第74話 浄化の炎
黒い水が建物伝いにハロルドとミランダを狙う。
二人は防御と逃走を強いられた。
黒い水の勢いは一向に衰ず、絶えず追跡をしてくる。
ハロルドの考えるような魔力の消耗は一切なく、むしろ勢いを増している気配さえあった。
掠るだけで肉体を溶かす性質は厄介極まりなく、二人の疲労は徐々に蓄積していく。
ミランダを掴んで翼で飛びながら、ハロルドは彼女に提案する。
「ここからは二手に分かれるぞ。別方向から教祖を狙う。固まっているより成功する確率は高い」
「付かず離れずで消耗戦にするんじゃなかったの?」
「やっぱり無理だ! 向こうより先に俺達の再生力が限界になる。黒い水の動きも読めてきたから、今なら攻めやすいはずだ」
その時、ハロルドの翼を狙って地上から黒い水が噴き上がった。
彼は急降下と同時に進路を変えて攻撃を躱した。
ハロルドは建物の間を縫うように飛びながら解説をする。
「黒い水は動きが大雑把だ! 複雑な挙動はできないし、基本的に遅い! よほど下手な立ち回りじゃない限り、俺達が追い付かれることはない!」
「他に弱点はあるの?」
「生物を溶かすことに特化したことで、それ以外の防御が有効だ! 建物を遮蔽物にすればなんとかなる! あとは頑張れ!」
そう言ってハロルドはミランダを無造作に離す。
ミランダは建物に激突しながらも転がって着地し、そこから自力で走り出した。
黒い水の一部が彼女を追って物陰へと消える。
それを見たハロルドは方向転換して加速し、再び上空へと移動した。
ハロルドは教祖を観察する。
無防備に立つ教祖は全身の穴から黒い水を垂れ流していた。
魔力の消費はごく僅かであり、自然回復の方が速い。
消耗戦に頼ろうとしたのは失敗だったとハロルドは再認識する。
(禁術にしても異質すぎる……一体何者なんだ)
ハロルドが訝しんでいると、彼の進路を塞ぐように黒い水が壁となる。
さらには表面から弾丸のように無数の飛沫が放たれた。
舌打ちしたハロルドは翼による飛行で急旋回してやり過ごしつつ、一気に教祖のいる正門前へと迫る。
黒い水が四方八方からハロルドの包囲を試みる。
ハロルドは瞬時に蛇となって隙間を進み、頭部を竜に変容させてレーザー状の炎を吐いた。
炎は教祖の顔面を跡形もなく焼き飛ばす。
肉体はその場で崩れ落ちるも、溢れ出したのは血ではなく黒い水のみだった。
首の断面からくぐもった笑い声が響き渡る。
その異様な姿も恐れず、ハロルドは二度目の炎を見舞う。
教祖の肉体は炭化して消滅した。




