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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第九章 朱に染まる鉱山
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砦の攻防 その一

 鉱山都市、イレヴス。その西北西に築かれた砦には元々大した数の兵士は詰めてはいなかった。都市の周囲には鉱石が採掘できる坑道がいくつかあるが、北側は魔物の領域である。なので北寄りにある坑道を守るべく、周辺の魔物の排除と監視を主な任務としていた。


 だが、彼らの任務である魔物の排除はごく稀にしか行われなかった。というのも、森の野生動物は砦に近付けば人類に襲われる事を知っているので、滅多な事がない限り寄り付くことがないのである。なので砦の兵士にとって、魔物との戦いとは『こちらから探して倒す事』と認識されていたのだ。


「それがどうしてこんなことに…」


 そして今はその『滅多な事』が起きている。いや、それどころかイレヴス存亡の危機が起こっていた。


 ここ数ヶ月で砦に近付いて来る魔物が増えたことは守備兵達も実感していた。彼らは魔物同士の縄張り争いでも起きているのだろうと高を括っていたのだが、都市にある神殿の神官が神託を受けた事で事態が急変する。それは森の奥深くから魔物の大群が押し寄せている、というものだった。


「言うな。まだ見張りの交代したばっかりだぞ?最初から暗い雰囲気になると息が詰まる」

「死ぬかもしれねぇんだぞ?」

「なればこそ、女神様がお慈悲をくれたんじゃないか」


 しかし、女神達は人類を見放してはいなかった。かの神々は援軍として異世界からの旅人である風来者を派遣したからである。


「慈悲だって?確かに数は多いけどさぁ、俺達と大して強さは変わらないじゃないか!」


 ここリヒテスブルク王国において、下級兵士の進む道はほぼ同じだ。見習いとして訓練し、レベル20になって一人前の兵士と呼ばれる。そしてこの砦のような辺境で周辺の魔物を排除しつつ徐々にレベルを上げ、50レベルに達したらベテランだ。そうなったら様々な街の衛兵として前線からは退き、街の平和と秩序を守るようになる。


 特別な才能やコネクション、または華々しい武勲をたてた者は出世コースに乗る事もあるがそんなのは例外だ。野心からではなく安定した収入を求めて軍役に就いた彼らは、ごく普通の兵士でしかない。一般的な兵士のコースから外れようと思った事もない。


 ゆえに彼らのレベルは30~40代ばかりである。それを越えるのは砦の守備隊長とその側近数人程度だ。そこへ女神が援軍として送り込んだ風来者…即ちプレイヤーのレベルは最大でも50に届いていない。しかもここ最近になってやって来るようになった者に至っては20レベルにも満たない場合もある。これでは見習い兵士と大差ないどころか、下手をすれば劣っている可能性すらあるのだ。


「大きな声を出すな。どこで聞かれているかわからんぞ?妙に自尊心の強い奴もいるらしいからな」

「より厄介じゃないか…」

「落ち着けって。隊長の言葉を思い出せよ」

「ああ、あの話か?」


 女神が風来者を送り込むと神託を授けた際、かの神は言った。『風来者は現場の指揮官に従うように言い含めてある故、兵士の延長として扱うべし』、と。


 神託を授かった神官はどうして態々そのような事を強調するのかわからなかったが、素直に神託の内容をそのままイレヴスの為政者へ告げた。それを聞いた世俗の為政者はその意味を即座にこう解釈した。『好きに使い潰して構わない』、と。


 風来者とは、仮初の肉体に異世界の人々が乗り移った存在という設定だ。なので彼らは世界の客人であり、死んだとしても幾つかのペナルティを受けた状態で復活、もといリスポーンする。一方で住民、つまりNPCは世界の住人であり、死んだらそこで終わりである。即ち、命の価値に明確な差があるのだ。


「けどよ、そう上手いこと行くか?復活するからって、いざとなったら殿にするなんて…」


 女神がそう仰ったので、為政者や指揮官はその通りにしようと思っている。だが、現場の兵士はそれを言葉のまま信じられないと思っている者が大半だった。イレヴスどころかこの国の出身でもない、命懸けで守るべき対象が背後にいない風来者が死を前提とした殿を務められるとは思えなかったのだ。


「さあな。けど、風来者は酔狂な奴も多いって聞くぜ?自分より強い魔物にも平気で挑んで死んでも、復活すれば笑い話にするらしいしな」

「なんだそりゃ?不死(アンデッド)よりも気味が悪い」

「まったく、その通りですね」

「「!?」」


 砦の監視塔で会話していた二人の兵士の背後から、突然第三者の声が掛けられる。慌てて振り返った二人だったが、彼らが何かをする前にその喉に短剣が突き立てられた。


「復活するから。ゲームだから。そんな言葉を言い訳に足掻こうともせずあっさり諦めるプ…風来者は多い。嘆かわしいことです」


 そう言いながら短剣を捻るのは黒一色に染め上げられた服に身を包んだ細身の男であった。その顔は道化(ピエロ)の仮面に隠されて見ることは出来ない。


「もっと緊張感のある戦いをしたいものですね。ああ、その点で言えばイザームさんとの戦いは最高でした」


 糸の切れた人形のようにばたりと倒れ伏す兵士を見下しながら、『仮面戦団(ペルソナ)』の団長、ウスバは少し前の戦いを思いだしつつ恍惚とする。切り札を隠した状態でも、彼を追い詰めるプレイヤーはほとんどいなかった。にもかかわらず、イザームは見事彼にダメージを負わせている。しかも彼自身もウスバと同じく切り札を隠していたようだ。


 その事が、ウスバには嬉しくて堪らない。


「この砦にも手練はそこそこいるようですし…あれほどでは無くとも楽しめそうではありますね。それで、茜。首尾はどうですか?」


 ウスバは振り返ることもなく、背後へ問いかける。すると一階へ続く階段から足音を立てる事なく小柄な影が現れた。


「…準備は終わり。あとは待つだけ」

「そうですか」


 準備は整った。今のところ、計画通りに進んでいる。ウスバはこの砦がどのような末路を辿るのか、そしてそれがどのような影響を表イベントに齎すのかを想像し、仮面の裏で声も無く嗤うのだった。



◆◇◆◇◆◇



「ススメェ!コロセェェェェ!」

「「「「「グオオオオオオオオ!!!」」」」」

「始まったか」


 私は小さく呟いた。魔物の軍勢は、砦を見るや否や蛮声を上げて突撃してきたのだ。かなりの迫力である。


 しかし、計画性がまるでないな。力押しでどうにかなると考えているようだ。一応、獣鬼(トロール)よりも一回り大きな魔物が指揮を執っているようだが、突撃しか言っていない。所詮は魔物、策を練る知恵は無いと見える。


 それにしても、どうして普通の獣鬼(トロール)の声は獣の唸り声にしか聞こえなかったのに、あの大きな獣鬼(トロール)は言葉として聞こえるのだろうか?あれから【言語学】のレベルは上がっている訳ではないのだが…


「うわぁー、激戦だねー」


 私の疑問を他所に、ウールはまるで他人事のように呑気である。彼は私と共に砦から少し離れた場所で事の成り行きを見守っていた。大型の魔物が門を抉じ開けようとし、それを阻止すべく城壁の上からは矢や魔術が雨霰と降り注ぐ。お返しとばかりに魔物達も弓矢や投石で反撃すると、それらを放った者達へ城壁からの攻撃が集中する。


 怒号と悲鳴が飛び交い、それらを掻き消すほどの爆発音や何かが崩れるガラガラという音がここまで届いてくる。かなり激しい戦闘が起こっているようだ。


「んで、あとどれくらいかかるんだ?」

「もう少しだ。どうせ長くは保たんよ。そのためにウスバ達は動いているのだからな」


 私は砦の内部で暗躍しているであろう『仮面戦団(ペルソナ)』の者達を脳裏に浮かべてほくそ笑んだ。



◆◇◆◇◆◇



「どうなっている!見張りは何をしていた!?」


 砦を預かるオットー・バッケスホーフ卿は怒りのままに吠えていた。彼は守備隊長として職務を全うする叩き上げの真面目な軍人である。なので北方から魔物が南下してくると聞いてからというもの、砦周辺の哨戒と夜間の警戒は細心の注意を払うようにしてきた。


 にもかかわらずこの奇襲めいた襲撃である。命令は徹底していたハズなのにどうしてこのような事態に陥るまで報告が届かなかったのか。


「そ、それが…」

「ハッキリ言わんか!」

「はっ!確認に行かせたところ、見張りの兵は悉く殺されておりました!」

「なっ…!」


 バッケスホーフ卿は驚愕に震えていた。襲撃する前に魔物の侵入を許した事に驚いたのではない。もちろんそれも大問題だが、それ以上に重要なのは魔物達の中に『見張りを殺す』という作戦を思い付く知恵を持つ個体がいたということだ。


 潜入や諜報、破壊工作を始めとする作戦は人類の専売特許のはず。魔物の中には知恵の回る種もいると聞くが、そういう連中は人類と積極的に敵対しようとはしない。人類はその種を研究し、対策を立てて必勝の策を以て討伐に向かうからだ。


 知恵が回れば回るほど人類と態々戦おうとはしない。これが人々の常識であった。


 その常識が覆されたのはどういう意味を持つのか。その答えは一つに決まっている。


「想像を絶する化け物がいるとでも言うのか…!」


 この常識が通用しない例外はいる。人類の力など到底及ばぬ高みにいる種族(レイス)などだ。例えば龍族。卵から孵ったばかりの子供でも、ベテランの兵士数人で囲まねば勝てないと言われる最強種だ。


 成体となった龍族なら街一つを易々と消炭に出来ると聞く。さらに経験を積めば国を、伝説の域に達する龍王(ドラゴンロード)龍帝(ドラゴンエンペラー)ならば大陸を相手取ることも可能だと言われている。


 そのような怪物に匹敵する魔物がいるのであれば最悪だ。力だけでも人類を圧倒出来るのに、加えて破壊工作を行う狡猾さまで持っている。しかもそのような破壊工作を実行出来る手駒まで有している可能性が高い。敵がそこまでの相手ならば、この規模の砦ではどうしようも無いだろう。


「隊長!現在、兵士と風来者が城壁の上から迎撃しておりますが、長くは保ちません!」

「ええい、それはわかっておる!敵の大まかな数は把握出来ておるか!?」

「はっ!概算で二千ほどかと…」


 それを聞いたバッケスホーフ卿は頭を抱えたくなった。これが敵の全軍であれば、イレヴスの街の防衛能力で防ぐのは簡単だ。しかしそれならば全ての風来者がここにいるだろう。ならばきっと全ての砦に同数以上の魔物が押し寄せていると推測出来る。考えすぎかもしれないが、最悪を想定して動くべきだ。


「…砦は放棄する。当初の予定通り、風来者に殿を任せて我々は地下通路から脱出するぞ」

「一般兵は如何いたしますか?」

「全員連れていくのは不可能だ。有事に際しての優先順位は定めてあるだろう。それに沿って選定しろ」

「…はっ!」


 バッケスホーフ卿の冷徹な命令に一瞬たじろいだ彼の副官だったが、すぐに仕事へと取り掛かった。今は一刻も時間が惜しい。非情であっても、最も合理的な行動こそ必要なのだ。


ゴキャバキィィィ!!!


 しかし、状況は悪化の一途を辿っている。彼らの耳に届いたのは、何かの破砕音が響き渡る。それが砦を守る門が突破されたのだ、とその場に集まる全員が直感していた。

 主人公が久々に悪役している…ッ!


 次回は11月18日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] PKギルドのボスは仮面を外してステータス主人公に見せてくれたっけ? 主人公だけ外して見せた? 一方だけだとなんか不平等な気がする…
[一言] 作者は西北西が好きな方角なのかな
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