第47話 最期の望み
リグルとマギリの魔族狩りは各地に絶大な影響をもたらした。
二人はあらゆる戦場に乱入し、ただひたすら魔族を斬った。
身勝手な突撃だったが、彼らが参戦しなければ敵わなかった魔族も多く、結果的には多くの人間が救われることとなった。
連勝に次ぐ連勝で人々は沸き立ち、功労者のリグルを"魔剣の勇者"と呼び始めた。
実際は剣のマギリが勇者なのだが認知されておらず、本人も周囲の評価を気にしないため、そのまま誤解は広まっていった。
行く先々でリグルは歓迎され、勝利を導く戦神のように扱われるようになる。
一部始終を間近で見守るエナは、ただ感心するしかなかった。
そんなある日、三人は地方の平原にいた。
魔族の大群を一掃したリグルは満足そうに笑う。
「どうじゃ! ワシの実力は一流じゃろう」
「そんなわけねえだろ。俺様は絶対に認めねえぞ。一流ってのはな、才能と努力で積み上げられた技術あってこそで……」
マギリは早口で持論を語る。
かなり熱心な口調だが、肝心のリグルはまったく聞いていない。
リグルは魔族の遺品を漁り、使えそうな武器を探していた。
彼はマギリを使いつつも、別の得物も併用する時があるのだ。
戦闘後に予備を調達するのは恒例の作業となっていた。
好き勝手に振る舞う二人を見て、エナは楽しそうに呟く。
「仲良しッスね」
「はあ!? 目が腐ってんじゃねえのかッ!」
「残念ながら綺麗な目ッスよ。視力も抜群ッス」
「聞いてねえことまで喋んな!」
その時、リグルが唐突にせき込んだ。
彼の口端からは血が垂れていた。
血に気付いたマギリが声音を変えて問う。
「おいどうした。さっきの戦いで怪我してたのか」
「違う……不治の病を患っておってな。その症状じゃよ」
「病だと? 爺、お前死ぬのか」
「医者にはあと半年が限界じゃと言われたのう。内臓が枯れて死ぬそうじゃ」
リグルは残念そうに言う。
戦闘中の気迫が嘘のように落ち着いていた。
膨張した筋肉も萎み、今にも倒れそうなほどに弱々しい姿となる。
一呼吸を置いた後、リグルは言葉を続けた。
「のう、魔剣よ。ワシは戦いの中で死にたい。おぬしが不満なのは分かるが、もう少しだけ付き合ってくれんか」
「……老い先の短さを盾に懇願するのかよ」
「全力を尽くして死ぬためなら、名誉も誇りもいらん。泥水を啜ってでも成し遂げるつもりじゃよ」
リグルの目には強靭な意志が宿る。
肉体が衰えようと決して折れない精神の輝きがそこにあった。
話を聞いていたエナがリグルに提案する。
「賢者さんに頼んで勇者になればいいんじゃないッスかね。たぶん病気も治るッスよ」
「ワシは長生きしたいわけではないのじゃよ、お嬢さん。そういう方法は求めておらん」
「強情ッスねえ。こだわりが面倒くさいッス」
「ぬはは、辛辣じゃのう。まあ反論はできんのじゃが」
力なく笑ったリグルは丁寧な手つきでマギリを地面に置く。
そして深々と土下座をした。
「どうじゃ。おぬしの半年、ワシに預けてくれんか」
「……分かった。ただし条件がある」
リグルが驚いた様子で顔を上げる。
そんな彼にマギリは告げた。
「狙うのは魔王だ。どうせなら最強にぶつかって死にやがれ」




