第60話 肉体の変容
突然の出来事に固まっていた盗賊達は、眼前の狼を前に我に返る。
泥酔する若い男は、仰天して腰を抜かした。
「な、なんだぁっ!?」
赤ら顔に狼の爪がめり込み、抵抗なく切り裂く。
髪と頭蓋と脳漿を散らして男は即死した。
一方、別の男は剣を引き抜いて怒鳴る。
「こいつ、魔族かっ!」
男は斬りかかろうとするも、その前に狼の牙が首筋に触れた。
声を上げる間もなく男は首を噛み千切られる。
彼は迸る血を眺めながら絶命した。
「ふざけやがってこの野郎ッ」
禿げ頭の屈強な男は、掲げた斧を狼に叩き込む。
ところが硬い音が鳴って刃を弾かれた。
男は狼の肉体を見て「えっ」と驚く。
斧の当たった箇所が岩石のような甲殻になっていた。
直前まで毛に覆われていたはずなのに、そこだけ不自然に肉体が変容しているのだ。
「な、なんで」
訝しむ男に狼の体当たりが炸裂する。
転倒した男はすかさず頭部を踏み潰されて死んだ。
その後も狼は盗賊を狩り続け、その場にいた者を皆殺しにした。
圧倒的な蹂躙を前に抗える人間はいなかった。
盗賊達はまともな反撃すらできず、ただ獲物として命を奪われたのである。
すべてを終えた狼はアジトの中を歩く。
白銀の毛は返り血で濁り、全身から蒸気を発していた。
青い双眸には獣らしからぬ知性が窺える。
狼の肉体が蠢き、だんだんと形が変わり始めた。
骨や筋肉の軋む音が不気味に鳴り響く。
背筋が伸びて四足歩行から二足歩行へと移る。
身体つきも細くなり、全身を覆う毛が薄くなっていった。
長い鼻が縮み、別種の顔立ちになっていく。
変容が終わった時、そこにいたのは銀髪の男だった。
衣服は何も身に付けておらず、程よく鍛えた肉体を晒している。
端正な容姿だが表情は憮然としていた。
ゆっくりと歩きながら、身体に付いた返り血を不快そうにしている。
裸の男は盗賊の死体から衣服を剝ぎ取り、乱雑な動作で身体に巻き付けた。
靴は不要なのか裸足のままだった。
痒そうに頭や肩をボリボリと掻いている。
男は盗賊達の金品には手を出さず、そのままアジトを出た。
茂みを突き進む途中、男はふと立ち止まって顔を顰める。
そして何かを吐き出す。
地面に落ちたのは人間の耳だった。
口内に広がる血肉の味に、男は小さく呻く。
「クソ不味い」
男はその場で嘔吐した。




