仮面戦団
PK。プレイヤーキラーの略称であり、プレイヤーを殺して経験値とドロップアイテムを奪って行く者達である。
FSWにおいて、PKは決して実入りが良いとは言えない。プレイヤーを殺した時の経験値は同じレベルの魔物よりも少なく、またドロップアイテムも殺されたプレイヤーの所持品からランダムで最大三つという仕様であるからだ。
デメリットも大きい。普通のプレイヤーは緑色のマーカーなのだが、窃盗などの犯罪を犯したプレイヤーはマーカーの色がオレンジ色に変化し、プレイヤーかNPCを殺した場合は赤となる。こうなると街中を歩く事は困難になり、見つかれば即座に捕縛されてしまうのだ。
私の仮面にある【偽装】があれば誤魔化しも利くが、それも完璧とは言えない。それを見破る専用の能力、【看破】があるからだ。
しかも街中での犯行は女神謹製の魔導人形が本気で殺しにかかって来る。あらゆる犯罪行為に対して動く訳ではないし抜け道は色々とあるらしいが、それでも得られる利益対してリスクが大きいと思われた。私も魔術で即死させた事があるが、連中はプレイヤー全体ではかなり珍しいプレイングになるのだ。
「赤いマーカー…PKに襲撃された、と?」
「そうだ。命からがら逃げ切ったけど、あいつらのマーカーは真っ赤だったぜ」
私はセイの従魔を【魂術】で治療しつつ、彼から話を聞く事にした。なんでも、彼らはここよりも北に転移してきたらしい。その後適当に散策していたのだが、そこで赤いマーカーの人間二人に森人一人、そして獣人一人の四人パーティーに襲われたらしい。
「ふむ…これは早い内に聞けて良かった情報のようだな」
「どういうことです?」
私の独り言を聞いていたのか、エイジが不思議そうにこちらを見詰めている。周囲を見回すと理解出来ているのは兎路としいたけ、七甲そしてモッさんの三人だった。やはり年長者であればこのくらいは即座に判断出来るようだ。
「私は思い上がっていたらしい。私は人類と魔物で仲良しこよしを求めている者達が表イベントに、そしてそこからあぶれた魔物プレイヤー達が裏イベントに流れたと思っていた。だが、それは間違いだったのだ」
ここまで言ってエイジとウールは理解が及んだらしい。私はそのまま続けた。
「裏イベントには仲良しこよしからあぶれた人類プレイヤーの派閥もいた、ということだ」
大多数のプレイヤーは、人類にせよ魔物にせよ友好的なのが主流であるらしい。なので裏イベントに参加しているプレイヤーは、『表イベントに参加したかったが事情があって見送ったものの、その障害が無くなって参加出来るようになった』という特殊な者達以外は魔物プレイヤーばかりであろうと勝手に思い込んでいた。
だが実際は違ったらしい。プレイヤーの中にもPKや犯罪行為を専門とするアウトロー達は一定数いて、彼らも裏イベントに参加していたようなのだ。そして私は直感した。これは使える、と。
「セイ君。君の言う仕返しとはどの程度を指すんだ?相手を殺してやりたいのか?」
私の質問に対してセイは少し考えた後、首を横に振った。
「最初はぶっ殺してやるって思ってたけど、フィルの怪我はアンタが治してくれたしな…。なんか冷めちまったよ。一発ぶん殴るだけでいいや」
「そうか。それは良かった」
私の妙な言い方に、皆が怪訝な顔をしている。お前は何を言っているんだ、と思っていることだろう。
「私は我々の作戦を成功させるべく、そのPK達の一部と同盟を結ぶ事を提案する」
セイだけでなく、その場にいた全員が息を飲んだ。
◆◇◆◇◆◇
「見付かりませんねぇ、PKの人達」
「そらそうや。隠れるんが得意なんやろうし」
モッさんと七甲が私の頭上でぼやいている。今、我々はセイの初期位置の更に北へと向かっていた。セイがPKと遭遇したのはこの方角だと聞いていたからだ。
因みに、従魔も合わせて十一名の大所帯で動くと小回りが利かないので現在はパーティーを二つに別けて行動している。私、モッさん、七甲、そしてセイと彼の従魔達という組み合わせだ。他の五人は紫舟とウールのレベル上げと周辺で入手出来るアイテムの採取を兼ねた探索を行っている。
「止まってくれ。向こうで木が揺れてる。近くで戦闘が起こってるみたいだ」
「むっ、そうか。ここからは慎重に行こう」
セイは大猿なだけあって木登りがとても得意である。樹上を移動しつつ、高所から周辺を伺っていたのだ。
そんな彼が異変を察知したので、我々はいつでも戦えるように気構えつつ先に進んだ。さて、お目当てのPKと出会えるかな?
「ぐあぁっ!」
「ソージ!クソッ!」
「やりやがったな、畜生!汚ぇぞ!」
距離が近付くにつれて、戦闘の様子が見えるようになってきた。どうやらプレイヤー同士が戦っているらしい。三対一の構図である。当然のように四人ともマーカーは赤。全員PKである。
三人組の方は、パッと見た限り普通のプレイヤーだ。動きやすさを重視した軽装の革鎧を着て剣と盾を持った人間の戦士、木の杖に黒いローブを羽織った森人の魔術師、そして両手持ちの大剣を振り回す狼の獣人だ。やや攻撃に偏重気味なパーティーである。
対するのは黒一色の装備を纏った小柄な戦士だった。敵の戦士と同じく革鎧を身につけ、両手には大振りのアイスピックのような武器を一本ずつ握る二刀流。顔には猫を模した仮面を被っており、顔も種族もわからない。
「なんやアイツ…ごっつ強いな」
戦況はなんと一人の方が優勢であった。レベルの差もありそうだが、それ以上に場馴れしている感じが半端ではない。三人組の連携は決して悪くないのに、常に翻弄している。相当の手練であるのは確かであった。
「あ、アイツらだ!フィルを傷付けたのは!」
セイは声を潜めながらも、敗色濃厚な三人組を指差した。ほほう、奴らがそうなのか。彼の話では四人組だったので、一人はもう殺られたのだろう。狩る側が狩られる側になっている、ということだ。我々も気を付けてねば…
「…飽きた。もう殺す」
「ぎぇ!」
「がっ!」
驚くべき事に、仮面の奥から聞こえてきたのは女の子の声だった。鈴を鳴らしたような澄んだ美しい声である。
だが、やってみせた事は尋常ではない。素早い動きで前衛二人の中間地点に立ったかと思えば、その場で跳躍。空中で身体を捻りながら細い剣を二人のうなじへと突き刺したのである。当然、即死だ。
「…はぁ、役立たず共が。壁の役割も出来ねぇのかよ」
「…もういいの?」
死亡してドロップアイテムを残して光の粒子となってしまった仲間を罵倒しながら、魔術師の森人は杖を投げ捨てた。どうやら諦めたらしい。随分と潔いな。私なら一発逆転出来ないかと頭をフル回転させつつ足掻くだろうが。
対する少女は可愛らしく首を傾げて尋ねる。そこらのプレイヤーでは再現出来ない殺しの手管を見せ付けた者と同一人物とは思えない子供っぽい仕草であった。
「はぁ?アンタ、『仮面戦団』のメンバーだろ?俺みてぇな細々と初心者相手にPK仕掛けてるチンピラが、PKのトップクランのメンバーに勝てるワケねぇじゃん」
「…そう」
剣をだらりと下げたまま仮面の少女は無防備に近づいて行く。ふむ、私ならもう少し…
「かかったな、ガキがぁ!」
やはりそうか。魔術師はローブの内側に隠していた両刃のナイフを抜いて襲い掛かった。何だかんだ言って虎視眈々と奇襲の機会を窺っていたらしいな。
動きが速くて鋭い。おそらくは【短剣術】の能力を持っているのだろう。その上で武技も使っているようだ。また、ナイフには何らかの液体が付着している。きっと、毒物などが塗られているのだろう。
「…タイミングが早い。もう少し引き付けた方がいい」
「んあ?」
うん、私もそう思っていた所だ。もっと近付くのを待った方が良かったと思う。気が急いていたのか?いや、『初心者狩りを専門にしていた』という本人の言が正しいのなら、他者を追い詰めた事はあっても他者に追い詰められた事は無かったのかもしれない。だから一矢報いれる間合いをわかっていなかったのだろう。
少女は右手の剣でナイフを弾くと、左手の剣で魔術師の眼に捩じ込んだ。さらに返す刀で右手の剣ももう片方の眼に突き刺す。うわぁ、あれはトラウマ物だぞ?自分の眼に切先が迫るとか、恐怖しか感じないわ!
「…仲間を罵倒するの、良くない。お仕置き」
お仕置き、と言うには過激ではないか?と傍観者たる私は思ったのだが、相手には届いていないだろう。すでに幾分かのアイテムを残して死んでしまったからな。
「…隠れてるの、わかってる。出てきて」
「ふむ、バレていたか」
何となくそんな気はしていた。何故なら彼女は戦闘中、私達に背中を向ける位置へは決して来なかったからである。なので私は素直に姿を表した。慌てて他の三人とセイの従魔も物陰から姿を表した。
「…調教師?」
「いや、この狼と妖精以外はプレイヤーだ」
「…魔物プレイヤー?これはびっくり」
少女は驚いたと口では言うが、声に抑揚はない。淡々としているので本当に驚いているのかはわからないな。
「…何の用?」
「先ずは礼を言わせて欲しい。君が倒した四人組は先程仲間を襲撃したらしくてね。図らずも仇討ちを代行して貰ったのだよ。ありがとう」
「あ、ありがとう!」
私に続いてセイも頭を下げる。それに対して少女はふるふると首を振った。
「…お礼はいらない。それより何の用か教えて」
「なら単刀直入に言おう。君のボス、『仮面戦団』のリーダーと取引がしたい」
正直、ここからは半分以上賭けである。というのも『仮面戦団』という集団がどんな思想の下で纏まっているのかを私は知らないからだ。
だが、さっき殺された魔術師の言い方だと腕利きのPK集団のようだ。そういう者達とこのイベント中だけでも手を組みたいと画策している私としては、この少女との出会いは千載一遇のチャンスである。
行き当たりばったりではあるが、上手くいけば価千金だ!頭と舌を回転させろ、私!
「…ボスと?どうして?」
「このイベントを一層盛り上げたいと思っていてね。単純に『防衛成功』になっても『防衛失敗』になっても余り面白くないだろう?もっと別の結末を用意したいのだよ。その為に君達の力を借りたい」
「…わかった。ボス、どうする?」
「何?」
少女が振り返りながら尋ねる。すると何も無かった場所に陽炎が発生したかと思うと、一人の細身の影が現れた。服装は猫仮面の少女と同じだが、被っているのは笑うピエロを模した仮面だ。そこそこ不気味である。夜道で出会ったら硬直してしまうレベルだ。
いや、見た目は今は問題ではない!おいおい、ひょっとして最初からいたのか?全く気が付かなかったぞ!?
「話は聞かせていただきましたよ。私は『仮面戦団』のクランリーダー、ウスバと申します」
「私はクラン『夜行衆』のリーダー、イザーム。私の目的は聞いていたと思う。返事は如何に?」
非常に驚いたが、私は動揺を押し殺してそう言った。相手はPKなのだから、このくらい出来てもおかしくない。そう思い込むことで堪えたのである。
「うふふふふ。とても興味深いですねぇ。ただの防衛戦ではない、もっと面白いゲームに変えたいと。それもプレイヤーの手によって?是非とも一枚噛ませて頂きたいですね。ですが、一つ条件があります」
そら来た!ここからが交渉の時間だ。分け前の配分とかの話になってくるだろう。きっと先ずは吹っ掛けて来るだろうし、どこまで値切れるだろうか?
「私と立ち合って貰いましょう」
「は?」
た、立ち合う?それって試合をするって事か?
「私は手を組む相手の実力を知っておきたいのです。これでもこの界隈ではトップのクランでして。口先だけの弱いプレイヤーに背中を預けるのは避けたいのですよ」
「なるほど。妥当な判断だ」
確かにウスバの言う通り、私であっても実力の無い相手の策など歯牙にもかけないだろう。しかも業界最強を謳う者達であれば尚更だ。
「見たところイザームさん、貴方は魔術師ですよね?」
「その通りだ」
「ならこうしましょう。茜?」
「…何?」
「皆を呼んできてください。全員が集合するまでにイザームさんが生存していたなら、貴方の話を飲むことにしましょう」
「…ほう?」
これはあれだな?舐められてるんだよな?魔術師だから、前衛職のプレイヤーには勝てないだろうって?ふふ…ふふふふ…
「私を殺す、と?」
「ご安心下さい。手加減はしますから。まあ、加減をしていたのに死ぬ程度の相手では組む気は起きませんね」
「そうか…そうだな」
加えて手加減?アハハ…アハハハハハハ!
「召喚、骸骨盾戦士!召喚、骸骨剣士!」
「…ほう?」
私は【召喚術】によって骸骨盾戦士と骸骨剣士を二体ずつ召喚する。仮面によって見えないが、ウスバは少し驚いたような声を出していた。
魔術師を舐めんじゃねぇぞ、この野郎!逆に返り討ちにしてくれるわ!
何気に主人公が初めて正々堂々とプレイヤーとやり合いますね。
次回は10月17日に投稿予定です。




