第91話 決戦の朝
二週間後。
魔術工房の前には、魔王討伐のために編成された精鋭部隊が並んでいた。
再び来訪したリリアは、上機嫌のシエンによって迎えられる。
「やあ、どうだね。壮観だろう。順に紹介してあげよう」
「……お願いします」
リリアは丁寧に頭を下げる。
険しい表情だが、先日ほどの不調は見られない。
あれから数え切れないほどの葛藤を経て、リリアは正々堂々と現実に立ち向かうことにした。
己の選択から目をそらさないと決めたのである。
シエンは精鋭部隊のうち、アンデッド部隊の奥にいる人間を指差した。
規模としては数千人を超えるだろう。
彼らは不揃いの装備で身を固め、恍惚とした表情で虚空を眺める。
シエンは意気揚々と解説する。
「彼らは各国から買い取った囚人だ。精神魔術で不安や恐怖を消し、肉体の潜在能力を引き出してある。洗脳も完璧だから裏切る心配もない。完璧な兵士だね」
「精神魔術の反動はあるのですか」
「当然あるさ。まあ、彼らの犠牲で世界が平和になるなら安いものだ。気にすることはない」
リリアの懸念に対し、シエンはあっさりと事実を述べた。
残酷な事実を提示する瞬間も彼は態度を変えない。
どこまでも冷徹で合理的だった。
リリアは魔術工房の陰に控える数十人の集団に注目する。
その集団は黒銀の鎧を身に纏い、不気味なほど静かに待機していた。
異様な光景が気になったリリアはシエンに尋ねる。
「あの集団は何でしょう?」
「良い所に気付いたね。彼らは実験部隊だ。あの鎧は特別でね。魔族の力を内包していて、自在に形状を変えることができる。ただし装備すると肉体を吸収されてしまうんだ。しかも一度装備すると外すことはできない」
「まるで呪いですね」
「あながち間違っていない。鎧の主原料はとある人造勇者の死体を加工したものだ。培養に成功して量産に踏み切ったが、あれは人間が装備すべきではないね」
「それなのに部隊に配ったのですか」
「性能の高さは本物だからね。肉体を完全に吸収されるまでは無敵なのが大きい。ちなみに装着している人間も囚人だよ」
シエンにとって兵の命は使い捨てだった。
彼のスタンスは人造勇者のメカニズムにも反映されている。
目的達成のためなら些末な犠牲を厭わない。
むしろ積極的に犠牲を払うことで、最良の結果を引き寄せる。
それがシエンのやり方なのだった。
居並ぶ部隊を眺めるシエンは、遠くから歩いてくる一団を見て笑う。
「主戦力が来たようだね」
「どこですか?」
「ほら、見たまえ。彼らこそが救世の英雄だ」
朝日を背に整列して歩いてくる者達がいる。
彼らは人造勇者の部隊——総勢三百人の決戦兵器であった。




