魔導人間十八號
我々が行政府中央ビルに逃げ込んだところ、鳴き声は騒がしいものの人面鳥が侵入してくる様子は無い。やはり、屋内に入るのは嫌がるようだ。安全が確保出来たのを確認してから、我々はビルのエントランスで助太刀してくれた美女に向き合っていた。
「先ずは礼を言わせて欲しい。助けてくれた事、本当に感謝する」
「ありがとうございました!」
我々は素直に頭を下げて感謝の意を表明する。彼女が何者であるかが不明な以上、下手な事は出来ない。そんな下心を抜きにしても、助けられた事への感謝をするのが人情というものだろう。
「頭をお上げ下さい。礼など不要でございます。私にも目的があってお助けしたのですから」
対する美女は慇懃な態度で続けた。
「申し遅れました。私は魔導人間の十八號と申します。天空都市スカイラント、行政府総督の第一秘書を務めさせていただいておりました」
待て!待ってくれ!情報が!情報が多すぎる!魔導人間?天空都市スカイラント?行政府総督?秘書?情報の整理と考察だけでも一大事だぞ!?
――――――――――
魔導人間万能型十八號 品質:劣 レア度:S
高度な判断力と自我を得た魔導人形である魔導人間のハイエンドモデル。
経年劣化により、一部の機能が故障している。
――――――――――
混乱のあまり、思わず【鑑定】してしまった。いやいや、落ち着け。今はそんな事をしている場合でも、考えている場合でもない。後回しだ。
「これはこれは、ご丁寧に。私は混沌深淵龍骨大賢者のイザームと言う者だ。他の皆は私の仲間であり、『夜行衆』というクランを…団体を名乗っている。まだ数は少ないがね」
それよりもまず、目の前の美女…十八號と呼ぶべきか?とにかく彼女とコミュニケーションを取り、私達が敵ではない事を伝え、可能ならば味方に引き込む事が急務であろう。
主な理由は二つ。第一に彼女は情報の玉手箱のような存在である。自己紹介から察するに、恐らく彼女はこの『古の廃都』がまだ繁栄していた時からの生き残りだ。彼女がいれば何処を調べればいいのか、そして何処に重要で稀少なアイテムや情報が眠っているのかが分かるだろう。探索の効率が格段に跳ね上がるハズである。
第二に、他のプレイヤーとの兼ね合いだ。我々は非常に運良くこの浮遊島へ来ることが出来たが、その幸運が我々にしか恩恵を齎すと思うほど思い上がる事は出来ない。何時になるかは不明だが、他のプレイヤーがここにたどり着くのは確実。その時、十八號の存在が他のプレイヤーに明らかになれば、争奪戦になるのは目に見えている。
そんな厄介なことになる前に、可能であれば完全に囲いこんでしまいたい。それが無理だったとしても、他のプレイヤーと我々を天秤にかけた時、こちらを確実に選んで貰える位の信頼を勝ち取っておきたいのだ。
「それで早速だが、貴女の目的を聞かせて貰えるかな?」
「勿論でございます、イザーム様。私の目的はただ一つ。この行政府中央ビルの屋上に居座る魔物…人面鳥酋長の討伐でございます」
おや?これは良いことを聞いた。ジゴロウの言った通り、ビルの屋上にはボスがいたらしい。しかもその情報を戦う前に得る事が出来た。これまでのぶっつけ本番ばかりなボス戦よりも随分と楽が出来そうだ。
「あれ?それってボク達が狙ってる敵じゃないの?」
あっ!おい!
「そうなのですか?」
「…その通りだ」
顔に驚きを浮かべた十八號に対し、私は肯定するしかなかった。自分達の目的を隠して報酬を吊り上げるつもりだったのだが…その企みはルビーによってご破算になってしまった。
こうなったら仕方がない。方針変更!もう会話の流れに身を任せるだけだ!なるようになれ!あれ?これっていつも通りでは?
「私の活動限界が直前に迫ったこの時期に強大な魔物に挑む方々が現れるとは…これも女神のお導きでしょうか…」
「いや、我々も魔物なのだが…そう言えば何故助けてくれたんだ?」
私はふと気になった事を尋ねた。十八號は魔物である我々を当然のように助けてくれた。それは如何なる理由からなのだろうか?
「それは単純にイザーム様方があの忌々しい人面鳥に襲われていたからでございます」
「敵の敵は味方だと?」
「いいえ、そういう意味ではありません。実のところ、お恥ずかしながら私は数十年前から視覚システムが不調でして」
「それは…盲目、ということか?」
「そうではありません。私の視界は現在、全体に荒いモザイクがかかった状態なのです。なので、遠目に見た皆様は従魔師とその従魔だと思い込んでおりました」
えぇ…まさか、人類と間違われて助けられたとは思わなかった。だが、それにしては対応が丁寧だし、そもそも何故赤裸々に自らの失敗を教えてくれるのだろうか?
「まさかイザーム様まで魔物…それも私のデータにも無い種族だとは思いませんでしたが、実際に会話したことで問題は無いと判断致しました」
「ほう?その根拠は?」
「イザーム様は言葉が通じるだけではなく、理性的です。今も私の発言から情報を分析しようと試みておられるでしょう?」
うぐぐ、私の思考は見透かされていたのか。仮面を被っているし、その下だって骸骨の顔だから表情など読み取れないはずであるのに。この魔導人間、有能過ぎないか?故障してるみたいだけど。
「事情はわかった。それに我々は元々あの魔物と戦うつもりだったのだから、君の依頼は喜んで受けさせてもらおう」
「ありがとうございます。これがこれまでで最大の、同時に最期の好機となるでしょう」
「最期って?」
十八號の発言から不穏な響きを聞き取ったルビーが聞き返す。すると十八號は平然と答えを返した。
「私の機能不全は視覚システムにだけではございません。他のもう動かなくなってしまった魔導人間からパーツを拝借して誤魔化して来ましたが…もう限界です」
限界、ね。故障どころか壊れかけなのか。
「ですから、『夜行衆』の皆様の来訪は、じきに動かなくなる私にとって最期の好機なのです」
「それは責任重大だ」
壊れてしまう前の最期の挑戦ってことか。その手助けとなると、失敗する訳にはいかんぞ?まあ、端から勝つつもりで来ているから問題ないがな!
「改めて依頼致します。人面鳥酋長の討伐にお力をお貸しください」
――――――――――
緊急クエスト:『墓標の摩天楼』を受注しますか?
Yes/No
――――――――――
おっ、久々のクエスト受注だな。私がいない間、仲間達はそれぞれに鳥人達からの依頼をこなしていたので、この画面を見るのが久しぶりなのは私だけである。
そんなことはともかく、選択は勿論Yesである。しかし、クエストの名前が『墓標の摩天楼』とな?なんだか意味深だ。人面鳥酋長の討伐以外の目的があるんだろうか?
「依頼は勿論受けさせてもらう」
「あぁ、ありがとうございます。これでやっと、総督閣下からの最期の命令を果たす事が出来そうです」
「命令?」
「はい。ここスカイラントが陥落した直後、私の主人であった総督閣下は仰ったのです。『屋上に都市の墓標を建てよ』、と。閣下はそれを遺言として逝去されました」
なるほどねぇ。主人からの最期の命令を果たしたいってことか。んで、その墓標を建てるには人面鳥酋長が邪魔だと。
「私は墓標を建てる事が出来ればそれでいいのです。依頼についての報酬はご用意しております」
そう言って十八號は一枚のカードキーを懐から取り出した。
「これは総督閣下のアクセスキーです。居住区や商業区にある個人の資産は除きますが、これがあれば行政区や工業区の生きている施設の大半へアクセスすることが可能なはずでございます」
おおお!?こいつはまた、凄い物が出てきたぞ!?このアクセスキーさえあれば、『古の廃都』を探索し放題という事ではないか!
「我々としてはありがたいが、いいのか?」
ある意味、最も欲しかった物が報酬として提示されている。だが、我々は単に探索するだけにとどまらない。古代の遺産を根こそぎ回収するだろう。まるで盗掘のような形になるのだが、それは構わないのだろうか?
「構いません。叡智の結晶たる魔道具も、この滅びた都市には無用の長物。むしろ、必要とする方々の元に行った方が道具達は幸せでしょう。存分に探索し、アイテムを持ち帰って下さいませ」
そう言うものなのか?いや、彼女は魔導人間だ。【鑑定】の結果、信じられないが彼女は魔導人形の一種らしい。同じ被造物として、使われることをこそ幸せと感じるのかもしれない。
「ただ、アクセスキーを持っているからと言って警備用魔導人形が襲わなくなる訳ではありません。アレらは住民登録していないか観光ビザを持たない人類を捕縛し、魔物は排除するように設定されていますから」
うへぇ、マジか。魔導人形の群れと戦わなくていいと思っていたのに…やはり、そう楽はさせて貰えないらしい。
「そちらが良いのならば、我々に異存は無い。報酬の話はここまでとして、作戦を練るとしよう。十八號殿、人面鳥酋長について貴女が知る限りの情報を提供して欲しい」
「わかりました」
十八號は様々な情報を我々に教えてくれた。伊達に幾度となく挑んでいないな。
まず人面鳥酋長とは、人面鳥長をそのまま巨大にした魔物だ。ただし、その大きさは頭部から尾羽の先までで5メートル程あるようだ。
鳥のボスモンスターと言えば浮遊島に来る前に戦った双頭風鷲を彷彿とさせる。しかし、奴は頭は二つで翼は四枚あったが、体格は普通の鷲よりも一回り大きいだけだった。5メートルと言えば、劣龍であるカルよりも大きい。
その大きすぎる体格から、鳥の魔物であるにもかかわらず人面鳥酋長は空を飛ぶのが苦手らしい。その分人面鳥よりも遥かにタフであり、パワーも凄まじいそうだ。さらに羽毛の一本一本が鋼鉄のように固く、それが集まった羽根は鋭いナイフのようになっているのだとか。思っていた以上に厄介な相手のようだ。
次に取り巻きだが、こちらは人面鳥長がなんと十羽もいるのだとか。こちらは我々が戦った相手と同じく、高い連携を維持しつつ得意の魔術を空中から放ってくるらしい。しかも中には【治癒術】を使える個体が混ざっているらしく、手早く始末しなければ厄介な事になるだろう。
ボスの方が前衛で、取り巻きの方が後衛から援護する形なのは地味に初のパターンだな。この戦いで重要なのは、制空権の確保になるだろう。少なくとも、人面鳥長に援護射撃をさせないようにせねばなるまい。
「ということは、私とカルは飛ぶ必要があるか」
「儂らが地上で人面鳥酋長と戦い、イザーム君達が空中で人面鳥長を牽制するわけじゃな?」
「そういう事だ。人面鳥酋長の実力がどれほどのものかは不明だが、私達が如何に早く取り巻きを排除出来るかがボス戦のカギになりそうだ」
「よろしいでしょうか?」
実際に見てみないとわからない事もあるので、私は色々なパターンを想像して戦術を練る。すると、十八號はスッと手を上げて提案してきた。
「人面鳥酋長との戦いには、私も参加させていただけないでしょうか?」
「貴女も?」
私は考える。依頼主の意向にはなるべく従うべきだし、彼女の得物は銃器という世界観ぶち壊しの遠距離武器だ。我々の背後から人面鳥酋長を狙ったり、下から人面鳥長を狙ったり出来るハズ。戦力としては頼りになるだろう。
しかし、彼女は自己申告にもあったように壊れかけだ。なので流れ弾が数発当たったら本当に壊れてしまうかもしれない。そのリスクを考えると、即答するわけにはいかなかった。
「決して足を引っ張る真似は致しません。どうかお願い申し上げます」
「…仕方がないか」
結局、私が折れる形で同行を許す事になった。同行させた上で生還させることもクエストの一部だと考えよう。難易度が跳ね上がったがね。
十八號の同行が決まった後、私はさらに詳細な行動パターンを彼女から聞き出す。そうして様々な情報を基に戦術を構築していくのだった。
何にも考えずに十八號と名付けたのですが、美人の人造人間で十八って…
次回は9月4日に投稿予定です。




