砦の攻防 その二
イザームさんと別行動しているぼくは今、魔物に混ざって砦を攻めていた。自分よりも大きな魔物の影に隠れつつ、それでも自分に当たりそうな攻撃は両手に持った大盾でしっかりと受け止める。
「うひょ~!大迫力やな!」
「戦争してる、って感じですねぇ!」
「VR映画よりも臨場感があるわね。登場人物になってるんだし、当たり前だけど」
「ああ!解るわ~!」
「君たち呑気過ぎない!?」
ぼくの後ろや肩にくっついてやり過ごしている仲間達は、人の苦労も知らないで状況を楽しんでいる。壁になるのはぼくの役割ではあるけどさ、もうちょっと労ってくれてもいいんじゃないの!?
「まあまあ、エイジはん。落ち着きなはれや」
「そうですよ。殺られたならその時はその時です。泰然自若にどっしりと構えましょう」
両肩に乗る七甲とモッさんは、お気楽にそれぞれの翼でペチペチと頭を叩く。言っている事は間違ってはいない…のか?どうにも判断が…ってうおっ!?魔術か!危なかった!
「へぇ。獣鬼のドロップ品でも結構防げるもんなのね」
「つーかさ、しれっと紛れ込めてるのが面白いよね。全然気付いてないでやんの」
今、ぼくことエイジと兎路、七甲、モッさん、そしてしいたけの五人は砦へ攻撃を開始した魔物の大群に紛れ込んで砦攻略を行っていた。陥落させたら、いくつかのアイテムを奪って逃げる予定だ。
装備しているのは全てこれまでの戦闘でドロップした中古の武器。見窄らしいだろうけど、こうすればこの群れに混ざってもバレないと思ったからだ。実際、目の前の砦しか見えていない魔物達の目を誤魔化す事は出来たので、こうして戦えている。
「ぐぅぅ!お、重いぃぃ!」
一応、可能なら数人のプレイヤーを倒しておくようにってイザームさんは言っていた。同時に成功すれば儲け物だとも言っていたので、モッさんが言っていたように失敗しても大きな問題にはなり得ない。
だから気楽に臨めばいいんだろうけど、とてもじゃないけどぼくにそんな余裕は無い。硬い木をそれらしく形を整えただけの盾にしては頑丈だよ?けどさ、高レベルのプレイヤーの攻撃を受けきるには性能が足りていないのは事実なんだよ!
「げっ!?盾にヒビが入ったぁ!?」
もう何発目になるかわからないけど、魔術や矢を受けた盾が遂に悲鳴を上げた。ヤバいヤバいヤバい!このままじゃ壊れる!
「ゴオオオオッ!!!」
その時、丁度砦の門が砕け散った。最前線でボロボロになりながら殴り続けていた少し大きめの獣鬼が遂にやり遂げたんだ!
「今だ!突っ込もう!」
「やったるでぇ!」
「滾りますね!」
「以外と行けるもんね」
「あ、わたしは援護しか出来ないし足遅いから合わせてよ。そこんとこ宜しく」
一時も早く砦の中に入ってしまいたいぼく、戦意に燃える七甲とモッさん、こんな時でも冷静な兎路にマイペースなしいたけ。纏まりの無いぼく達は、魔物達の流れに乗って砦へ雪崩れ込むのだった。
◆◇◆◇◆◇
「畜生!門を抜かれそうだぞ!」
「どうすんだよ!」
「私に言われてもわかんないわよ!」
城門の上から戦いに参加していたプレイヤーは、今にも壊されそうな門を前に慌てふためいていた。統制がとれた軍隊ではない彼らは、当然のように浮き足だっている。ほぼ全員の中身は一般人なので、こうなるのは仕方がないだろう。
「落ち着け!皆の衆!」
「た、太郎さん…」
砦は五つあるが、イベントの参加者は戦力がほぼ均等になるように振り分けられている。しかし、同じクランに所属するプレイヤーは必ず同じ砦に派遣されていた。
そうなると当然、砦ごとのプレイヤーを纏める者は規模の大きなクランのリーダー役をやる流れになる。この砦でその役割を担うのは『戦国乱世』という大規模なクランの代表、太郎こと太郎左衛門尉というプレイヤーであった。
ガチガチの歴史マニアから単に和風なデザインが好きな者まで、しかも戦闘職から生産職まで纏め上げる手腕から抜擢された経緯がある。彼の人柄も相まって、中小規模のクランを中心にほとんどのプレイヤーがその指揮下に入っていた。
もちろん反発する者達はいたし、そもそも群れるのが億劫なソロプレイヤーもいるので全員が素直に従った訳ではない。だが、この状況では真っ先に声を上げた者に注目してしまうのが人間の心理というものだろう。豊かな白い髭を蓄えた老人のアバターである彼は、見た目と同じ年配の、しかし張りのある声で言った。
「この砦はもう保たん!門もすぐにでも壊されてしまうのは目に見えておる!しかし、この砦の守備隊長は我らに殿を任せると言っておった!」
それを聞いたプレイヤー達がまたもや騒ぎそうになったが、太郎左衛門尉は腰の日本刀を大仰な仕草で抜く。それによって自然と皆の視線は再び彼げと集まった。
「我らは死せども甦る!されど住民と呼ばれる者達は其れ能わず!故に我らが殿を勤めるは至極当然の事!しかして拙者は只で死するつもりは毛頭無い!」
そしてここで一旦言葉を区切り、全体を見渡してから続けた。
「事ここに至り、我らが勝利することは敵わぬ。砦の陥落は防くことは出来ん。されど、敵の大将首を上げれば混乱に陥らせることは出来るであろう!」
そして刀の切先を一際身体の大きな魔物に向ける。それに合わせたかのように門は破られ、魔物達が雪崩れを打って突撃してきた。
「我らはこれより、一本の矢となる!雑兵には目もくれるな!大将首だけを狙い、死兵となって戦え!」
「「「う…ウオオオオオオ!!!」」」
プレイヤー達は太郎左衛門尉を先頭に猛然と走り出した。軍隊としての専門知識に欠く彼らでは、トップがどれほどの戦上手であってももう一度防衛戦を張り直す事は出来ない。だからと言って何もせずにむざむざ殺られるのは無駄死にでしかない。
なので太郎左衛門尉は閉じ籠って迎撃しても押し潰されるのがオチだと判断し、敵の指揮官を討ち取ることに目を向けさせたのだ。こうすれば防衛戦というストレスから解放されるし、決死の突撃と煽ることで上がった士気が戦意を向上させる。
超攻撃的な殿。確実に自分を含めたプレイヤーの大半が一度死ぬが、それでも最大限にNPCを逃がす時間稼ぎが出来るハズ。これが太郎左衛門尉に思い付く唯一にして最高の策であった。
◆◇◆◇◆◇
「ふむふむ。いいですねぇ…頑張っていますねぇ」
見張り塔の屋根の上から戦況を見下ろすウスバは、楽しげな様子でプレイヤーの動きを見ていた。どう足掻いても殺られる状況なのだから、いっそのこと決死の突撃を仕掛ける。どうせ殺られるのだから、と諦めない姿は彼の目に好ましく映った。
「この状況で有象無象を纏め上げるカリスマと確かな実力…万全の状態なら是非ともお手合わせ願いたいものです」
結局は戦いたくなる相手かどうかに集約するのがウスバという男の性分である。こと対人戦にかける情熱で言えば、プレイヤーの中でも最高かもしれない。
「…ボス。裏口から逃げてる」
「そうですか。予定通りで何よりです」
高所から見下ろす彼らの目は、裏口からコソコソと逃げ出す人影を捉えていた。しかし、ここまでは彼らの想定から外れる何かは一度も起こっていない。非常に順調であった。
「むしろ残って徹底抗戦、とか言い出すNPCでなくて良かったですよ。WSS系では矜持や意地で合理的とは言えない思考から行動を起こすAIも多いですから」
「ボスよぉ。なんで逃がすんだ?イザームの旦那からの指示通りだけどさ」
「皆殺しで良かったんじゃないの?あのNPC、私達より格上っぽかったしぃ。惜しいじゃん?」
「イザームさんが戦うって事ですか?あの人の経験値の為に、強い敵が必要だった、とか?」
「…」
この『敵の司令官的な立場のNPCは見逃せ』というのがイザームの出した指示なのである。これが、『仮面戦団』の面々が渋った理由だった。強い敵とルール無用の殺し合いをしたい彼らにとって、明らかに高レベルのNPCを見逃すのは折角捕らえた獲物を解き放つに等しい。
取引によって『北の山の悪夢』と呼ばれたプレイヤーとの戦闘を取り付けたものの、全員が不満そうにしていた。そんな団員の反応が可笑しかったのか、ウスバはクスクスと笑う。
「いやいや、違うんですよ。逃がすからこそ、私達も後々楽しい思いが出来るのです。さあ、とっとと離脱して次の段階に進みましょう」
思わせぶりな言い方で仲間達をあしらうと、ウスバは見張り塔から砦の外へと飛び降りた。
◆◇◆◇◆◇
砦の門から突入したぼく達だけど、入ってからどうするかは事前に決めていた。
「んじゃ、色々ネコババしてくるから。期待しないで戦っててね~」
「いざというときはワイに任しとき!」
しいたけと七甲で使えそうな砦の物資を回収しつつ、それを無駄に荒そうとする者達を排除する予定だ。他の魔物プレイヤーと出会す可能性もあるけど、その時はそいつを排除するか逃走するように言われてる。
どうやらイザームさんはこれ以上計画に関わるプレイヤーを増やしたくないらしい。と言うのも、ぼく達みたいにノリノリで参加するプレイヤーばかりじゃないし、増えすぎると取り分で揉めるからだって。きっとそれだけじゃないんだろう。わからないけどね。
「っと!ふん!」
「ふふっ!頂くわね?」
「がぶり」
ぼく達は獣鬼中心の軍団に混ざって敵を屠って行く。兵士のレベルは結構高いので、決して無理はしない。けれどこっちの方が数も多いので、他の魔物に対応している兵士を横から倒したりも出来る。うん。有り体に言ってボーナスステージだね!
NPCを殺す事への忌避感が無い訳じゃないけど、殺らなきゃ殺られるのだから躊躇はしない。相手が此方に向ける敵意は本物だし、どうせぼく達以外の魔物に殺されるんだから一緒だよ。そもそもぼくが魔物のアバターを選んだのは、擬似的とはいえこういう状況を体験したかったからだ。イザームさんには感謝こそすれ、文句なんて無いね。
「あら?エイジ、モッさん。アレ、放っとくとマズそうじゃない?」
「ん…ぉおう。凄いな、あの人ら…」
「先頭は侍、ですかね?きっとプレイヤーでしょう」
兎路が指差した先には、気勢を上げて魔物の群れに突撃する者達がいた。その先頭集団は武器は刀だったり薙刀だったり、防具は武者鎧だったり当世具足だったりと時代はまちまちだけど和風で揃えられた装備の一団だ。きっと日本史が好きなプレイヤーのクランなんだと思う。
ああいうのもいいなぁ。ぼくは自分の身体を隠すくらいに大きな盾が好きだからああいう格好と縁は無いと思うけどね。
「狙いはあの大きな獣鬼でしょうか?」
「それしかないでしょ。ボスを倒して慌ててる隙に逃げるつもりなんじゃない?知らないけど」
きっと兎路の予想が正しいんだと思う。このイベント中は一回きりとは言え、死んでも復活出来るプレイヤーは殿に最適だ。イザームさんもプレイヤーは死ぬまで戦うのが役割ならNPCに恩を売る為にも最期まで足掻くだろう、って言ってたし。
「魔物の数が減りすぎるのもダメだったよね?」
「あぁ、そうでしたね。特に代わりが無い強そうな個体は絶対死なせないようにしたい、とか」
「じゃあ邪魔しなきゃダメね」
これもイザームさんの指示だった。ぼく達の生還が優先だけど、可能な限り魔物側の損害を抑えるようにして欲しいみたいだ。だったら無理しない程度に彼らの勢いを止める必要があるだろう。
「正面から戦うのは無理だ。絶対勝てないと思う」
「なら搦め手で行くしか無いですね」
先頭集団はきっと高いレベルのプレイヤーだと思う。普段の装備ならいざ知らず、魔物に混ざるためのボロボロのドロップ品では止めるなんて不可能だ。
「一つ、名案を思い付いたのだけれど」
「…君がそういう顔になってる時って、とんでもない事を考えてないんだよね」
兎路がニヤリと顔を歪めてそう言った。まだ短い間とは言え、コンビを組んでいたぼくは知っている。きっと今、兎路はとても悪辣な事を考えているんだって!
「けど、上手く行けば色々と美味しいわよ?」
「…取り敢えず聞かせてくれる?」
思った通り、兎路の作戦はろくでもない内容だった。けれど、ぼくもモッさんもそれの代案を示す事が出来なかったので、実行することになった。ああ、どうか上手く行きますように!
和風が好きって人は絶対に一定数いるはず!そしてリーダーはかのチート武将が好きなオジサマという。
一方で重厚な鎧や盾もいいですよねぇ。…つまり筆者はストライクゾーンがガバガバに広いという事に他ならない!
次回は11月22日に投稿予定です。




