砦の攻防 その四
「…すまない!行くぞ!」
「ちっ!雷矢!」
と舌打ちをしてみせつつ、私は砦から落ち延びた者達に向かって魔術を放つ。ただ、ギリギリで当たらないような軌道でだ。万が一にも直撃しないように気を付けねばならない。何故ならば『指揮官かそれに準ずる者に生きて帰ってもらうこと』が作戦のキモだからだ。
「させるか!」
「覚悟っ!」
そう言って殿として残った騎士は即座に行動した。片方が私が放った魔術の射線上に盾を構えて飛び出し、もう片方が剣を上段に振り上げて駆け出した。アイコンタクトもせずにこの連携…流石は職業軍人というべきか?
「だからこそ残念だよ、全く」
しかし当然だが、私は一人で待ち伏せしていたわけではない。最初に引っ掛けたのだって紫舟の糸であるし、眠らせたのはウールの鳴き声だ。なら残りの二人と二匹はどうしたのか?
「石柱!」
「横ががら空きだぜ!衝打!」
「ウォォォォーン!」
雷矢を盾で防いだ騎士の右からは巨大な石の柱が、左からは角の生えた狼に跨がる、肩に妖精を乗せた大きな猿が突撃した。前方から迫る魔術を防がねばならない以上、左右からの攻撃を盾で防ぐことは出来ない。
剣を持つ右からの石柱は剣の腹で受けて衝撃を減らし、テスの魔術は盾で防いだ。だが、左からのセイの棒による武技と彼の従魔であるフィルの角をもろに食らった。あらかじめ全員に【付与術】を掛けているし、セイの武技は頑丈な鎧の上からでも一定割合のダメージを貫通させる効果があるので、あの鎧の性能は不明であるがダメージを確実に与える事は出来たはずだ。
「がはぁっ!?」
「まだ居たのか!」
私が会話している間に、しいたけとセイの二人は連中の両サイドに潜伏していたのだ。アメコミとかで出てくるバカな悪役が如く策略の解説(一部を暈しているが)を親切にしてやったのは、時間稼ぎのためだったのさ。
もちろん、悪役のお約束であるネタばらしをしたかったという気持ちもあったがね!
「…他人の心配をする余裕があるのか?」
「なぁっ…!?」
私に向かって突撃していた騎士だが、とても運が悪かったらしい。後ろの仲間に気をとられた丁度そのタイミングで、私の仕掛けた【罠魔術】を踏んでしまったのだ。これは樹上から奇襲を掛ける前に仕込んだものである。
「地穴…魔術なら落とし穴も一瞬で作れるから便利だな」
「お、おのれぇ!卑怯な!」
「誉め言葉、と受け取っておこう。では、星魔陣起動、呪文調整、麻痺」
「ぐぅぅ…!」
哀れにも落とし穴に嵌まってしまった騎士を、私は【呪術】によって麻痺の状態異常にした。抵抗される可能性も考慮して五重に掛けた事が功を奏したのか、私よりもきっとレベルが上の騎士は動きを止めた。
「始末しておけ。私はあっちの援護に向かう」
「「「コツコツコツ…」」」
『月の羽衣』の効果によって浮かび上がり、新たな下僕である牛鬼に命令を下す。いつも通りに歯を打ち鳴らして、牛鬼は穴の中へと音もなく降りていった。
「ひっ…ギャアアアアアアアア…!」
きっと落とし穴の中ではノコギリめいた刃のついた鎌やぶっとい針で急所をグチャグチャにされているのだろう。どれだけレベルが上がろうとも、首と胴体が泣き別れすれば死ぬのである。私の命令だったとはいえ、一応御冥福をお悔やみ申し上げておこうか。南無南無。
「おっといかん。聖盾」
初手で奇襲を食らったもう片方の騎士だったが、それだけで倒れることはなかった。まあ、奇襲に成功したと言っても相手のレベルは私よりも高いのだ。セイとしいたけの攻撃だけで倒せるわけが無い。
結局は一対私以外の全員で戦っていたようだが、死なないのが精一杯だったらしい。今も私の聖盾が間に合っていなければ、セイかフィルのどちらかが斬られていただろう。
「サンキュー!」
「猪口才な!」
それもそのはずで、セイ以外の全員が盾役を出来ないのが原因だ。一応紫舟は前衛職だが、どちらかと言えばルビーのように暗殺がメインの戦い方である。なので実際に矛を交える事が出来るのは武器を持つセイだけなのだ。
常にセイの側にいる蝶妖精のテスをはじめとした全員が魔術や能力で援護をしていたが、それでも基礎的なステータスの差が大きすぎたようだ。だが、ここからは私も参戦するから心配は無用だぞ。
「召喚、骸骨守護戦士、防御力強化、防御力強化、防御力強化…こんなものか?」
【召喚術】によって呼び出したるは重厚な鎧に身を包んだ骸骨守護戦士だ。三段階進化を習得したことで召喚出来るようになった防御よりステータスを持つ、骸骨盾戦士が進化した魔物である。
「加えて不死強化。行け」
防御特化の骸骨守護戦士を【付与術】と【死霊魔術】で更に強化した状態ならば、セイに代わる壁役として十分な強度で粘ってくれることだろう。
「ぐぬぅ!【召喚術】の魔物とは思えん固さだ!」
そして骸骨守護戦士は私の期待に応える頑丈さをみせてくれた。騎士の剣を全て盾で受け止めているのである。レベル差があるとは言っても、防御に極振りしている魔物の防御はそう易々と抜くことは出来ないらしい。
「よしよし。では、袋叩きといこうか」
「らじゃ!」
「うわー、完全に悪役だー」
「…やっぱ数は力だよな」
骸骨守護戦士が相手をしている間に、私達の魔術が遠距離から、セイとその従魔が背後から近接攻撃して体力を削っていく。加えて紫舟が定期的に粘性の高い糸を吹き掛けて行動を制限する。
なんだかパーティーでのボス戦をしているような錯覚を覚えるぞ?いや、似たようなものか。
「ぐうぅ…!せめて、せめて貴様だけは道連れにしてくれるわ!」
我々の猛攻に曝された騎士は、満身創痍の身体に鞭打って私に向かって駆け出した。どうやら刺し違えてでも私を殺そうという腹積もりのようだ。
「ガチガチガチ!」
「くっ、挑発か!しかし…!」
骸骨守護戦士は確か【盾術】の武技である挑発を使ったようだ。これは使用者へ敵が攻撃を集中させる、壁役の代名詞とも言うべき武技だ。最近調べて知ったゲーム用語によれば、『ヘイトを集める』と言う奴だろう。
「ぬおお!」
「えっ!?」
だが騎士は驚きの行動に出る。挑発によって無理矢理視線と体勢を骸骨守護戦士に向けさせられたはずの騎士が、盾で骸骨守護戦士の盾を殴り付けると、その瞬間に挑発の効果が切れたかのように此方を振り返ったではないか!
後になって知ったのだが、そのタネは挑発の仕様にあるらしい。この武技は強引に敵の攻撃を集める事が出来るが、その効果は挑発された者が攻撃すればするほど薄れていくのだ。本能のままに動く単純なAIならともかく、プレイヤーや擬似人格AIなら何度か攻撃すれば抵抗出来るらしい。また、レベル差があればあるほど抵抗への成功率も上がるのだとか。
因みに、この仕様がプレイヤーの間で広まった後、パーティー同士での戦闘における壁役を対処するための必須スキルとなった。逆に挑発系の武技を使うタイミングを見極めた壁役の所属するパーティーは勝率が極めて高くなっている。
閑話休題。つまり、あの騎士は一度攻撃することで挑発の効果を弱め、抵抗して逃れたのだ。しかし今問題なのはどうやったのかではなく、既に騎士が此方に来ている事である。やっべ、どうしよう?
「死ねぇぃ!盾強打!」
「ぐおぉっ!?」
防御魔術が間に合わないと悟った私は、反射的に杖を構えて防御した。騎士は走った勢いを乗せ、思い切り振りかぶって盾を使って殴り付けて来た。直撃は避けたものの、それでも腕に走った衝撃は非常に強いぞ!
げっ、無茶苦茶ダメージ食らってるじゃないか!もう半分以下だぞ!?盾の攻撃はきっと打撃判定だったのだろうし、武技を使っていたこともあっての結果だろう。やっぱり受け流しが出来ないといかんな。こういう時でもしっかり受け流せるようにならねば…
「とりあえず、空に逃げよう」
「逃げるな、卑怯者!飛翔斬!」
危ない相手を正面から相手取るのは馬鹿馬鹿しい。私は素直に飛行して上空に逃げる。だが、それを追い掛けるように騎士は飛ぶ斬撃を放つ。すぐさま私はそこらに生えている木々の陰に飛び込んで回避したが、当たった木には深い傷痕が刻まれていた。
使ったのは私の【鎌術】にもある飛斬の上位互換っぽいな。斬撃系武器の能力における汎用武技なんだろう。うへぇ、今の状態であんなの食らったら死んでじゃうって。魔術師の紙耐久を舐めて貰っては困る!
「無視してんじゃねぇ!」
「よーく狙って…ほっ!」
「がっ…ど、毒か…!」
ただし、騎士殿の反撃もここまでだった。背後から追い掛けてきたセイが棒で強かに打ち据え、しいたけの毒針が上手く鎧の隙間を抜けて突き刺さった。
「無念…」
乾坤一擲の突撃でも一人として仕留められなかった騎士はそのまま倒れた。よしよし、我々の勝率である。
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種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
【雷撃魔術】レベルが上昇しました。
新たに誘雷針の呪文を習得しました。
――――――――――
むふふ、経験値も美味しゅうございますなぁ!計画の仕上げを自分の手で行いつつ、大量の経験値も得て、更に新たな呪文まで入手した。今のところはとても順調だ。
「こういう時こそ、油断大敵。勝って兜の緒を締めよ、か」
「イザーム、どうした?」
「いや、何でもないさ。では、アジトに戻ろう。砦に向かった皆も帰還しているだろうし、な」
私は最後まで戦った騎士の死体を落とし穴に放り込むと、【大地魔術】の地変で穴を埋める。武装の剥ぎ取りは行ったが、態々埋めたのは単に私の自己満足だ。
無闇に殺しを重ねる訳ではないが、必要な殺しを厭うつもりは無い。かといって罪悪感やら何やらが無い訳じゃないのである。
さて、センチメンタルになるのは私らしくないだろう。アジトに戻るとするかね。
◆◇◆◇◆◇
イザーム達がバッケスホーフ卿の一団を襲撃しているころ、他の砦でも激しい戦闘が行われていた。守備兵と風来者はよく戦っていたが、どの砦でも敗色濃厚であり、既に脱出の準備を整えている者や砦を枕に最期まで徹底抗戦の構えをみせている者など守将によって判断は様々であった。
「ぎゃああああ!?」
「ハハハ…何この無理ゲー」
そんな中、抵抗らしい抵抗をほぼさせて貰えなかった砦があった。五つある内の中央にある一つである。
イザームのような策を講じた訳では無いし、彼のような奇天烈な進化を遂げた特殊個体がいた訳でもなく、はたまたジゴロウやウスバのような超人めいた伎倆を持つプレイヤーが混ざっていた訳でも無い。数で言えば他の集団よりもむしろ少なかった。
であるにも拘わらず、どうして一方的に蹂躙されてしまうのか?その唯一にして最大の原因は、この集団に今南下している魔物の群れの長…即ち彼らの王とその供廻りがいたことであった。
「行ケ!脆弱ナ者共ヲ皆殺シニセヨ!」
「「「「グゴガアアアアアアアア!!!」」」」
王に率いられた魔物達の士気は非常に高い。誰も彼も傷付くことどころか死すら全く恐れずに、とにかく前進していく狂気に囚われたようにしか見えなかった。
だが、ただの魔物が突撃するだけならばそこまで脅威には感じ無いだろう。そんな者達など可愛く見える化け物がいたのである。
「グハハハハハ!弱キ者ハ根絶ヤシダァァ!」
「うげぇ!?」
「た、タンクが盾ごと即死って…」
最大の脅威はその王そのものだったのだ。普通の獣鬼の二倍近い巨体に、背丈に見合う巨大な斧を携えた化け物は、魔物の革や鱗などで作られた防具まで装備して大暴れしている。現時点で最強クラスのプレイヤーが数十人単位で戦わなければ太刀打ち出来ないだろう。
「獣鬼王がなんぼのもんじゃああぁぁぁ!?」
「こうなりゃ自棄だ!突っ込べああ!?」
果敢に挑むプレイヤー達は、悉くエフェクトを撒き散らして死んでいく。まるで鬱陶しい埃を払うかのように、無造作に斬り捨てられていく。
それから五分と経たずに砦は陥落。プレイヤーは数人を除いて全滅し、守備兵もその大部分が死亡した。その後、イレヴスで復活したプレイヤー達は魔物の戦力を思い知らされることとなる。
そして彼らは悟った。これ、本気で防衛しないと街が一つ消し飛ぶ、と。
砦の戦闘は今回で終わりです。あと数話を挟んでから都市防衛戦に移る予定!
そしてマシュー様から嬉しいレビューを頂きました。ありがとうございます!
次回は11月30日に投稿予定です。




