第66話 不幸な出自
人間形態のハロルドが森を歩く。
彼は魔族の死骸から履いだ毛皮を衣服代わりに羽織っていた。
戦闘で負った傷はすべて回復し、魔力消費による疲労が残る程度だ。
それも変身で身体機能を上げているため、ほどなく万全な状態に至るだろう。
精神も安定したためか、外見が勝手に変容することもない。
ところが現在、ハロルドには一つの悩みがあった。
彼は気まずそうに背後を見る。
「…………」
魔族の毛皮を着た美女が軽やかに追従している。
照れた顔は下を向きがちで、ハロルドの視線にますます赤面していた。
たまらず立ち止まったハロルドは声をかける。
「……おい」
「な、なによ」
「ついてくんな。気味が悪い」
文句を言った途端、美女がハロルドの腕に抱きついた。
頬ずりをして密着し始める。
これにはさすがのハロルドも顔を顰めた。
「耳にクソでも詰まってんのか? 離れろって言ってんだ」
「意地悪しないで。泣いちゃうわよ」
「勝手に泣けよ」
「むう」
美女は不機嫌そうに頬を膨らませる。
その反応を前に、ハロルドは途方に暮れることとなった。
(わけがわからん。油断を誘う罠……でもなさそうだが)
警戒心を残しつつも、ハロルドはその辺りの心配をしていなかった。
美女からは敵意を感じられない。
より正確に言うなら強烈な好意だけをひしひしと感じる。
事態を進展させるため、ハロルドは気になっていたことを尋ねた。
「あそこで何してたんだ」
「魔族を食べてたの」
「違う、理由を訊いてるんだ」
「生きるのに必要だから」
答えを聞いたハロルドは、ここで美女の異質な魔力に気付く。
彼は自身の知識を掘り返し、その答えに辿り着いた。
「お前、半人半魔か」
「そうよ。魔族の父と人間の母から生まれたの。忌み子と呼ばれて捨てられちゃった」
美女はあっさりと言う。
怒りも悲しみもない、淡々とした声音だった。
「外見は人間、だけど中身は魔族……半端者はどちらとも馴染めないのよね。私の魔力はなぜか魔族を引き寄せるらしいし」
美女の漂わせる芳醇な香りの正体。
それこそが半人半魔の力であり、ハロルドの殺戮衝動を刺激した原因だった。
(魔族を呼び寄せるなら人里じゃ暮らせない。そりゃ忌み子扱いされるわけだ)
ハロルドは美女について考察する。
彼女の不幸な出自を知り、同時に阻害されるのも当然だと思った。
人間と魔族の因縁は根深い。
双方の血を引く者など歓迎されるはずがないのだ。
ある意味では最も生きづらい存在と言えよう。




