成果確認とその頃の女神達
早速だが、先程の戦闘でレベルアップして覚えた新たな魔術を確認しておこうと思う。【雷撃魔術】の誘雷針だが、これは単体ではほぼ無意味な呪文だ。魔力で出来た針を飛ばし、当たった敵に僅かなダメージを与えるだけ。とてもこの時期に覚える魔術とは思えない。
これで使えないと判断するのは早計だ。この呪文は他の【雷撃魔術】と組み合わせた時にこそ真価を発揮する。『誘』の文字の通り、この誘雷針が刺さった場所へ雷撃が誘導されるのだ。回避困難な雷の攻撃が追い掛けてくると考えるとこれ程恐ろしい術は無いかもしれない。
ただし、誘雷針そのものを回避されたら無意味であるし、雷を誘導出来るのは一度きり。術そのものは弱いので油断を誘えるしコンボで大ダメージを狙えるが、警戒される二度目は狙い辛い。そもそもどんな術なのかを知っている相手だと最初から油断なんてしてくれない。
しかも説明文によれば近くにある誘雷針へ優先的に雷は誘導されてしまうらしい。避雷針としても使えるようだ。極端に言えば【雷撃魔術】を使った瞬間に誘雷針を食らうと、その魔術は己に戻ってくるのだ。
使い方を間違えたら自滅する術か。使いこなしてみせたいものだな。
ああ、そう言えば蟻の巣穴を潰した後に覚えた魔術について触れていなかったな。【火炎魔術】の炎帯は使った瞬間に小さな火の玉が産み出される。それは任意の軌道で飛ばす事が出来るのだが、少し時間が経つと火の玉は消えてしまう。
その直後、火の玉の軌道上が一気に燃え上がる。タイムラグがあるのが特徴で、かなり癖が強い。上手くやれば罠のように使えるのだろうが…玄人好みしそうな術が多いなぁ。
【時空魔術】の集団短転移は、文字通りに複数人で短い距離を瞬間移動出来る術だ。拠点転移のように拠点にしか移動出来ない訳ではないが、やはり短転移と同じく視界内にしか移動出来ないし、術者の近くにいないと一緒に移動出来ない。やっぱり一気に便利になるはずないか。
「おっ!皆、イザームさん達が戻ってきたよ!」
おっと、魔術の事を考えるのは一旦止めよう。巣穴の前で門番のように待機していたエイジは、我々に気が付くと此方に手を振りながら穴の方へ呼び掛けていた。やはり向こうの方が先に戻っていたか。我々の方が遠くまで出向いていたし、万全の態勢で待ち構えていたのに意外と手間取ったからな。
…こんなことは言うべきじゃないが、ここにジゴロウか源十郎がいれば片方を任せて残り一人を袋叩きに出来たのだが。無意識に私は彼らの戦闘力に随分と依存していたらしい。それでは同じことが出来る者がいなければ破綻する計画しか立てられないではないか。
実際、さっきの戦いではセイの体力が随分と減少していた。彼は獣鬼の素材を取り込んだ魔物になって【高速治癒】の能力を取得していたから生きていたものの、それでも危ない状態まで追い込まれていたのも事実。他の三人が四方八方から援護攻撃を仕掛けていたのに、である。
「ただいま。…やれやれ、私もまだまだだな」
「あん?どないしたんや?」
「いや、独り言だ。それより、お互いに何があったのか情報の共有をしておこう」
私が己を戒めていると、飛んできた七甲が私の杖の先に留まった。適当に流してから互いに報告し合うことにする。今すぐに次の行動を起こさねばならない訳ではないが、方針を決めるのは早めの方がいいからだ。
「おう。収穫はたんまりや。ワイみたいな人型や無い魔物用のアイテムは無かったけどな。あー、あとイザームはんが欲しがるようなんは無いと思うで。その装備よりゃショボいし」
「そうか。こちらはほぼ計画通りだ。あの指揮官が余程の無能でない限り、イレヴスの街で私の言った事を報告するだろう。そうすればNPCとプレイヤー…いや、あえて住民と風来者と言うべきかな?兎に角、両者の間に不信感を植え付ける事が出来るハズだ」
これこそ、私が漫画でよく出てくる馬鹿な悪役の如く微妙に歪んだ情報を流した理由であった。嘘は言っていないぞ?あの時、私は『見張りの無力化を依頼したのだよ。君たちのいた砦にいた風来者に、ね』と言った。普通に考えれば『最初に女神の計らいでやって来た風来者に間者がいる』と解釈するだろう。
まさか『外に別枠で召喚された人類プレイヤーがいて、それが依頼を受けて潜入と暗殺を行った』とは考えないと思う。そんな発想が出来るなんて、相当の天才かすぐになんでもかんでも関連付けようとする陰謀論者くらいだ。もしも女神が余計な事をして真実を教えたとしても、『風来者が買収されている可能性』を消し去る事は出来ないだろう。
こういう現実めいた策謀がNPCに通じるのが、WSS系ゲームの楽しい所らしい。うん、とっても楽しいです。ぐへへ、今の私は過去最高に悪役をやっているぞぉ!
「…やっぱアンタ鬼畜やな。味方で良かったわ、ホンマ」
「ここまで順調なのは『仮面戦団』がいたからこそだがね。本来は私と君たち空を飛べる二人でじっくりとイレヴスを上空から観察して計画を練るつもりだった」
実は当初の計画において、我々は砦襲撃に関与するつもりは無かった。本命のイレヴスをしっかりと偵察し、それに適した侵入方法を模索する。それから魔物の群れによる襲撃に呼応して内部で奇襲と略奪を繰り返してから少々派手に暴れてからトンズラする。こういう流れを作るつもりだった。
だが、『仮面戦団』との出会いで事態が良い方向へ急変した。戦闘狂の彼らに潜入と破壊工作を任せることが出来るようになったことで取れる手段が増えたのである。そのせいで私が欲をかいて危ない場面もあったが、色々と悪巧みをより楽しめるのはとても有り難かった。
ひょっとして、彼らと遭遇したのは偶然では無いのかもしれない。最初にあの天使は『イーファ様が面白そうなプレイヤーを集めた』と言っていた。そのプレイヤーには『仮面戦団』の連中も含まれていたのではなかろうか。魔物だけに限定されていなかったし。真実は女神のみぞ知る、だがね。
「いやはや、ゲームの中とは言え状況を自分で動かすのは楽しいものだ。これぞ、悪役というものさ」
英雄は輝ける舞台がなければ英雄足り得ない。しかしそれは常に受け身となってしまう事を意味する。
では悪役とは何か。それは己の目的の為に他者への迷惑を度外視して状況を引っ掻き回す者だと私は思っている。他者へ迷惑をかけることそのものが目的な者もいるが…目的は人それぞれだし、弱い者イジメのようなみっともない真似をするのでなければ個性ってことでいいんじゃないかな?
「アンタ、魔王みたいなこと言いよるな」
「ははは、そんなに大層な者じゃないさ。それで、プレイヤーは気が付いたと思うか?」
「それやけど、あそこにおったプレイヤーが余程のアホや無い限りは気付かれたと思うで。何せエイジはん達、ガッツリ連携してプレイヤーをぶっ殺したみたいやし」
私は七甲の言い分にその通りだろうな、と思いつつ首肯する。エイジの話を彼から聞いているので又聞きになっているが、殿として残ったプレイヤーを上手く分断する手腕と同族以外と連携している個体がいたという事実は広まるだろう。
「大体、ワイら以外の裏イベントに参加しとる連中が他の砦で暴れとるんちゃうか?こっちには居らんかったと思うけど」
「うむ、それはそうだろう。よしんば気付かれていなかったとしても、イレヴスでリスポーンした者達が情報を交換し合えば一緒だろうしな」
もしも気が付いていなかったとしても、他の砦で起こった事が自分のいた砦でも起こらなかったと言うのは楽観的過ぎる。それに『プレイヤーがいたなら、自分達が敗北したのも仕方ない』と考える者達もいるだろう。
「だからこそ、私の蒔いた種が利いてくるのさ。それをすくすくと育てるのは彼らがやってくれる」
「…怖いわ~」
「そう言うな。さて、連中の行軍速度はかなり遅い。イレヴスにたどり着くのはイベント最終日の三日目となるだろう。それまで我々は地道にレベルアップを図ろう」
「イエス、ボス!」
◆◇◆◇◆◇
どうも皆様、お久し振りで御座います。『死と混沌の女神』、イーファで御座います。
「うひゃひゃひゃひゃ!いやぁ、エグい!同じプレイヤーとは思えないね!」
イベント初日の砦襲撃。これは当初の予定通り、ほぼ負けイベントとして大まかな筋書きは変わらずに進行しております。ですが、あの方は初日から私の期待に応えて下さったようです。
「ホントならプレイヤーとNPCが共同戦線を張ったことで強固な仲間意識を育み、本命であるイレヴスを強固に防衛させる…だったっけ?」
「ええ。それが狙いの一つでしたね」
「なのに相互不信に陥ってやんの!しかも命張って砦を守った人外プレイヤーが真っ先に疑われるとか!ホンット、笑えるぅ!」
私の神域にて共に成り行きを見守っていた『戦争と勝利の女神』、グルナレはゲラゲラと大笑いしている。もし彼女が人間だったなら、きっと笑いすぎで噎せていたかもしれませんね。
「職人同士の交流は問題ない」
「そりゃあそうよねぇ。これから武器の需要は増える訳ですしぃ、猫の手も借りたいんでしょうねぇ」
自分の領分である職人同士の交流が上手く行っていることに、『生産と技術の女神』であるピーシャはご満悦です。イザーム様だけの私とは違って、既に数人のプレイヤーに加護を与えています。そしてイレヴスは鉱山の街。自然とピーシャが加護を与える優秀な職人が多く集まる場所です。加護持ち同士ですぐに意気投合したようですね。
「みーんーなー、おとーさまから伝言だーよ。『面白いからそのまま続行!』だってー」
『風と探索の女神』、ホリュセですね。彼女は現状を我々大神のお父様こと、我らが創造主へイベントの進行具合について報告に向かっていました。私の企画した裏イベントは此処にいる同僚であり姉妹でもある彼女達以外には内緒にしていましたが、お父様には企画段階から報告しています。
「それは良かったです。はみ出しも者にもチャンスは与えられて然るべきですから。それに…」
「片方だけに力を貸すってのも神としてどうなん?って感じだしな。そもそもアレらはイベントの為にちょっかいをかけられた被害者だ」
グルナレの言う通り、この魔物の侵攻には裏があります。そもそも、彼らは侵攻していません。むしろ逃亡しているのです。
「カミラも容赦ありませんねぇ」
「けどー、調整としてはピッタリだよねー」
『魔術と研究の女神』、カミラ。彼女がイベント用に産み出した魔物が繁殖したことで、獣鬼達は住み処を追われました。
その脅威の一端は砦の付近にまで到達していますが、今のところプレイヤーの方々の素材と経験値になっています。状況を上手く操作しつつ、プレイヤーの方々への飴にもなる。彼女も上手くやっているじゃありませんか。
「カミラと言やぁよ、アイツはこっち側には来ないのか?」
「さぁ?無理に誘う必要も無いでしょう。それにその気があれば放っておいても来ますよ、彼女は」
さて、イベントも残り二日。どのような結末が待っているんでしょうね?
新たな女神が出てきました。また最後の影響とは何なのかを察せる方も多いでしょうね。
次回は12月4日に投稿予定です。




