山野 泉の場合 ~休学~
私が生まれた家は教育熱心な住宅地にある。
地価も高いので裕福な家庭が多いし見栄も強い。
子供のいるところはどこもが皆競って有名高校及び国立大学へと通わせようとする街で、
同じ年の子供のいる家庭ではどす黒い競争心が渦巻いている。
私は、既に自主的に休学しているので、
この教育の競争からは、既にリタイヤしてると言っていい。
自己都合の休学だし、高校での留年はあと少しで確定的になる。
高校の留年から国立大学へ進学できたとしても浪人したのと変わらないので、
私を標的にしたあれほど醜い虐めも影を潜める事になると思う…というか思いたい。
そうじゃないと休学している意味が無い。
虐めた相手とは別学年になるし、親しい子もいなかったんでせいせいはするしね。
留年せずに学校変えるのも手なのかもしれないとも思ったけど
高校生の転校って、漫画やアニメと違って、基本あり得ないし
例えば一家で前の学校に通学不可能な所に越して来たとか納得できる事情が無いと難しい。
公立は難しくどうしても私立になりがちだし、
なおかつ編入試験を受ける事を考えれば今の高校よりかなりレベルは落ちるだろうと思う。
ましてや私の場合、自己都合による休学だから相当条件が悪いだろうなぁ。
でも最悪、高校中退でも生きていれば何とかなる…高卒認定試験というのもあることだし。
196人もの人が私たちを残して海に沈んだ事を思えば実に大したことは無い。
死んでいなければ何とか出来るって思う様な気がする。
でも、それはジャニスさんの言った自殺忌避の呪いのせいかもしれないが…
夏の強い日差しに煌めく海の上空いた筈なのに、
ジャニスさんに抱き付かれて一緒にそこから飛び出すと直ぐに暗い空へと場面が変わった。
まるで電気のついた家か陽の落ちた外の世界に出かけるのに似ている。
暫くすると目が慣れてきた…月の光が銀色に照らす夜の海へと変ったみたい。
そう言えば、
ジャニスさんは言っていたわね…限定した空間だけの時間を調整したって…
そう言う事は…今が、あの場所で止まった時間から流れていた時間
つまり現時刻なのだろうか。
意外と冷静だったが、実際の所、高速の水平飛行で旋回やら下降に上昇が怖くて
必死にジャニスさんの体にしがみついていた。
「 別に手を離したからと言って落ちませんわよ…泉ちゃん。
ちょっと胸も苦しいんで緩めて欲しいんですけど… 」
ジャニスさんは、眉をしかめてそうは言うが、耳に入っても体が言う事を聞かないのよ。
安全な飛行機の中じゃない、
立派な巨体とはいえ所詮は生身の人間にぶら下がっているだけだから、
手なんか緩めることなど出来る訳が無い。
ああ、何でこんな事になっちゃうかなぁ…
飛行機の中では、死ぬのは別にどうとも思わなかったけど、
実際に現実的な恐怖を味わうとただ単に生理的に恐ろしくなる…
人って勝手なもんだね。
「 あの~怖いって言うのは分かりますけど、脚を絡めないでくれるかなぁ
その、泉ちゃんの脚が微妙に動いて…ちょと変な気持に… 」
うえええ、なによ、その生臭い言い方。
私は、怖いけどジャニスさんの股間に入っていた脚を引っこ抜いて、
必死の思いで物凄く大きなお尻に脚を巻きつける。
高所も怖いけど、
こんな巨体の脳天気な得体のしれない女の人と変な意味で仲良くなる方がよっぽど怖い。
ギリギリで脚を組めた…なんて大きなお尻なの?
「 ふうう、それでいいですわ。じゃあ速度を上げますかね。」
次の瞬間に体が進行方向に引っ張られて細くなる勢いでジャニスさんが加速する。
「 ちょ… 」
短く声を上げたけど、ジャニスさんは聞こえていないみたい。
私に出来る事はヒイイっと小さく叫びながら涙眼でしがみ付くだけだ。
やがて、よく見知った都市の灯りがぼんやりと見え、
煌めく様な港の中をゲートクレーンや、巨大な建造物を見下ろしながら通り抜け、
そこから海に流れこんでいる川に沿って飛行していく。
私の住む町はもうすぐそこにあった。
「 先による所がありますわ 」
目的地すら聞いてないんですけどと思っていると急に速度が落ちてゆっくり旋回に入る。
ここって確か…
ジャニスさんと私がゆっくりと降下して地面に降りる。
そこには私にとっては、よく知った建物が建っていた。
二つの3階建ての横長のコンクリートの冷たい塊が
南に向いて連絡橋で結ばれて建っている…私が休学している高校の校舎だ。
そのまま校庭でも入るかと思ったけど、
しっかりと門扉が閉ざされて太いチェーンロックすらかかっている
校門の前に降り立ったのだ。
「 あの…ジャニスさん。ここに何しに? 」
と不安げに、すぐ横の…ジャニスさんを見上げる…首が痛い。
ジャニスさんは、物凄い長身だけど理想的な均整がとれた体形なので、
遠目には巨体とは見えない。
だから、今のこの体勢は傍から見ると
小さな子を連れたお母さんのように見えるだろうなと思う。
「 なにって、まずは貴方に係る物理的な呪詛を解除しに来ましたのよ 」
「 私に? 」
意味不明な事を言ってきた。
この時代に呪詛?呪術?…しかもこの私に?なんで?
「 ふ~ん…これは、かなり高等な呪詛ですわねぇ。
相当な技術を持った呪術師でも、
人間であればかなりの人数を割かないと解除は出来ないレベルですねぇ。
相当にお金をつぎ込んで頼んだことでしょう…馬鹿みたいですが。
なにせ、呪詛って言うのは必ず対価が求められますからねえ、
一時的に金品で支払っても自分に不幸がのしかかってきますのに 」
呪詛って…そんな非科学的なぁとも思ったけど、
でも近すぎて私の頭のにゅわっと当たる胸の死神がいるんだから…
単純に否定はできないかな。
「 呪詛って、そんなの効果あるんですか?
確か、呪うことによってというよりは、たまたま呪った時に、
偶然に不幸が起きたとか、
呪われてるってことが分かって心理的に追いつめられるとか、
プラセボ効果みたいなもんじゃないですか? 」
「 ああ、プラセボ効果ねえ、
偽薬効果という意味ですから、それ間違った使い方ですわよ。
正しくは自己暗示効果が最も近いですかね…
確かに、99パーセントは呪いってそんなものですわよ、
そんなにポンポン効果があるなら、
たまにファッションで書かれている呪印や呪文だけでも効果があるってことになりますから。
でも、本物も極稀にはありますのよ。
私たちからしたら、ひどく不安定ですけどもね。
人間が作るから、膨大な念や物質を消費しますので物凄く非効率で
術者も限られるし補助の人員もいりますから、
費用も数百万かそれ以上になるでしょうね。
呪った相手は後で尋ねることにしていますからその時に分かるでしょう 」
「 そんな大掛かりに私を呪うんですか? 」
戦慄が走る…確かに、虐められてはいたけど呪い?大金を出してまで呪い?
「 まあ、そこで呆然としてもしょうがないですわよ。
一緒に行かないと私一人では時間がかかってしまいますから…
それほど、念入りに構成されていますのよ。
一体、いくらかかったのかしらね~ 」
そう言いながらジャニスさんは私を抱いていた手を放して私の前を歩きだした。
「 しっかり、離れないでくださいね。
まずは、呪詛の書かれている場所まで行きましょうか… 」
訳が分からないけど、後をついていくことにした。
「 アータデン シャーテン プクシータル ノバリカ… 」
小さくそう唱えて、
背中に背負っていた大鎌を取り出して大きく振り下ろした。
カシーーンンと甲高い音がした。
「 さあ、これで呪いの具現化しますわよ。驚かなかないでくださいね。」
ジャニスさんは、ちょっときつい真顔でそう言った。
でも、私はその光景に息をのんだ。
月明かりに、鈍く輝く赤錆びのような色の薄い霧が学校全体に広がり、
ある一点に向かって引き込まれるような筋を引いて凝縮していた。
呪いの具現化って意味は分からないけど、これだけは言える。
見た目は綺麗なんだけど、
体に感じるうすら寒い悪寒と少し腐ったような生臭い匂い
集結した中心は血の様な赤い渦のよう…なんて禍々しいのかしら…
中心…そこは、私が休学するまで通っていた、
いい思い出の一切ない地獄の様な教室だった…
「 これだけの呪いを見るのは人間界では初めてですわ 」
思ったよりも凄かったのかジャニスさんは少し驚いたようだった。




