砦の攻防 その三
このままならどうにかなる。太郎左衛門尉を含めた決死隊と化したプレイヤー達はそう感じていた。最初に太郎左衛門尉の言った通り、彼らは一本の矢のようになって敵中を駆けていた。
矢印状の、所謂『鋒矢の陣』で突破を図っているのである。陣形としてはポピュラーではあるものの、実際に陣形を手早く編成出来るのは流石の統率力であった。先頭集団は高レベルの前衛職プレイヤーで固め、中央からは後衛職が援護射撃、最後尾はレベル低めの前衛職が守っている。
(ああは言ったものの、敵のリーダーは倒せないだろう)
先頭で斬り進む太郎左衛門尉は言葉には出さずにそう考えていた。敵軍の主力は獣鬼というレベル30代の魔物だ。ならばそれを指揮している魔物とその周囲を固める精鋭は再提案でもレベル40はあると予想される。
つまり最低でも同格、下手をすればレベルが10以上差があってもおかしくない。今でさえ目の前の魔物に一太刀浴びせたら倒しきる前にその脇へ強引に進むことで突破しているように見せ掛けているだけ。彼の後ろに続く者達が追撃を加えてはいるものの、実際に倒せている敵の数はあまり多くはないだろう。
(ならばこの命は敵軍を出来る限り混乱させる為に使う!)
落ちるのが確定している砦から一人でも多くのNPCが逃走する時間を稼ぐ。そのために敵軍を引っ掻き回して混乱させて足止めする。その上で生き残っていれば逃走する。そういうクエストを受けたと判断した太郎左衛門尉の決断であった。
「ぎゃああ!?」
「横から来たぞ!」
包囲を強引に突破している最中、彼の最も恐れていた事態が起きた。最後尾がその横っ面を叩くような形で襲撃されたのである。どのような敵に襲われたのかは不明だが、これで最後尾の彼らが生きて逃げる未来は閉ざされた。
「ブガアアアアアアア!」
「ひぃっ!?」
「ぶ、豚!?」
「こ、これってオークって奴か!?」
それと呼応したかのように、最前線組と後衛組の丁度境い目に躍り出たのは一匹の豚の頭部を持つ魔物だった。それは様々な創作物において大抵の場合『女の敵』や『劣情の化身』のような扱いを受ける豚頭鬼である。
そんな相手が一番突かれたくない位置に突っ込んだのである。そして後衛職である彼らの内、数少ない最低限の自衛が可能な者達でどうにか豚頭鬼の殺戮を止める事に成功した。だがそれを知った時、太郎左衛門尉は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
(よりにもよって一番の弱点を突かれるとは…!)
太郎左衛門尉は自分の運の無さに舌打ちをしてしまう。この戦法の最大の欠点は立ち止まってはならないという点だ。常に走りながら進むことで、囲んで圧殺されないように立ち回る必要があるのだ。止まってしまえばすぐさま周囲を囲む魔物に押し潰されてしまう。
「畜生!今助ける!」
「バカ!止まるんじゃ…!」
現に後衛組に近かったプレイヤーの中には、反射的に助けようとして逆走しようとする者もいた。しかし、進む方向を反転するということは、一瞬とは言え動きを止めねばならない。止まった者達はそのまま数の暴力で以て光る粒子と化した。
(後方からの援護射撃ももう期待出来ん。これは参った、完全に詰み…ん?)
眼前の敵を斬り裂いて進みながらも現状を冷静に把握し、どうやら逃げることもままならない事を悟った太郎左衛門尉だったが、彼の脳裏に一つの疑問が湧いて出た。
背後への攻撃と弱点への横入り。そのタイミングは噛み合っており、まるで示し合わせたかのようだった。
(もしそれが示し合わせてのことだとしたら?偶然ではなく、作戦だったとしたら…!?)
その可能性に行き当たった時、彼の中でこの襲撃までの出来事が繋がった。それと同時に何者かによって描かれた悍しい絵図が見えてきた。
「グゴォアアアアア!!」
「がはっ…」
その時、彼の頭部に獣鬼の棍棒が振り下ろされた。斜め後ろからのそれに反応することが出来ず、防御が間に合わない。視界に浮かぶ『スタン』の文字と崩れる身体。無念を抱きつつ、太郎左衛門尉は死亡した。
◆◇◆◇◆◇
上手く行った。その喜びよりも成功してほっとしたと言うのがぼくの本音だ。兎路の作戦は単純で、まず持ち前の素早さを活かして彼女とモッさんが後方から奇襲。それと同時にぼくが敵の横っ腹を突く。それだけだ。
けどそれだけで本当にプレイヤー達は瓦解した。先頭、中央、最後尾と三つのグループに分断された彼らは包囲から逃れることも出来ずにそのまま全滅。ぼくは彼らのドロップ幾つか拾えたし、この襲撃に紛れ込む作戦は大成功って言えそうだ。
「グオオオオオ!」
「ガオオオオオ!」
魔物達は勝利を喜び、勝鬨を上げている。うん、用は済んだしとっとと逃げよう。今は戦いの興奮で気付いていないけど、冷静になれば群れの一員じゃ無い奴がいる事がバレるだろうし。
「ヘイヘイ、エイジちゃん!一緒に逃げようぜぃ?」
「此方は終わったで。モッさん達はもう逃げとる」
魔物達の隙間を縫うようにして、しいたけと七甲がやって来た。小柄なのを活かしてるっぽい。足元を見ようとしてないし、チャンスだったんだろう。
「成果はあったの?」
「大漁やで。武器と食糧は言われた通りにちょびっとしか盗ってへんけど、魔道具と素材は片っ端から回収したしな」
「これで【錬金術】が捗るよ~」
物資の回収についてもイザームさんからは明確な指示があった。それは『武器と食糧は必要最低限しか盗まないこと』だ。【鍛治】スキルがあれば金属の武器はインゴットに戻せるらしいけど、あの人はここの物資を使って魔物の群れを強化したいみたいだ。
その為に武器と食糧はほぼ全て残しておく。けど【鑑定】を持ってるしいたけがいたので、品質やレア度の高いものを厳選してある。ぼくの盾も随分草臥れていたからとても嬉しい。斧も良いのがあるといいな。
「じゃあこっそり逃げよう。あの人達みたいになるのは嫌だしね」
「ほいほーい」
「了解や」
ぼく達は早速撤収を始めた。こんなに上手く事が運んだのは、きっと運の要素も大きかったと思う。けど運任せのまま、っていうのは情けない。うん、少しでも腕を上げよう!
それはそれとして。他の仲間達は別の場所で何かするみたいだし、予定通りに巣穴跡に戻ろう。
◆◇◆◇◆◇
砦の守将であったバッケスホーフは、腕の立つ護衛と側近を合わせて約二十人位で逃げていた。彼らはあの砦で起きたことを少しでも早くイレヴスに伝えるべく、必死に走っている。
「よもや私がこのような辱しめを受けることになるとは…」
バッケスホーフは情けなさと怒りがない交ぜになった内心を必死に押さえ付けながら走っていた。もし彼が自制心の無い者だったとすれば、きっと感情のまま叫び声を上げていたことだろう。
彼はに大局的に物事を見据える事が出来る男である。戦力をイレヴスに集め、その堅牢堅固な城壁を盾に決戦に臨む。敵の戦力も集中してしまうが、見張りを暗殺されて奇襲を防げなかった時点であの砦はもう落ちる。ならば可能な限り無駄死にを抑えて逃げるしかない。こうして彼はこの不名誉な選択を下したのである。
だが、砦を守護するという任務が果たせなかったことへの不甲斐なさ、そして此処にいる者達以外のほぼ全員が討ち取られただろうという事実が彼の内心で激情となっていた。彼が捨て石にしたのはプレイヤーだけではない。つい先日配置されたばかりの新兵やもうすぐ何処かの街で衛兵となっていたであろう古参兵、そして彼らを指揮する為に残った腹心とも言える副将も犠牲になっていた。
プレイヤーなら使い捨てにしても大して問題は無いし、どうせ復活するのだから別段罪悪感も無い。王国の歴史では犯罪者や捕虜を奴隷部隊として突撃させていた記録もあるので、彼の心は全く痛まない。
だが、自分が率いた兵士を見捨てたことには強い自責の念を抱いていた。軍人として我慢出来ても、人としては己を許すことはとてもではないが出来なかった。
「仇は…仇は必ずや取ってみせるからな…!」
彼が復讐の黒い炎を燃やしているとき、それは起こった。
「な、なんだ、これは!?」
「くっ!へばりついて取れない!」
先頭を走る騎士数人が、何かを踏んだかと思えばその場でもんどりうって転倒したのだ。どうやら彼らには粘性の高い何かが絡み付いているらしく、起き上がることも出来ずに四苦八苦していた。
「何をしている!早く引き千切れ!」
「はっ!あ?」
メェー…メェー…
武器を抜いてベタベタする何かを必死に削ぎ落としている時、どこからか羊の声が聞こえてきた。その声は耳に心地よく、何故か無視するどころか警戒することすら出来ない。それはまるで幼い頃に母親が歌ってくれた子守唄のようであった。
「…い、いかん!皆、気をしっかり持て!」
「もう手遅れだ。巴魔陣起動、呪文調整、雷矢」
羊の鳴き声によってバタバタと三人が倒れてしまう。それを見計らったかのように、針葉樹の上から極太の紫電が迸った。それらは突然倒れた三人に突き刺さり、身体を内部から一気に焼いていく。彼らは成す術もなく葬られた。
「何者だ!」
「君たちの敵だよ」
バッケスホーフは反射的に誰何したので返事など期待していなかった。だが意外にも返事があったばかりか、樹上から巨大な影が降ってきたではないか。
「あ…不死…なのか?」
「ば、化け物だ…!」
バッケスホーフと生きている彼の部下達は、眼前に現れた異形としか言い様の無い化け物を見て戦いた。
降ってきたのは魔物とその背中に立つ人型の影であった。人型の方は壮麗な杖を持ち、黒と紫を基調とした法衣に身を包み、額に第三の眼を持つ骸骨の意匠を施された銀色の仮面を被る怪しい風体。こちらは不気味な魔術師というだけであり、警戒はしても恐怖に飲まれる程ではない。問題はもう片方であった。
「ふむふむ、高いレベルであっても睡眠状態で威力を底上げした魔術を使えば即死させられるようだな」
「「「コツコツコツ…」」」
まるで実験の結果を分析する学者のように淡々と話す銀仮面に追従するように足元の化け物は歯を打ち鳴らす。様々な骨を組み上げて作られたラグビーボール型の胴体と、その先端に付けられた大きさの異なる三つの頭蓋骨。そして胴体と頭部の境目からは八本の脚が、そして境目の周辺と胴体の上側や側面からは同じく八本の腕が延びていた。
八本ある脚だが、これらの先端は全て手となっていた。サルのように『掴む』事が出来る足を持っているということだ。あの足によって樹木に貼り付く事が出来たのである。
そして腕は打って変わって全て手の形状にはなっていない。そこには蟷螂の前肢が、極太の針が、ペンチのような鋏が、そして鈍器のような何かが一対ずつ付いていた。
さらに特筆すべきはその全身の骨が黒い光沢を放っていることである。金属のそれとは違う、甲虫特有の艶があるのだ。それ故にこの魔物を不死だと断言出来なかったのである。
「それにしても、風来者は上手くやったようだな。これは重畳」
「何だと?」
この世の物とは思えぬ化け物に乗る、間違いなく邪悪な魔術師は楽しそうに呟いた。声量からしてこの場の誰かに聞かせるつもりではなかったのだろうが、バッケスホーフの耳はその音声を拾ってしまった。
「ん?ああ、聞いてしまったかね?ならば隠しても仕方があるまい」
魔術師は杖で化け物の頭部をコンコンと軽く叩きながら言った。
「見張りの無力化を依頼したのだよ。君たちのいた砦にいた風来者に、ね」
あの砦に潜り込める魔物は流石に知らんよ、と魔術師は締め括った。それを聞いたバッケスホーフは全てを理解した。自分が大きな勘違いをしていたのかを。そしてとこれから何に気を付けなければならないのかを。
「信じるか信じないかは別にして、君達を生かして逃がすわけにはいかなくなった。悪いが死んで貰おうか」
「バッケスホーフ卿!逃げませい!」
「ここは我らが食い止めます!」
そう言って化け物に突撃したのは、二人の騎士だった。彼らはバッケスホーフ麾下では最古参の手練だ。彼らはその強さと年長者としての役割として真っ先に肉壁となることを最初から決めていたのだ。
「…すまない!行くぞ!」
「ちっ!」
こうしてバッケスホーフは多くの犠牲を払いつつも、どうにかイレヴスに辿り着くことが出来た。しかし彼が齎した情報によって、イレヴスの街は徐々に狂っていくこととなるのだった。
高いレベルでも死ぬ時はあっさり死にます。格下相手でも油断は禁物。
次回は11月26日に投稿予定です。




