恐怖の獣
私が大体の考えをまとめ終わった時、急にそのアナウンスが流れて来た。
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種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
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「…は?レベルアップだと?」
今まで戦っていなかったのに、何故レベルが上がったんだ?直前の戦闘と言えば人面鳥の群れから逃げ出した時のアレくらいなのだが…
「レベルアップ?どうして…?」
「おい、兄弟。そういやぁ、あんだけ五月蝿かった鳥の鳴き声が全然聞こえねェぞ?」
「確かに妙じゃな。なにせあの数じゃ、巣に帰ったとしてもやかましいと思うがのぉ」
私達は無言で十八號を見つめる。普段はどうなのかを聞きたかったからだ。
「…確かに奇妙です。人面鳥は普通の鳥類よりは賢い魔物で、独自の言語を用いて群れの仲間同士と会話すると聞きます。なので、特にトラブルが無かったとしても鳴き声は常に聞こえて来るのですが…こんなに静かなのは奴等がここら一帯を縄張りにしてからは初めての事かもしれません」
我々の意図を察した十八號は困惑を隠せない様子でそう返した。やはり人面鳥が騒いでいないというのは奇妙な事態なようだ。
「様子を見に行った方がいい…ですよね?」
「じゃあボクが見てくるよ!」
そう言ってルビーは素早く、しかし音を立てずに外へと向かっていった。おお、こういう動きを見るとやはり暗殺者系なのだと再認識させられるな。
一分ほどで彼女は戻ってきた。丸い身体の形をぐにゃぐにゃと崩しながら走っている。これは…慌てているのか?
「どうした?何かあったのか?」
「あの…その…言葉では言い表せないというか…と、とりあえずスクショを送るよ…」
いつもハキハキして元気なルビーが、珍しくボソボソと喋っているではないか。そして表現するのも難しい何かを見たと言う。スクショは撮っていたようだし、百聞は一見に如かずとも言うし、見てみるとするか。
「こ、これは…?」
「なんじゃこりゃ?」
ルビーから送られて来たスクショを開いた我々は、困惑を禁じ得なかった。そこに映し出されているのは、地面から何本も生える黒い木のようなものと、その先端が巻き付いている人面鳥長の姿であった。
「これは木かの?」
「いやいやいや!木に目玉はねェだろ!」
黒い木のようなものには奇妙な点がいくつもあった。葉が一枚も無いことや、質感が妙にツルリとしている事などもそうだ。ただ、葉が無いのは枯れ木であればそうだろうし、百日紅のように表面がスベスベの樹木はあるので一概に奇妙と言い切れない。
しかし、木の表面に幾つもの瞳が覗いているのは間違いなくおかしい。それも人間のような眼球もあれば猫のような縦割れや蛙めいた横長の瞳孔を持つ眼球もあり、中には昆虫の複眼まであるではないか。かなり不気味である。こんな樹木が存在してもいいのだろうか?
「ひょっとして、これってイザームが開けた獄獣召喚の穴から出てるんじゃありませんか?」
「ボクが見た時は人面鳥長がちょうど捕まった瞬間で、そのまま引きずり込んで行ったんだ」
あー…確かに。木の根元はちょうど私が獄獣召喚によって開けた穴があった場所だ。ならばあの木は私が召喚した魔物に違いない。我ながら気味の悪い魔物を喚んだものである。
そして人面鳥長が引きずり込まれた先は地獄に違いない。どんな末路を辿ったのかは考えたくも無いな。
「ってことはありゃ地獄の木ってことか」
「木…?にょろにょろ動いてたんだけど、地獄の木ならおかしくない…のかなぁ?」
「魔樹とか私とか、動く植物系の魔物はいるし、いてもおかしくないですよ…ね?」
「地獄…どんな魔境なんだろうな」
きっと、奇々怪々な化物の跋扈する魔境なのだろう。いつか行ってみたいものだ。
「よろしいでしょうか?」
私が未だ見ぬ地獄に想いを馳せていると、遠慮がちに十八號が声をかけて来た。いかんいかん!スクショが衝撃的過ぎて、彼女の存在を忘れかけていたぞ!
「ああ、蚊帳の外にして悪かった」
「いえ、構いません。皆様のやり取りは理解しかねますが、ひょっとして外の人面鳥が減ったと解釈しても良いのですか?」
「ふむ…どうなんだ、ルビー?」
「ええと、あの時ボクが見た人面鳥は先っぽに捕まってた一羽だけだよ?」
一羽だけだと?それだと人面鳥の大半が排除されたと思っていいだろう。それこそ、我々だけで残党狩りが出来るのではないだろうか。
「ならば私を伴った戦闘の練習として殲滅戦に向かいませんか?人面鳥は巣作りのために都市のあらゆる物資を集めています。今後の戦闘に役立つ武器があるかもしれません」
「武器…君が使っていた機関銃のようなものか?」
十八號はハッキリと頷いた。ふむ…人面鳥が巣のを作るために都市中のアイテムをかき集めているなら、武器だけでなく面白い魔道具が見つかる可能性は大いにある。
それに十八號もボス戦に挑むなら、どんな戦い方をするのか、そしてどの程度の実力があるのかを把握しておかねばならない。ならば謎の獄獣が戦力を削った今は絶好のチャンスではある。しかしなぁ…うーん、まあいいか。
「ふむ…そうか。ならば善は急げとも言うし、さっさと向かうとしよう」
「パーティー分けはどうします?十八號さんをいれたら七人になっちゃいますよ?」
「いえ、大丈夫です。私は魔導人間ですので」
十八號曰く、魔導人形や魔導人間はアイテム扱いであるためにパーティーの人数枠を圧迫しないのだとか。人間そのものの見た目なのだが、システム上はモノ扱いなんだなぁ。
しかし、パーティー枠を使わないって結構ヤバい気がする。やろうと思えば大地を覆い尽くすほどの魔導人形軍団をたった一人が指揮したり出来る訳だろ?他にも最高級の素材を使って最強の魔導人形…それこそ十二大神殿などが所有する通称『犯罪者絶対殺すマン』に匹敵する個体を作れたとしたら、そしてそれを個人がコントロール出来るとしたならゲームバランスが崩壊するぞ。
「ならさっさと行こうぜ。俺ァ早くボスと戦りてェからよ」
「ちょ!待ちなよ!」
おっと、またもや思考が別の所に飛んでしまっていたな。私の悪い癖である。
逸る気持ちを抑える気すらないジゴロウは、我々の返事も聞かずに身を翻して外へと出ていく。ルビーは慌てて追いかけ、表面を伸ばして作った小さな手でジゴロウの足元をペチペチと叩いている。どこかコミカルなやり取りに苦笑しつつ、私を含めた残りのメンバーが二人の後に続いた。
「………」
それで気が抜けていたからだろうか。その背中をジッとみつめる視線に気が付く者は誰もいなかった。
◆◇◆◇◆◇
外に出た我々は、上空に注意しつつ歩を進める。勿論、人面鳥による奇襲を警戒しての事だ。だが、巣にかなり近付いたにもかかわらず何の反応も無い事から、奴等の数が激減したと言う予測が現実味を帯びて来た。ひょっとしたら全滅してくれた、とか?
「あ、ちょっと待って。来るよ!」
っと、流石に一羽も残っていない何て都合のいい事は無かったか。ルビーの索敵に引っ掛かったようだ。
「数は?」
「一、二、三…八羽だけだよ」
人面鳥の群れにしては少ない。ここは奴等の本拠地なのだから、もっと数が出て来ない方がおかしい。やはり、あの獄獣のお陰で随分と減ったのだろう。
「ギョアッ!ギョアァッ!」
「ゲゲエェー!ゲアァッ!」
人面鳥は喧しい鳴き声を上げながら襲い掛かってくる。まあ、爪ではなく魔術を使うので間合いは広いままなのだが。
「ここは私が引き受けましょう」
「ああ、任せる」
そう言って前に出てきたのは十八號だった。丁度いい。彼女の機関銃捌きを見せて貰おうじゃないか。
「照準合わせ…発射」
ズガガガガガガガガガガッ!
銃口を斜め上に向けて構えた後、十八號の機関銃が勢い良く火を吹いた。凄まじい音を立て、黄色い尾を引きながら高速で弾が飛んでいく。
今更だが、気が付いた事がある。警備用魔導人形とは違って、十八號の持つ銃からは薬莢の類いが排出されていないのだ。アクション映画なんかでマッチョな主人公が機関銃を乱射したときの、排出された薬莢が地面に落ちて甲高い音を立てる演出は割りと好きなのだが…どういう原理で何を発射しているのだろう?
重要な事でもないし、まあいいか。後で十八號に聞くとしよう。もし彼女が知らなかったとしても、アイリスなら分解して仕組みを丸裸にしてくれそうだ。
「むっ、バラけたか。私が右をやるから、アイリスは左を牽制してくれ。双魔陣起動、闇槍」
十八號の機関銃が銃弾をばら蒔いたものの、人面鳥達は散会すると同時に複雑な軌道で飛ぶ事で回避に成功していた。なので私は素早くアイリスに指示すると、返事を待たずに魔術を放つ。
「ガヒュッ…」
「ゲェェ…」
【魔力精密制御】のお陰もあってホーミングする闇槍が二羽の人面鳥に直撃した。【矮躯】を持つ人面鳥は、やはりこれだけで倒せてしまった。
「ええいっ!」
アイリスに任せた左側はと言うと、彼女は地面に転がっている小石をポンポン投げていた。職人大触手としての筋力と器用さ、そして【投擲術】の補正もあって人面鳥の牽制どころかクリーンヒットさせて一羽仕留めている。やるじゃないか。
「ギャアァァァ…」
そうこうしている間に十八號が残りの人面鳥を全て片付けてしまった。うーん、銃はやっぱり強いなぁ。
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種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
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うおっ!またレベルアップしたぞ!今回はカルのレベルも上がっている。順調に強くなってくれたまえ!
しかし、このレベルアップから察するに、我々は相当量の経験値を溜め込んでいた事になる。と言うことはやはり、我々を追っていた人面鳥はほぼ全滅していると考えていいだろう。
あれだけの数を易々と始末出来る獄獣か…。獄獣は召喚主を襲う場合もあるので、あの術を使うのはもっと慎重になった方がいいのかもしれない。自分の術のせいで死ぬなんて真っ平御免だからな。
「やったぁ!進化出来る!」
「私もです!」
おお、ルビーとアイリスもボス戦直前にレベル40に達したようだな。経験値になってくれない魔導人形との不毛な戦いを切り抜けたこともあって、二人の喜びも一入だろう。
「目標は沈黙したと思われます。センサーが機能しておりませんので確実ではありませんが」
浮かれていたルビーだったが、十八號の報告を受けて周囲に気を巡らす。人面鳥が隠れている可能性も否定出来ないからな。私も一応、魔力探知を使っておこう。
「…うん。隠れてる奴もいないっぽいよ!」
「では、剥ぎ取るとするか」
ルビーは敵の気配は無いと十八號の意見に太鼓判を押した。私の魔力探知に引っ掛かる影もないので、間違いないだろう。
八羽の人面鳥から剥ぎ取りを済ませた後、我々は奴等の巣へと更に近づいて行った。え?ドロップアイテムはなんだったのかって?…聞かないで欲しい。インベントリに入れるのを躊躇う奴だった、と言えばわかるだろう?
『木のような魔物』は『木の魔物』ではありません。正体を色々と想像してみてくださいね。
次回は9月7日に投稿予定です。




