廃都の主 その三
初手騙し討ちでボスの片目を奪った事は、メリットと同時にデメリットも我々に齎した。メリットとは勿論、隻眼になったことによる視界の制限である。銃弾が当たったのは左目なので、今の奴は正面と右側しか見えていない。なのでジゴロウ達は常に左側へ回り込むように立ち回っている。それによってンケルフォーはとてもやり辛そうにしていた。
「死ぃぃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
一方のデメリットは既にンケルフォーがマジギレ状態な点だ。強者故の驕りや余裕を一切見せる事なく、口角から泡を飛ばしつつ殺意を剥き出しにして暴れている。おっかないなぁ!
手傷を負わせたのは私の作戦だったが、私が余計に煽った結果として大暴れしているので±0…と言いたいがデメリットの方が多そうだ。今も四本ある脚の内、前の二本の鉤爪で引っ掻きながら硬い羽毛がびっしりと生えた翼で皆を殴り付けていた。
「ハッハァー!いいね、いいねェ!」
「シィッ!…ぬぅ、踏み込みが浅くては斬れんか」
「ひゃあぁぁっ!?あっぶなぁ~!」
ジゴロウは非常に楽しそうに鉤爪を捌き、源十郎は躱し様に振り抜いた剣で羽毛を斬れなかった事に不満気なご様子。ルビーは危うく翼に押し潰されそうになっていたものの、ギリギリで回避に成功していた。相手が格上であるのに、ここまで戦えているのは流石としか言いようが無い。
「十八號さん!今です!」
「はっ!」
三人が密着して戦っている隙に、ンケルフォーの死角までアイリスと十八號が移動する。そしてアイリスは【錬金術】で作り出したアイテムを投擲し、十八號は頭部付近を狙って発砲した。
「ぐっ!猪口才な…ゲハッ、ゲヘッ!?これは、毒じゃと!?」
アイリスが投げつけたのは、【錬金術】や【調合】を駆使して開発した毒煙幕玉だ。これまでの冒険で様々な毒を持つ魔物と戦ってきた。それらの素材や採集した毒草などから抽出した毒を調合するのは前から行っていたが、試行錯誤してどうにか形になった私とアイリスの努力の成果がアレだ。効果時間は短いが、ボスにも通用する毒であることがこれで証明出来たな!
「まだですっ!」
「!?何じゃ、これは!?」
更にアイリスが投げたのは、大毒蜘蛛の横糸を用いて作ったトリモチ玉だ。シオの武器作りで狙った素材のハズレアイテムだったのだが、ベタつくという特徴を最大限に活かしたのがあのトリモチ玉である。
アイリスの投げたトリモチ玉は、ンケルフォーの脚に着弾したことで奴の動きを止める事に成功した。前にジゴロウに試して貰った際、彼の腕力でも全力を出せば強引に引きちぎっていた。ならばンケルフォーにもトリモチ玉の拘束から逃れるのは可能だろう。
「止まったなァ!」
「ぬぅん!」
「えぇい!」
だが、動きを一時であっても止める事が出来るのも事実だ。そして動きが止まった大きな魔物は、我らが誇る凶悪な前衛達にかかればサンドバッグと化す。ジゴロウの拳打が、源十郎の大太刀が、ルビーの短剣が確実にダメージを与えていった。
「ゲアアアアア!舐めるなよ、地虫があああぁぁぁ!火槍!」
しかし、いつまでも殴られっぱなしのンケルフォーでは無い。奴は力任せにトリモチの束縛から逃れると、ジゴロウ達を翼で牽制しつつ魔術を放った。【火炎魔術】という進化済みの能力なだけあって、奴の火槍の威力は高い。
それは私の魔術にも匹敵する。流石はレベル59のボスモンスターだ。近付いても離れても十分な火力を出せるらしい。直撃すれば【火属性脆弱】を完全には克服出来ていないアイリスは大ダメージを負うだろう。
「十八號さんは私の後ろに!自切!」
対する彼女の対応策だが、何と己の触手を自分で引きちぎって火槍に向かって投げたのである。ンケルフォーの火槍は空中でアイリスの切り捨てた触手を燃やすだけに終わった。
これは匠大触手になったアイリスが獲得した能力、【自切】を応用した結果だ。どうやら岩触手という種族は、40レベルを超えると触手を己の意思で蜥蜴の尻尾のように切り離す事が出来るらしい。この時、どうしても体力が削られるようだが、大した問題ではない。
そもそも数えきれない程多い触手の数本が千切られたくらいではアイリスの体力には微々たるダメージにしかならない。しかも【自切】で切り離した場合は体力の減少を抑えられる。なのでアイリスの体力はほとんど減っていなかった。
「ぬうぅぅぅ!忌々しいぃぃ!」
足元をちょこまかと動き回って攻撃を弾いたり回避したりする前衛と、行動の阻害や直接的な遠距離攻撃でチマチマ削ってくる後衛。その連携が少しずつ、しかし確実にンケルフォーの体力を減少させていた。
「しかし、決定力に欠けるか」
そんな仲間達の戦いを上空から眺めていた私の感想がこれである。おそらく純粋な攻撃力や防御力では毒炎亀龍の方が勝っているだろうが、対応力ではンケルフォーの方が上だ。前衛三人を自由にさせない密度の攻撃と、後衛を牽制出来る魔術を両方使いこなしているからな。
逆に言えば私とカルが参戦すれば一気に戦況は此方に傾く。一刻も早く取り巻きを片付ける必要があるな。だが、それは難しそうだ。
「ゲギャッ!」
「ゲェギャァッ!」
なぜなら、人面鳥長と人面鳥神官の連携が思っていた以上に厄介だったからだ。人面鳥神官が司令官役で少し離れた位置で回復と回避に撤し、残りの三羽が私達の周囲を囲うように飛び回りながら魔術を撃ってくる。
「グルオアアア!!!」
カルが苛立ちを露にして何度目かになる人面鳥神官への突撃を敢行するが、奴はとにかく逃げ続けてしまう。カルはその巨体が生み出すパワーによってかなりの速度で飛べるのだが、どうしても人面鳥に比べると小回りが利かない。なのでジグザグに動かれてしまうと追い付く事が出来ないのだ。
「ギエエェェ!」
「ギェギョォォ!」
「ええい、鬱陶しい!巴魔陣起動、魔力盾!」
そしてカルが人面鳥神官に夢中になると、三羽の人面鳥長が寄って集って私に攻撃してくる。私も多対一の戦いは幾度もこなして来たが、これは空中戦だ。なので前後左右だけではなく上下からも攻撃されており、その初めての経験に自分を守るので精一杯であった。
「ガッ!?ガルルルル!」
そして私が囲まれた事にカルが気づくと、慌てて此方に戻って来て奴等を追い払う。これを繰り返すばかりで、不毛なやり取りが続いていた。
「面倒な…目的は私達の足止めか?」
ンケルフォーの命令は私達を地上に追い落とす事だったはずだが、人面鳥神官は方針変更したようだ。地上の戦いとは逆に、奴等の方が私とカルを倒すには火力不足なのである。これがどちらか片方だけだったらまた違ったのだろうが、仮定の話をしても意味が無いだろう。
「よし、そうと分かれば方針を変えよう。カルよ、私を守ってくれ」
「グルルッ!」
今までの私は人面鳥神官に翻弄されるがままになっていた。きっと明確な作戦を立てていなかったのが原因だろう。最初の不意討ちが上手く行ったことで調子に乗っていたのが原因に違いない。反省せねば。
ここは相手の本領である空中なのだから、強引な戦い方をするべきじゃない。ならば一羽一羽を確実に倒して行くとしよう。
「新しい能力を早速使ってみるか…【死と混沌の魔眼】発動」
私の三つある眼窩に、赤い光が灯る。これで敵を見つめれば、効果があるハズだ。実際、私が見ている赤い羽根を持つ個体の姿は徐々にだが黒ずんできているからな。
しかし、黒く見えるのは私だけのようだ。人面鳥達やカルが全く反応していないからな。見られている方は自分が呪いにかかったり即死させられたりする可能性が徐々に上がっていくのを知覚出来ないのは怖いぞ。
「ふむ、試してみるとするか。死」
私は黒く変色していた人面鳥長に【邪術】で即死魔術をかける。しかし奴は普段通りに飛び回っていた。うぅむ、どうやら抵抗されてしまったようだ。確率で失敗する魔術は、使った魔力が無駄になる場合があるのが辛い所ではあるな。
「ではこれならどうだ?遅死」
「ギャッ!?」
次に使ったのは即死するまで少し時間が掛かるものの、抵抗され難い即死魔術だ。掛けられた人面鳥長は驚いたような鳴き声を出す。よし、今度は成功したな!
遅死に掛かった場合、対象者の視界には即死するまでの制限時間が表示される。その猶予時間の間にプレイヤーであれば状態異常を治すアイテムを使って死ぬのを防げるだろう。しかし、相手は魔物。あの死から逃れる術は無い。
「あれはもう無視していいだろう。次は…あの緑色を狙うか」
私は標的と定めた緑色の羽根を持つ人面鳥長を凝視する。するとまた私の視界でだけ黒く色付いてきた。じわじわと黒くなっていくのを確認してから、私はまだ敵に使った事がない魔術を使ってみる。
「さて、どうなる?反転」
私が使ったのは反転という前後左右上下が逆転する【呪術】だ。空を飛んでいる敵に使うにはもってこいの術ではないだろうか?
「ギャ!?ギョギェギャァァァ!?」
想像通り、方向感覚を失った人面鳥長はパニックに陥ったようだ。それまでのキレのある動きなど出来るはずもなく、空中で溺れているようにもがきながら墜ちて行く。
「グオオオッ!」
「ギェ…!」
隙だらけとなった人面鳥長をカルが見逃す理由がない。彼は今まで虚仮にした報いだと謂わんばかりに落ち行く人面鳥長を丸呑みにした。
「カヒュッ…」
おお、私の遅死がようやく発動したようだな。これで残りは人面鳥長と人面鳥神官が一羽ずつ。こうなればもう形勢逆転だ。一気に仕留めてしまおうか!
「カルは人面鳥長の残り…青い羽根の奴を頼む。私は人面鳥神官を始末する!」
「グオオオオン!」
任せろと言うニュアンスで吼えたカルは、一直線に人面鳥長に向かって突撃する。端から見ると、完全に狩りの光景である。
「ギョギャアァァ!!」
しかし相手は正面から戦って勝てる訳がないと理解出来ているので、カルから距離を取りつつ魔術で応戦していた。この段になっても逃げ出さないのは逃げられないと悟っているのか、はたまたンケルフォーへの忠誠心ゆえか。どちらにせよ、私には関係がない。さっさと経験値になってくれ。
「手間を掛けさせてくれたな、人面鳥君?その礼はたっぷりとさせて貰おうじゃないか」
私はそう言うと第三と第四の腕を法衣の袖から伸ばし、大鎌を装備して構える。私が近接戦に出ると思った人面鳥神官は、すぐさま逃げるべく距離を取ろうとした。
「無駄だ…短転移」
「ギャッ!?」
「からの、大斬撃!」
【時空魔術】で人面鳥神官の背後に回り込んだ私は、驚愕で動きが止まっている奴に【鎌術】の武技を叩き込む。大振りの一撃だが、虚を付いた事で直撃させる事に成功した。
「ギッ…ギェェェ!」
私の攻撃を食らって危機感を抱いたのか、人面鳥神官は直ぐに逃走を開始する。きっと逃げてから【治癒術】を使って回復させる気だろう。だが、そんなことはさせない。させない為の術が私にはあるのだ。
「逃がさん!聖輪!」
「ギョッ!?」
【神聖魔術】による輝く円環によって人面鳥神官を捕らえる。さあ、もう逃げられないぞ?
「終わりだ!三連斬!」
「ギャアアァァァァ……!」
私は狙い済ました三連斬で人面鳥神官の首を刎ねる。体力を削り切らなくとも、こうすれば即死させられるのは非力な私には都合のいい仕様だな。
「グオン!」
「おお、カル。美味いか?」
「グルッ!」
バリバリと音を立てつつ人面鳥長を咀嚼しているカルが寄ってきた。うむ、こちらは片付いたようだな。では地上の援護に向かうとするか!
ボスの取り巻きとばっかり戦ってばっかりの主人公って…
次回は9月23日に投稿予定です。




