第63話 不死身の力
美女は一心不乱に魔族を咀嚼している。
端正な顔立ちを鮮血に染め、血肉を啜り、臓腑を貪り嚥下する。
昏い輝きを宿す瞳は、溢れ出した狂気を振り撒いていた。
おぞましい姿を前にしたハロルドだが、彼は微塵の恐怖も感じていない。
美女が漂わせる芳醇な香りにより、殺戮衝動を刺激されていた。
ハロルドは眉間に皺を寄せて唸る。
(不味いな……我慢できそうにない)
理性の限界を感じたハロルドは、その場から走り去ろうとする。
ほぼ同時に美女が顔を上げた。
美女は大きな目でハロルドをじっと見つめる。
「あら」
立ち上がった美女が歩き出す。
ふらついた動きから徐々に加速し、最終的には獰猛な全力疾走になった。
血の海を駆け抜けた美女は、爛々とした目でハロルドに襲いかかる。
「美味しそうね」
美女が躊躇なく拳を叩き込む。
反応が遅れたハロルドは、その一撃を脇腹に食らう羽目となった。
衝撃が体内まで浸透し、肋骨が木っ端微塵に砕け散る。
そのままハロルドは吹き飛ばされた。
「この威力は……ッ!?」
ハロルドは樹木を薙ぎ倒しながら激しく転がっていく。
ようやく止まった時、彼の肉体は血みどろになっていた。
全身各所に枝や石が刺さり、痛々しい状態となっている。
四本脚で立ち上がったハロルドは吐血した。
「ふ、ざけやがって……いきなり何なんだ」
悪態をつく間に、彼の肉体は瞬時に再生する。
魔物の特性を再現する変身は、外見だけでなく身体機能も対象内だった。
優れた回復力を多重に再現することで、ハロルドは高い不死性を発揮する。
魔力切れを起こさない限り、彼を抹殺するのは困難極まりなかった。
一方、美女は不気味な笑い声を発しながら追いかけてくる。
彼女は両手を掲げ、爪で引っ掻きにかかった。
「うふふふふふふふふふふ」
「おいやめろ! 危ないだろうがっ!」
爪が狼の皮膚を抉る。
頑丈な甲殻で防ごうとしても切り裂いてくる。
そのたびに感じる異質な痛みに、ハロルドは危機感を覚えた。
(こいつ、魂を攻撃してやがる……!)
全力を出さねば殺される。
直感で理解したハロルドは口内から水棲魔族の触手を伸ばす。
鋭利な先端を持つ触手は高速で動き、美女の額を貫いた。
美女の後頭部が破裂して中身を散らす。
触手を戻したハロルドは深く息を吐いた。
「一体何者だったんだ……」
刹那、美女が跳ね起きて高笑いを挙げる。
彼女は凄まじい勢いでハロルドに掴みかかると、狼の顔面に噛み付いた。




