危険の種
サポートに回ると言っても、やり方は様々だ。深淵系魔術、特に【呪術】で敵を弱体化させるのはかなり効果的だが、まだ公にするのは早いだろう。なので私は、私以外でも可能であろう方法でサポートする事にした。先ずはエイジを強化しよう。
「付与をかけるぞ。防御力強化、防御力強化、筋力強化、筋力強化、筋力強化」
【付与術】はこんなものでいいだろう。ガチガチに強化したが、それでもレベルの差のせいでギリギリだろう。足りない分は腕前でカバーしてくれ。
「次は兎路だ。火属性付与、敏捷強化、敏捷強化、器用強化、器用強化」
相手は【物理耐性】を持つが、多くの魔物と同じく【火属性脆弱】も持っている。それと回避などに関連する敏捷にクリティカル率が上昇する器用さを上げてやれば火力は十分だと思う。
「しいたけ、アイツに毒を盛れるか?」
「おっけぃ、任せな!ふん!」
そう言うとしいたけはブチッと音を立てて笠の表面についていた白い突起を引き千切った。だ、大丈夫なのか!?
「からの~おりゃあああ!」
しいたけはお世辞にも美しいとは言えないフォームで己の一部を投擲する。小さくてずんぐりとした二足歩行するキノコが無駄に美しいフォームで物を投げる仕草は、今が戦闘中だということを忘れてしまいそうなほどコミカルであった。
「ゴガ?グギャアッアアアアア!?」
しかし、効果は絶大である。ポスッと気の抜けた音を立てて獣鬼の肩に当たったしいたけの一部は、そのまま奴の皮膚に張り付いた。その直後、獣鬼が苦しみ始めたのである。さらにしいたけの投げた突起は瞬く間に成長し、彼女を小さくしたキノコとなっているではないか。
「ふっふっふ!見たか!これこそ茸系魔物の必殺技!【寄生分体生成】だ!」
しいたけは自慢気に胸を張ってそう言った。なるほど、特定の種族でしか覚えられない能力というわけだな。ジゴロウの使った【悪鬼舌】のようなものだろう。こういう能力を用いた攻撃は、強力かつ魔力妨害では無効化出来ないのが厄介さも特徴だ。
「なんだかわからないけど、チャンス!」
「何これ!凄く戦い易い!」
しいたけによって動きを止められた獣鬼は、エイジと兎路に切り刻まれていく。傷口は【高速治癒】によってどんどん治って行くが、二人の与える攻撃のペースの方が速い。徐々にだが、確実に体力を削っていた。
特に兎路の斬撃は凄まじい。踊るような優美な動きをしつつ、的確に急所や関節を切り裂いているのだ。…もしかしたら付与を施した彼女の火力は、当時の源十郎に匹敵するかも?
「ゴオオオオ!」
着実に死へと近付いていく獣鬼だったが、片手で石斧を大きく振り回して二人を牽制した。何をするのかと思ったら、もう片方の手で肩に生えたキノコを引きちぎると、なんとそれを食べてしまったではないか。え?けどそれって食べて大丈夫なのか?
「ゴゥゥ!?グオェェェェェ!?」
「あ、御愁傷様」
…あっ、やっぱり食べてはいけない物だったんだな。あれは元々毒動茸であるしいたけの一部だったのだ。こっちも毒キノコに決まっている。あ、マーカーにも毒のマークが出た。
「さて、私も手を出すか。星魔陣遠隔起動、呪文調整、火炎放射」
「ゴォォ…!」
私は獣鬼の足元に魔法陣を五つ展開し、そこから火力を上げた火炎放射を放つ。ただでさえ火属性に弱い獣鬼だ。レベルも一回り上の私の魔術に耐えられるはずが無い。奴は瞬く間に残りの体力を吹き飛ばした。
「す、すごい…」
「なんちゅう威力や…」
格下の鬼を既に倒していたモッさんと七甲が戦慄したようにこちらを見ている。それは他の三人も同じであった。おいおい、そんなに驚くほどの事じゃ無いだろう?
「私ではなく装備とレベルの暴力さ。そんな事より素材の剥ぎ取っておこう」
初めて倒した魔物から何が剥ぎ取れるのか。それが明らかになる瞬間のワクワク感はどんな時も変わらない。さあ、何がでるかな?
「あ、あの!」
「ん?」
恐る恐る近付いて来たのは、全長1メートル程もある蜘蛛となんの変哲も無い羊であった。当然、私達が助太刀したプレイヤー達である。
「た、助かったわ!ありがとう!私、大蜘蛛の紫舟!こっちは羊のウールよ!」
「ありがとー」
声は男女一組のものである。FSWではアバターの性別を本来のそれと異なるものにすることが可能だ。しかし、声自体は本人のそれと同じである。なので実際の性別は即座に判断出来る。
なので私は驚いた。何故かって?それは蜘蛛の方から女の子の声が、羊の方からは男の子の声が聞こえたからである。
「私は骸骨大賢者のイザームだ。礼は要らないよ。我々としても有意義な戦いだったからね」
しかし、私はその驚きを声に出す事なく朗らかに対応した。実際、エイジと兎路以外の戦い方を見られたのは良かったのも事実であるし。これで戦術を練る事が容易になったぞ。
「それでもお礼は言うわ。私達、助けて貰えなかったらイベントが始まって直ぐに死んでたもの!」
「うんうん」
紫舟とウールは頭部を深く下げる。声の高さから予想するに、ルビーやシオと同年代の学生だろうか?礼儀正しいな。うーむ、それにしても見れば見るほどシュールな組み合わせだ。
「それで、二人はこれからどうする?こういう言い方はしたくないが、二人のレベルでは同じ敵と遭遇したら勝つのは難しいと思うのだが…」
二人はまだ一度の進化も経ていない。さっきの遭遇戦でも当たり前のようにレベル30オーバーの魔物がいた。あれが特別に強い相手だった、と断ずるのは楽観的過ぎるだろう。
私のように40レベルを超えるプレイヤーは多いし、第二陣『蒼月の試練』に挑める上限である15レベルを超えた者は何人もいるだろう。エイジなんかはそうだしな。むしろ試練の為にレベルを上げすぎないように調節しているシオが若干遅めなのだ。そのレベルが適正だと考えるなら、二人のレベルではこの針葉樹林を歩くのも危ないと思われる。
「そうなのよね。私達、リアルが忙しかったせいで初ログイン出来たのが三日前だったの。それでイベントに参加出来ないな、って思ってたんだけど…」
「あの通知を見てー、『参加できるなら行こう』ってなったんだよねー」
それでレベルが低いままここに来た、ということか。イベントに参加したいと望む気持ちはよく解るつもりだ。我々も最初のイベントである闘技大会に出場してみたかったしな。
「イザームさん、どうします?二人も誘うんですか?」
「人手は幾つあっても足りないと思うし、アタシは賛成だけど?」
私にそう尋ねるのはエイジと兎路である。私が他の三人に目配せすると、皆嫌がる素振りは見せなかった。それにここに居ると言うことはイーファ様が連れてきた事を意味する。導いてやれ、と言われている気がするぞ?
「何の話ですかー?」
「ああ。折角こうして出会ったのも何かの縁。良ければ我々と一緒に行動しないか?」
「えっ!?いいんですか!」
複眼を輝かせて…いるんだろうか?それはわからんが、紫舟は期待を滲ませる明るい声を上げる。先達と行動出来るのは願ってもない事なのだろう。だが、その前に教えておかねばならない事がある。
「ただし、このイベントで我々はある目的の為に行動する。それに協力してほしいのだよ」
「目的って?」
「ああ、それはな…」
◆◇◆◇◆◇
我々の目的を告げた後、二人は悩んだ末に付いてくることとなった。「無茶苦茶な計画ね」とか「関わったのがバレたら絶対恨まれるー。悪役じゃないですかー」とか言いつつ付いてくる辺り、二人もこっち側のプレイヤーなのだろう。
因みに二人は掲示板のチェックはきっちりしていたらしく、魔物兄貴と呼ばれているプレイヤーの中身が私だと知って驚いていた。意図せずしてここまで有名になるとは思わなかったぞ。
「私の魔力探知には三つの影があるが、モッさんの方はどうだ?」
「こちらも同じですね。少し離れた場所に固まっているようだ」
「お次はプレイヤーかはたまた普通の魔物なのか…どっちだろうねぇ?」
どことなく楽しげにしいたけは言う。どちらを期待しているかというと、恐らくは普通の魔物である事だろう。先程の戦いで圧倒的に格上である獣鬼に自分の攻撃が通用したのが嬉しかったらしい。
しいたけのような植物系の魔物の一部が持つ能力に【寄生分体生成】というものがある。これは触れた物体に張り付いて、根を張る事が出来ればそのまま寄生する分身を作り出す能力らしい。上手く行けばレベルが三倍差の相手にも通用する、強力な切り札である。
ただし、強力ではあるが致命的な弱点がある。それは敵が防具を着ているとほぼ確実に寄生出来ないことだ。根を張る必要がある以上、鎧の上からでは効果を発揮できないのである。なので対人戦、特にエイジと同じように防具でガチガチに固めている相手は相性最悪だろう。
「ぼくはプレイヤーであって欲しいですけどね。最低限の仲間が集まりそうですし」
「そうやな。作戦の為には最低でもパーティーが二つ必要や。頭数は集めとかなあかん」
作戦の第一段階は、最低でも二つのパーティーを作る事だ。その為にも、最後の反応はプレイヤーであってもらいたいのだが…
「確かこの辺りだったな。魔力探知…右か」
私は反応があった場所でもう一度魔力探知を使ってみる。すると私から見て右方向に三つの反応があった。固まっているので、パーティーか魔物の群れのどちらかだろう。
「そこに隠れているのはわかっている。こちらに交戦の意志は無い。プレイヤーなら話がしたいだけなんだ。どうか出てきてはくれないだろうか?」
脅迫のように聞こえないように言葉を選んだつもりだが、どうだろうか?素直なプレイヤーだとありがたいのだがね。
「本当に、何もしないのか?」
木の影から聞こえてきたのは、猜疑心に満ちた少年の声であった。恐らくはウールと同世代だろう。
「何もしないさ。見てくれ」
そう言って私は右手に持つ杖をインベントリに収納した。これで丸腰になったと判断してくれるだろう。実際には腰の魔導書があるので、襲われても魔術で返り討ちに出来るがね。
「武器をしまっただろう?これで戦う意志が無いと伝わったか?」
「…わかった」
こちらの武装解除を見たことでようやく話を聞いてもらえるようになったらしい。隠れ場所から漸く姿を表してくれた。そして現れたのは細長い棒を持ったフワフワの毛並みを持つ猿と、傷だらけの狼、そしてその頭に座り込む小さな人間っぽい何かだった。
「ほう、三人パーティーか?」
「違う。フィルとテスは俺の従魔だ」
従魔、ということは君は調教師なのか。私のように特殊な手段で従魔を手に入れた可能性もあるか。一応【鑑定】させてもらおう。
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名前:セイ
種族:大猿 Lv12
職業:調教師 Lv2
名前:フィル
種族:狼 Lv8
職業:なし
名前:テス
種族:妖精 Lv7
職業:見習い魔術師 Lv7
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「それで、何の用だ?俺達は傷を癒すのに忙しいんだが」
「我々の目的は二つ。近くにあった反応の正体を確かめる、というのが一つ。そしてもう一つがイベントを共に駆け抜ける仲間の勧誘だ」
「仲間…?」
大猿のセイは我々を胡散臭そうに眺める。まあ、大きさも容姿もてんでバラバラなのだから警戒されて当然か。
「それで、アンタらは俺を勧誘しようってのか?」
「いかにも。表裏関係なくイベントに参加しているプレイヤー達に一泡吹かせるのさ。楽しそうだとは思わんかね?」
私の勧誘にセイは顎に手を当てて考える。数秒後、彼は言った。
「いいぜ。アンタの口車に乗ってやる。ただし、それはアンタが俺の仕返しに手を貸した後にしてくれ」
「仕返し?」
「ああ。この辺りに潜伏してる、殺人プレイヤー達にな」
次回は10月13日に投稿予定です。




