第52話　絶望の闇

　リグルが闇の中を全力で走り抜ける。

　マギリは斬って斬って斬りまくる。

　迸る衝撃波が領域の自動攻撃を打ち飛ばし、難攻不落の名に泥を塗りたくる。

　彼らの軌跡には、切断された肉片や骨が散乱していた。

　それらに目ざとく気付いた二人は言葉を交わす。

「実体はあるようじゃな！」

「だが斬り応えがねえ！　敵の正体が分かるかっ！？」

「不死者じゃ！　親玉は死霊術師！」

「正解！　こういう時だけ気が合うなっ！」

　好調な様子で進む二人だったが、だんだんと自動攻撃の密度と威力が増す。

　術者に迫るほど効果が高まっているのだ。

　間断なく叩き込まれる猛攻に、さすがのリグルも足が鈍る。

　防ぎ損ねた攻撃が彼の全身に傷を増やしていく。

「ぐ、ぬうっ」

「押し切られるなよ爺！　正念場だ！」

「言われんでもやっとるわい！」

　リグルが力強い斬撃で周囲を薙ぎ払う。

　僅かな猶予で彼は再び駆け出した。

　しかし、移動速度は明らかに落ちており、出血で全身が血まみれになっている。

「平気か？」

「当たり、前じゃろ……退屈なくらいじゃよ……」

　リグルが答えたその時、彼に向かって何かが発射される。

　それは黄ばんだ獣の牙だった。

　軸回転する牙は迎撃の刃をすり抜け、リグルの脇腹に潜り込み、背中を破って消えた。

　胴体に穴が開いたリグルは吐血して膝をつく。

　これにはマギリも慌てた。

「爺ッ！」

「さわ……ぐで、ない。これしきでは、倒れんぞ……」

　リグルは苦しげに立ち上がり、新たな自動攻撃を弾く。

　もはや負傷を気にする余裕はないため、致命傷となる攻撃のみ防ぐことに専念し始めた。

　魔族と人間の爪や牙、指、骨がリグルの全身に刺さっていった。

　その状況でもどうにか進むリグルだったが、今度は何かの角が右目を抉った。

　リグルは角を引き抜いて唸る。

「ぐおっ」

　角が刺さった右目は潰れていた。

　とうとうリグルは足を止め、その場で自動攻撃の対処をする。

　背中や手足の負傷で満足に動けないのだ。

　痛みを耐えるリグルに、マギリは必死に訴えた。

「もう無理だ！　諦めて撤退しろ！　ルーンミティシアなら出口をこじ開けられるはずだッ！」

「何を、焦っておる……撤退じゃと？　馬鹿なことを、言うな。ワシは……逃げんぞ……決してな」

　息を切らすリグルは倒れ込むような姿勢で走り出した。

　防御すらも捨て、ただ力を尽くして進む。

　残る片目の意志は些かも衰えていなかった。

「——術者を叩き斬る！」

　魔剣を持った戦士は、絶望の闇を疾走する。