山野 泉の場合 ~戦う死神~
「 なんだこの感じ? 」
僕の布団のすぐ傍の壁で、腕組しながら俯いていたリンドが、
急に顔を上げて怪訝そうに外に顔を向けながら僕に声をかける。
寝たきりの人間に聞くなよと思ったが実際何かおかしい。
僕が見上げている黒かった呪いの渦がさっきから少しずつ白くなっているからだ。
ピシャッ!
隣で経を上げていた生臭坊主が仕切りの襖を開けて飛び込んできた。
「 お、おい、あの人形全く反応が無くなっちまったぞ、あんだけ強力な呪詛人形なのに 」
坊主は真っ青な顔で上擦った声でそう叫んだ。
「 何言ってんだあんた?
あれを用意するのにいくらかかっていると思ってるんだよ。
本当に消えたのか?見失っただけだろう?頼むよ、しっかりしなよ。
泉が飛行機事故で死んでなかったら回収して使うんだからさぁ。
あんたに掛けてる金だって馬鹿にならないんだから 」
大方、居眠りして見落としただけじゃないのか?とも思ったが、
尋常そうじゃない坊主の様子にただならぬものを感じた。
「 か、金な、なんていらんわ。
ず~と監視しとったのに、いきなり反応が切れたんだぞ!
もし、機能が無くなってでもしたら、
あいつに込めた暗黒エネルギーがこちらに戻ってくるかもしれんし、
拙僧が見ていた感じでは誰かに破壊された可能性が高いから、
そ、そいつも来るかもしれない…
強力な人形を滅殺するような奴、相手になんかしてられるか!
借金抱えて遊びまわってた拙僧が馬鹿じゃった。
…お堂も担保に入れちまって、首でも括るかってやけ酒飲んでいたんで、
君の誘いに飛びついちまったのが失敗やったと思う…
あんな外道な呪いなんか手を貸すんじゃなかったわ。
も…もう降ろさせてもらうわ!
か…金ならお寺でもなんでも売り払って用意したるでな!
こんで、サヨナラや!拙僧も悪事はもうこりごりやったしな! 」
坊主は、天井を見上げて更に青い顔になる。
「 それにやな、気がつかへんのか?
物凄く大きな気が直ぐそこまで来てるんだよ、多分、人形を破壊した奴やろ。
早く逃げないと…拙僧なんか、居っても鼻くその様なもんやし、
い…命惜しい… ? 」
僕に向かって屈んでぶつくさ言ってるいる生臭坊主の背後から、
リンドが頭を抱き込み顎を坊主の肩に乗せた。
「 勿論、ちょっと前から気が付いていたわ。
それがどうかして?正体が分かっていいじゃないですか。
それとも、いまさら?まさか逃げるんですか? 」
何が面白いのか口角を上げながら楽しそうに話しかける。
坊主はガタガタと震えながら
「 あんたが相手すりゃあいいだろあんなの。
あんたの力なら渡り合えると思うけど拙僧ではとても…
生身の拙僧など、ちょっとでも法力が落ちたら粉々になるほどの力だぞ。
どうせ、なんお役にも立たんやろがぁ… 」
と涙眼で訴えたが、リンドは坊主から離れずに冷酷な赤い目を上弦の月の様に細めた。
「 じゃ、しょうがないね。
信二が払った金は返さなくてもいいよ。
あんたのチンケな力でも、少しは役に立つからさぁ…もういらないでしょうし 」
そう言うとリンドは、椿の様に光り輝く唇を、坊主の耳に当て、
思いっきり何かを引き摺りだすように吸い上げた。
「 ぎゃああああ! 」
耳をつんざくような悲鳴を上げながら、手足をばたつかせる坊主だったが、
構わずリンドは吸い上げた…
グァアアア、ゲアアアと凄い悲鳴が続いたが、笑いながら一層強く吸い上げた。
やがて叫びが止むと、坊主は畳の上に力なく崩れ落ちた。
「 殺したのかリンド? 」
「 いいや、後始末が面倒なんで法力ってのを根こそぎ吸いつくしただけだ。
目が覚めたらゴミ屋敷みたいな寺まで手下に送らせればいいさ。
記憶も無くなっているし、法力も2度と使えなくなってはいるけど 」
なんの感慨もないのか、ひどく事務的な返事だった。
「 ふ~ん、お優しいんだなぁ、てっきり殺すかと思った。 」
「 は?私は無駄な事は極力しない主義だぞ意味のない殺人なんかするかよ、
そういう趣味もないさ。
それに、今はどうなっているかは分からんが、
きっと死んでいる筈のあの子も回収に行かないといかんし、約束だから、お前も連れていく。
最優先はそれだけだし、それしか興味もない。
それが終われば、私もお役御免で久しぶりにゆっくりできる。
ただ、痕跡をなるべく残さないようにしないと後が…? 」
急にリンドが眉を寄せて、赤い目が鋭くなる。
そして、ゆっくりとこの部屋の庭に面した方へ頭を回した。
「 ふ~ん、意外と速かったな 」
そのまま声を繋げずに、リンドは背中の長剣を紐ごと背中から外し、
左手で鞘を、右手で剣をもって、ゆっくりと抜いた。
僕も初めて見る光景だ。
刃渡りは1メータは超え、柄の部分は30センチで柄止めが5センチ
やや湾曲に広がる鍔で剣の幅も10センチぐらいある。
合計140センチほどの途方もなく大きいの剣だ。
ツーハンデッドソード…ツバイハンダーともいわれる西洋の剣によく似ている。
長大な刃渡りの為、両手で広げるように抜くしか無いのだ。
そして、鞘を静かに脇に置いて、左手一本で頭の上で軽く回して、
剣道で言うところの脇構えの様に構えた。
しかし流石は異形…これだけの大きさの剣を軽く扱うあたりは、
派手さは無いが凄い腕力だ。
結構頑丈に作ってある外の廊下から、カツーンカツーンと甲高く響く音が響いてくる。
かかとの固いヒールの様な音がどんどん近づいて来る。
そして、音が止んで、暫くすると、ゆっくりと障子が開いた。
黒い幕の様な夜の暗さを後ろに背負って、
リンドよりも2回りも3回りも大きな真っ黒なロングドレス着た女性が姿を見せた。
ハイヒールのままで、鴨居を気にしながら腰を少しかがめて入ってくる。
あまりの巨体に、びっくりして僕は思わず上半身が飛び起きる。
上を見たまま何時間も寝ていたので、背中に電気の様な衝撃と、腰に鈍痛が走る。
畳の床に気がついたのか、女は、こちらを牽制しながらゆっくりとヒールを脱いだ。
銀のピンヒール…10センチはありそうだが、
それを脱いでも、この女の大きさはちょっと背が低くなっただけだ。
馬鹿みたいに大きな胸と、垂れた感じの無い確りと張ったお尻。
190近い身長にもかかわらず、細い感じが無い。
大蛇の様な腕と、力強そうな太ももとカモシカの様なふくらはぎ…
恐らく、やわな男など瞬殺出来そうな体つきだった。
いつも自信たっぷりなリンドの額に汗が噴き出ている。
長剣を脇に構えて余裕で待っていたが相手の得物が凄すぎて、腰が引けているのだろう。
2メートルを軽く超える金属製と思われる柄、90センチは優にある三日月型の刃
確り厚みもあり、刃の幅も柄との接合部なら20センチぐらいありそうだった。
はっきり言ってこの巨体の女が遠心力をつけて振り回したら、
リンドがその長剣で受け止める事は、恐らく無理だろう。
そんな様子を呆然と見ていると、
巨体の女が振り返りながら、後ろから近ずく人影に声をかけた。
「 貴方の知っている、緋村君に間違いないですか? 」
その巨体の後ろから、懐かしい顔をした女が恐る恐るこちらを見て頷いた。
「 い…泉… 」
手下や泉の同級生にバイトで撮ってもらった写真や動画しか見たことなかったが、
一年と数か月ぶりに見る泉は成長して、前よりも可愛くて美しいと思った。
でも、今は…会いたくはなかった。
きちんと亡くなってから、リンドと一緒に説明するつもりだった。
本当に、申し訳ないし、酷いとは思うけど、
死にゆく自分と一緒に新たな世界へと旅立ってほしいと懇願したかった。
何を言っていいか眉を寄せながら考えていると巨体がしゃべりだした。
「 そうですか、少しは別人って可能性もありましたけど…
そうなると緋村さん、貴方は本当に馬鹿ですわね。
こんな、悪魔さんも嫌悪する様な 最低な手を使う様な者にコロッと騙されて
病気で先も長くないだろうから、
死後の世界で一緒になれるように手配するから協力してくれって言われたんでしょ。
なにせ、直接に殺す事はその子でも出来る事ではないですからねえ 」
リンドが直接には人を殺す事が出来ないなんて、今、初めて聞いた。
だから、あの生臭坊主を殺さなかったんだ。
馬鹿って言葉は多少笑うしかない。
リンドに何かメリットが無ければ、わざわざこの世に出てくる訳が無い。
そのぐらいは分かっているさ…
ただどんな、犠牲を払っても泉と一緒になりたかったんだ。
こんな暗い部屋で、腐りながら誰とも付き合う事もなく死んでいくのは我慢できるわけが無い。
「 お…おまえ、その巨体に、その舞踊の鎌…ベルカーの事務所の…ジャ…ジャニスか? 」
リンドが、声を上ずりながら巨体に向かって呟いた。
いつもの様な自信たっぷりで、高圧的な感じは無く少し腰が引けた物言いだ。
有名なのかこの巨体の女?
「 ええ、ジャニスですわ。
貴方は…赤い髪で血の様な眼…し…知らないですわねえ。
有名な方なら割と知っているんですが…ベスとかヒラリーとか、アルコキアスとか
でも、その方達はせこい事はしませんわ。
しっかりと寿命が来た人たちしか相手にしませんねえ、
ましてや、人間を介在して呪術で殺すなんて事は天地がひっくりかえってもしません。 」
凄く上から目線のもの言いだ。
「 べ…ベスやヒラリーだと?知っているのか? 」
ジャニスの落ち着いた態度とは裏腹に、
ジャニスの言葉に、脚をガタガタふるわせながらリンドが力なく呟いた。
「 有名ですからね彼女たちは。
それに、遥か昔に彼女たちとは任務でも結構昔はやり合いました…
親しい訳ではありませんが連絡入れる事が出来ますわ、
連絡方法は別次元でも通じるように確立していますからね。
そうですわね…こんな馬鹿な事を聞いて、
彼女たちが貴方を簡単に許すわけ無いと思いますわよ 」
「 そ…それは困るなあぁ…一人なら何とかなるけど、
あの二人を同時に相手なんかできないから… 」
リンドは、ドンドン流れてくる冷や汗をしきりに拭いながら答えた。
「 どうするって言うんですか? 」
「 こうするのさ! 」
リンドが、脇に構えていた長剣を跳ね上げるように切りつける。
物凄い速度だったので目にも追えなかったが、
巨体の女は片手で泉を抱いて外の庭へと飛び下がった。
リンドは、それを追って弾丸の様に飛び出して長剣を振り回したが、
ジャニスは繰り出されるリンドの剣戟を、
泉を小脇に抱えながら、右手一本で竜巻の様な速さで全て受け流して行く。
しかし、それも数十秒の事で、
大きな長剣が、鎌に刈られて凄い速度で庭の塀に突き刺さった。
深く刺さったので、簡単には抜く事が出来ないぐらいだ。
手が痺れたのかリンドは顔をゆがめながらも、
密教の印の様に、手の指の形を変えながら何やら唱えて
ジャニスに向かって手を振りだすと、凄い速度で
かなりの数の火の玉や氷の槍、雷を雨霰のよに浴びせかける。
しかし、顔色一つ変えずにジャニスが手を前にかざすと、
全て途中で跡形もなく消えていく。
リンドが弱い訳じゃない…あれだけの威力で振りまわした剣も
目にもとまらない早さだったし、
その後の、魔法の様な攻撃も傍から見るとす様じいものだった。
ただ、それよりはるかに相手の方が上だったという事だ。
「 どうしました?まさか、これで終わりですか? 」
ジャニスがニコニコと笑いながらリンドに向かって挑発する。
その言葉に、どうやらリンドが本格的に切れたようだ。
凄い雄たけびを上げながら、体を震わし始める。
頬に緑色でトラの様な縞模様が浮き上がり、
肩が異様に盛り上がり、白いロングドレスが盛り上がって来た筋肉でパンパンになっていく。
「 獣心化ですか?もう? 」
ジャニスの言葉が最後までいかないうちに、リンドはそれまでの速度を超越した。
ドンという大気の壁を破る音…音速の壁を超える。
当然、僕の目には捕える事が出来なかったが、リンドの服が爆砕したように飛び散った。
ジャニスの右手が、振り切った形で止まっていて、手の平がうち払った反動で軽く震える。
そして、ジャニスの後ろの空間できりもみ状態のリンドが中空で回転していた。
リンドの目からあの血の様な赤い光が消えて、
焦点を失った普通の瞳に代わっていく。
そして、だらしなく口を開きになりながら深く敷き詰められた玉砂利に埋まっていった。
リンドは、圧倒的な力の前で惨めに破れ去ってしまったのだ。
そして、それは僕がリンドと会ってからの、暗くて重い日々の終了でもあった。




