当量の経験値を得て随分と強化されているのである。


 閑話休題。そんな地獄のような戦場を生き延びたプレイヤー達だったが、彼らは復活してもう一度戦争に参加出来るというアドバンテージを活かしてこの奇襲作戦に選ばれていた。イベント中は一度しか復活出来ないとはいえ、彼らは復活の権利を残している。死ぬまで戦ってもどうせ街の内側で復活するので、死ぬまで戦うのがクエストの条件でもあった。


「それにしても、死ぬまでがクエストってのも珍しいよなぁ」

「クエストって基本的に達成報告までだもんな」

「んで、特別報酬って何時貰えるんだろ?死に戻った時?」

「いやいや、それは無理じゃろ。戦争中だぜ?」

「イベント終了後にまとめて、ってのが妥当な線でしょ」


 プレイヤー達の間には弛緩した空気が流れていた。彼らが疑似人格AIの搭載されたNPCならば、己の死が確定している作戦を前に張りつめていただろう。その点ではどうせ復活するからと普通にしていられるのは、間違いなくプレイヤーの強みであった。


 イラついていたプレイヤーも、『早く戦いたくて』イライラしていた。命の危機が原因ではないのは明白だ。


「どっちにしろ、合図が来るのももうすぐだ。連中、攻め気が強すぎてもう後ろなんて全く見て無い。俺達に攻撃させるにゃうってつけの…おぉぉ!?」


 一人のプレイヤーが驚いて変な声を上げたのも無理はない。彼らから見て右手側に潜んでいた、同じクエストを受けた仲間がいた辺りで唐突に大爆発が起きたからだ。


「おいおいおいおい!何がどうなってやがる!?」

「誰かがトチったって事だろ、クソッタレ!」

「それよりもどうすんだよ!もう奇襲にゃならねぇぞ!?」


 問題はそこだった。トラブルが起きた理由よりも、これからどうするのかを考えねばならない。それは彼らには失敗したとしても逃げ帰る方法がなかったからだ。


 イザームの予想通り、彼らは決して街の責任者に信頼されているとは言い難かった。なので魔物達が来る前から森に潜伏して背後から襲い掛かるまで待っていたのである。故に街へ逃げ戻る秘密の経路はあるのだが、それについて教えて貰っていなかったのだ。


「「「「グオオオオオオオオッ!!!」」」」

「マズイ…こっちに来てんぞ!」


 混乱するプレイヤー達など知ったことではないと言わんばかりに、イレヴスの方からかなりの数の魔物の雄叫びが近付いて来た。隠れている彼らの位置を正しく把握出来ているはずもないが、バレるのはもう時間の問題でしかない。


「に、逃げるか!?」

「馬鹿言うな!逃げるって、どこにだよ!」

「その通りだぜ、畜生!こうなったら仕方ねぇ!ここで出来る限り暴れて少しでも多くぶっ殺して道連れにするぞ!」

「それしかないわね!」

「誰だよ、やらかしたのはよぉぉ!」


 プレイヤーの誰かが上げた悔しげな悲鳴は、奇襲作戦に参加していた者達全員の思いを代弁しているのだった。



◆◇◆◇◆◇



「うげぇ…あ、悪辣ですね…」

「あはははは!あたし達の仕業だってバレたら総スカン食らうの確定じゃん!」

「大丈夫だ。万が一バレても、我々は他のプレイヤーがいない場所へ逃げればいいさ」


 私が立案して七甲に実行してもらった嫌がらせの結果に、他の仲間達の反応は真っ二つに別れた。それはドン引きと爆笑である。


 私が頼んだ事は至極単純だ。私が持ち込んだ【符術】で作り出したお札を彼に渡し、それを我々が見付けたプレイヤー達の真上でばら蒔かせたのである。渡した札に込めてあったのは溶弾(ラーヴァブレット)爆弾(マジックボム)。それを十枚ずつ、即ち全部だ。


 ケチらず景気よく注ぎ込んだだけあって、プレイヤー達がいた辺りは盛大に爆発しつつ激しく煙を上げていた。前ばかり見ていた魔物達も、流石に音と煙に気が付いたようで結構な数がその方向へ向かっている。衝突するのは時間の問題だ。


 他にも潜伏しているプレイヤーは何人もいるだろうが、狩り出すのは魔物に任せるとしよう。そして我々がすべきはただ一つ。


「戻ったでぇ、ボス!」

「よし、じゃあ後退するぞ」

「なるほど、生き残りを狩る訳ですか」

「抜け目無いわね」

「…どういうこと?」

「イザームさんはー、きっと逃げ出すプレイヤーがー、出るって考えてるんだと思うよー」


 ウールの言う通り、私の予想ではどういう流れで彼らがここに来ていたとしても、逃走を選ぶ者が必ず出ると思うのだ。これはゲームだとは言え、数多くの巨体の化け物が武器を振りかざして突撃してくるのはそこそこ恐ろしい光景である。逃げたくなる可能性は十分にあり得るだろう。


 それに戦闘に馴れているプレイヤーであればあるほど、無駄死にを嫌がって逃走を選ぶとも思うのだ。私なら玉砕するくらいなら一度退いてゲリラ戦を仕掛けるだろうし。まあ、彼らが死ぬ事を前提としてここにいるのならこの読みは外れてしまうのだが。


「それにここにいては魔物連中の矛先が此方に向くかもしれん。それはそれでかなり面倒だからな」

「わかりました。殿はぼくに任せて下さい」


 こうして我々は表イベントのプレイヤーに多大なる迷惑をかけながら後退するのだった。

 え?主人公のやることがド汚いって?『主人公は卑怯上等』ってタグがあるじゃろ?そういう事っすよ。


 次回は12月20日に投稿予定です。

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