廃都の主 その一
ログインしました。十八號から行政府中央ビルの待合室っぽい部屋を教わり、そこで順番にログアウトしていたのだ。夕食や風呂などを済ませたので、今日はこのボス戦と明日の準備を整えたら終わりだな。
「あ、イザーム。おかえりなさい」
「おっす、兄弟」
「ああ、戻ったよ」
出迎えてくれたのはアイリスとジゴロウだった。私を含めた三人が先にログアウトさせて貰ったのだが、私が一番遅かったようだな。
「それは、銃か?」
「はい!十八號さんと相談しながら組み立てていたんです。狙撃銃の方は完成しましたよ!色々改造もしているんです。見てみますか?」
どうやら彼女はログインしてから十八號と共に銃の復元作業に励んでいたようだ。同型の銃や互換性のあるパーツを流用して組み立てたらしい。所謂、ニコイチという手法だな。
それはそうと、せっかくアイリスが自慢気に差し出したのだ。【鑑定】してみるとしよう。
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魔導狙撃銃FE-6 品質:可 レア度:R
魔石の発する魔力を用いて加速した弾丸を射出する、ボルトアクション式狙撃銃。
最大射程は2000メートル、魔力充填時間は2.5秒。
オプションとしてロングバレルと光学照準機が追加されている。
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魔導狙撃銃というのか。詳細から察するに、電磁加速砲ような原理で弾丸を撃つのだな。魔石を利用した銃の事を魔導銃と呼ぶのだろう。
魔力充填充填とは何ぞやと言うと、内蔵されている魔石が次弾発射に必要な魔力を集めるのに掛かる時間だ。2.5秒と言われれば少し時間が掛かりすぎにも感じるが、弾丸を長距離まで飛ばすだけのエネルギーを魔石だけで補うのだから、こんなものなのだろう。
「魔導銃は火薬を使わないので、銃弾作りが楽です!」
「ああ、火薬やら薬莢やらが必要無いのか」
「そうなんです!イザームが【錬金術】で複製してくれればもっと楽なので、時々力を貸してくださいね!」
おお、確かにそうだな。アイリスが作った弾丸を私が量産するのが一番効率的だろう。ん?そう言えば…
「魔導銃は魔道具の一種なんだよな?だったら魔術妨害を使われるとどうなるんだ?」
「え?それは使えなくなるんじゃないですか?」
「だが、あの時の魔導人形は好き放題に撃って来ただろう?」
「あ、そう言えばそうでした。何ででしょう?」
私がずっと抱いていた疑問。それはあの魔術妨害で魔術を封印されている時、魔導人形は普通に動けていた事と、銃弾も当然のように撃てていた事の理由についてだ。
「お二人が悩んでおられるのは、おそらく反魔加工だと思われます」
私とアイリスの疑問に答えを示してくれたのは十八號だった。
「反魔加工?」
「はい。反魔加工とは、魔道具や魔導人形の内部回路に施された魔術妨害の効果を受けなくする加工のことです」
「そんな技術があったとは…」
それはまさに私が研究せねばならんと思っていた技術ではないか!すみません、古代人様。私が思い付く程度のことなど、とっくに実用化していたのですね…。
「因みに、どうやれば反魔加工が出来るかはわかりますか?」
アイリスは興味津々といった様子で十八號に質問する。彼女は色々とアイテムを作り出すことが大好きだし、その過程の試行錯誤も嫌いではない。しかし、自分で何らかの技法を編み出したりする事には興味がないようだ。聞いて分かる事ならば、教えて貰った方が手っ取り早いしな。
「正確な配合は存じませんが、粉状になるまで磨り潰した特定の属性を持たない魔石を塗料に混合するだけでよろしいかと」
「えっ?そんなに単純な作業でいいんですか?」
なんともお手軽だな。だが、最適な配合は自分で調べねばならんらしい。その辺りはアイリスに頑張ってもらおう。
「んー…なァ、兄弟。暇じゃね?」
「ん?突然どうした?」
唐突にジゴロウが妙な事を言い出した。まあ暇か暇じゃないかと問われれば暇ではある。【符術】レベルを高めるために札を量産するのもいいが、どうしても今やらねばならない訳じゃないしな。
「そうだな、確かに少しばかり暇かも…」
あっ!ヤバい!しくじった!気持ちが銃にばかり向いていたせいで、この段階になるまでジゴロウの目的が奈辺にあるのかを考えていなかった!
「って!いや、暇じゃない。暇なんかじゃないぞ!」
「暇だっつったな?」
「暇じゃない!私には札を作るという大事な…」
「暇なんだろ?」
「いやだから!」
「暇だよな?だったら俺のウォーミングアップに付き合ってくれよ。な、兄弟?」
…どうやら言質を取られた時点で私には逃げ場がなくなっていたらしい。私は深い、それはもう深いため息を吐きながらジゴロウに引き摺られるように待合室から連れ出される。
私は一縷の望みを掛けてアイリスに手招きする。一人だと嬲り殺しにされるのが見えているが、二人ならどうにか対抗出来るかもしれないと思ったからだ!
「わ、私には拳銃の組み立てが残ってますし…!が、頑張ってくださいね!」
しかし、現実は非情である。アイリスは無情にも正当性のある言い訳を盾に、捨てられた子犬のような目をしていたであろう私を見捨てたのである。眼窩に眼球は無いんだけど。
「カル!カルなら相手に不足は無いんじゃないか!?」
「ほれ、あっちを見てみろ」
「グゥゥ…グゥゥ…」
ね、寝てるゥー!グッスリ寝ちゃってるゥー!あれはダメだ。叩き起こしてからジゴロウの相手をさせるのは忍びない。
ああ、頑張るさ。私は仲間のウォーミングアップで死にたくは無いからな!
◆◇◆◇◆◇
「遅くなってすまんの」
「ごめん!ちょっと遅くなっ…あれ?」
おお…源十郎とルビーかぁ…。遅かったなぁ…本当に、本当に遅かったぞぉぉ…
「い、イザームが燃え尽きてる!?」
「ほほう、さてはジゴロウのシゴキを食らったのじゃな?」
「おう、それなりに楽しめたぜ」
その通りさぁ…あぁ、怖いよ、凄く怖い。何だよ、アイツ…満面の笑みを浮かべて『脇が甘ェ!』とか『反応が鈍い!』とか言って私の動きにダメ出ししつつ、即死しそうな威力を籠めて殴りかかって来るんだぞ?本当に当たりそうになったら寸止めしてくれたけどさ!
しかし、私は必死に食い下がったのにもかかわらず、ジゴロウからすれば物足りないらしい。本来の私は後衛なので近接技能は余り重視していないのだが、それでも少し凹んでしまうなぁ。
「あ、二人とも戻ったんですね」
「アイリス、ただいま!」
「おかえりなさい。あの、イザーム?大丈夫ですか?」
「おぉ、大丈夫さ…」
精神的な疲労から座り込んでいた私にアイリスが遠慮がちに話しかける。主観では決して大丈夫ではないのだが、いつまでもへばっているのも格好がつかない。なので私は強がりを言いながら立ち上がった。
「キツかったのは確かだが、防御の訓練になったのも事実だからな。文句ばかり言ってもおれんよ」
「そうなんですか?あ、二人が戦っている間に拳銃の方も完成しましたよ!見てください!」
おお、狙撃銃だけではなくて拳銃の修理も終わったのか。それは興味があるな。どれどれ…?
――――――――――
魔導拳銃C-09 品質:可 レア度:R
魔石の発する魔力を用いて加速した弾丸を射出する、オートマチック式拳銃。
最大射程は80メートル、魔力充填時間は1.0秒。
オプションとしてサプレッサーが追加されている。
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ふむふむ、【鑑定】してみた結果がこれだ。こちらは魔導拳銃と言うのか。仕組みは魔導狙撃銃と似たようなものだ。射程距離は短くなっているが、その代わりに魔力充填時間が飛躍的に短くなっている。
因みに、魔石に充填される魔力は8発分を意味している。これは現実のオートマチック式拳銃と同じく、銃弾は弾倉に籠めて撃ち尽くしたら交換する形式で、この拳銃に使われている弾倉が8発まで入れられるらしい。なので魔力の充填にかかる時間を用いてリロードすれば無駄が無いわけだな。
「よし、全員揃ったな。じゃあ、屋上に向かうか!」
「「「「おう!」」」」
我々は気合いを入れて待合室から外に出て、屋上まで上昇するエレベーターに向かって歩き始めた。大半の施設とは違い、このビルは一部ではあるが電源が生きている。なので屋上へ向かうエレベーターも動いており、ボスの待つ場所まで一直線に行けるのだ。
「ああ、私としたことが。申し訳ございません、皆様。どうやら替えの弾倉を忘れてしまったようです」
エレベーターの前に立った時、十八號が頭を下げつつ報告してきた。彼女は機関銃を失えば、攻撃手段を失うことになる。それでは彼女が付いてくる意味がほぼ全てなくなってしまうだろう。
それにしても、忘れ物をする魔導人間ってどうなんだ?もしかして、思考とかの回路も壊れかけているのだろうか?
「イザーム様、お手数をおかけしますが付いてきて下さいますでしょうか?他にも忘れ物をしている可能性がありますし、客観的な視点からの確認も必要かと思いまして…」
「ああ、構わんよ」
私は二つ返事で了承した。別に忘れ物の確認を手伝うくらいどうという事はない。さっさと終わらせてボスに挑むとしよう。
「皆はここで待っていてくれ。すぐに戻る」
「わかりました。待ってますね」
こうして私はエレベーターの前に皆を待たせたまま、十八號と共に待合室へと戻る運びとなった。弾倉は決して小さなものではないし、すぐに見付かるだろう。
◆◇◆◇◆◇
エレベーターは音もなく、静かに上昇していく。エレベーター特有の浮遊感は一切感じない。VR技術によって再現出来るはずなのだが、それがないと言うことは魔術か建築技術か、はたまたその両方かによって軽減されているのだろう。
「一面ガラス張りとかなら絶景だったんだがなァ」
「仕方ないだろう。カルは身体が大きいのだから」
「グルルルル!」
我々が乗っているのは、貨物運搬用のエレベーターである。その理由は上昇速度が速いのもあるが、それ以上にカルが一人ぼっちで屋上に飛んで行くのを嫌がったからだ。
一般用のエレベーターではカルの巨体を収めることが出来ず、それ故に大型の自動車でも収容可能な貨物運搬用エレベーターを使う事になったのである。この甘えん坊め。
「作戦の最終確認だが、私はカルと共に空中で取り巻きの人面鳥を相手する。人面鳥酋長は前衛をジゴロウと源十郎が、ルビーは撹乱、アイリスと十八號は後方から投擲と銃撃で援護してくれ。指揮はルビーに任せる」
「わかったよ。…二人とも、今日こそ勝手に動き回らないでよ?」
「へいへい」
「うむ」
ジゴロウと源十郎はルビーに生返事をしている。うーん、不安だ。しかし、私はカルと空戦になる予定だから任せるしかないんだよなぁ。ルビーよ、頑張ってくれ!
「皆様、屋上に到着致しました」
十八號はタイミングを計っていたらしく、扉が開くと同時に教えてくれた。それを受けて、ジゴロウを先頭に源十郎、ルビー、アイリス、カル、私、そして十八號の順番で外に出た。
ゲーム内の時間は昼。しかし、空模様は今にも雨が降りそうな曇天で、薄暗くてジメジメしている。雨の中、空を飛んで戦うなど鬱陶しいことこの上ないのだがなぁ。
「…思っていた以上にデカイな、この巣は」
エレベーターを出てすぐに目に入ったのは、巨大な鳥の巣であった。中央にドンと据えられたそれは、屋上のヘリポートをすっぽりと覆い隠している。話に聞く人面鳥酋長の体格を考えれば然もありなん、と言うべきか。
「ゲッゲッゲ…よぅ来たのぉ、愚かしい地虫共よ」
突然、濁声が聞こえてきたかと思うと、巣から大きな影がぬっと起き上がった。5メートルを越える巨体に老爺のようでありながら老婆のようでもある非常に醜い人間の頭部、墨汁をぶちまけたかのような漆黒の翼、そして鋭い鉤爪を生やした四本のゴツゴツした脚。まさしく十八號から聞いていた人面鳥酋長であった。
人面鳥酋長は進化前の種族である人面鳥や人面鳥長と違って会話が出来るらしい。驚きである。
「愚かしい地虫とは…言ってくれるな、人面鳥風情が」
「ゲゲゲッ!わざわざ儂の餌になりにノコノコと来た地虫を前にして嗤わずにいられようか?のぅ、十八號よ?」
「はい、その通りでございます」
人面鳥酋長が嗜虐的で醜悪な笑みを浮かべる。それと同時に十八號は銃を構えた。
私に向かって。
次回は9月15日に投稿予定です。




