川上 美智子の場合 ~親という名の化け物~
交番の横の喫茶店。
びっしりと雪が敷き詰められた駐車場の新品の年代物の車が、
ガリガリとスパイク音を立てながらゆっくり入って来た。
運転席のドアが開くと、しんしんと静かに降っている雪に似合わない、
ガンガンとがなりたてるエレキギターの音やドラムの音が響き渡る。
最近のデジタル音源に慣れた耳だと、音は割れてるし、ノイズも酷い…
おまけに、テープなのかやや音楽のスピードにムラや歪がある様だ。
「 かああ、ぺっ! やってられんわな~ 」
運転席から、唾をしきりに吐きながら、男が降りてきた…
安い革のジャンパー…白い上下の作業ツナギに、
雪があるのに素足のサンダル履きで、
よく見ると開いた胸に何か刺青の様なものさえ見えた。
あたいは血の気が引くのを感じた。
「 ジャニスさん、嘘…嘘だよね、あれ…あたいの親父って言うのか? 」
あの~思いっきりイメージがマジで勘弁してほしい。
「 ええ、そうですよ。信じたくない気持は分かりますけどね 」
苦虫を噛み潰しきった様な酷い顔で、
目を思いっきり瞑りながら答えてくれた…くそ!マジだ。
あたいは、その言葉を最後まで聞かず走り出した。
近ずく度に絶望と失望とそして僅かばかりの、親への想いとが交錯しながら
ぐちゃぐちゃになる。
20どころか、18も怪しいぐらいの馬鹿な不良…真っ赤なとさか頭。
夜なのに…真っ黒なサングラス…アホとちゃうか?
良く見れば、ツナギは真っ白で仕事着ってわけじゃなくファッションか?
だよな、こんな馬鹿な格好の男なんか使う会社がある訳ないやん。
こんな事って無いやって叫び声を上げたくなった。
いくら、あたいが捨てた親に対して恨みとか嫌悪を持っていても
小さいころから、あれこれ考えていたんだ。
きっと、どうしようもなく…
涙を流しながら、身を引き千切られる思いで私を捨てたんだって。
きっと、必死に生きていたけど育てていけなくなったんだって。
そして、捨てた事を後悔しながら今も生きてるって。
あたいは、走っている途中から涙と鼻水が流れて止まらなかった。
でも、助手席のドアが開いて出てきた…その化け物を見た瞬間には
急に走るのをやめて、その場で呆然と立ち尽くした。
助手席から降りてきたその化け物…常軌を逸していた。
脱色をして、髪染めに失敗した様なレモン色に近い金髪、
漆喰の様に真っ白に見える白い肌に、
歌舞伎かよ?って感じのアクセントの効いた目もとの仕上げ、
チークは更にキツイ…病人か?
唇は、ショッキングピンクでグロスがメタメタに塗りつけてある。
あたいは、昔の格好なんか興味無いけど…これは人生投げてるような格好だと思う。
見た目がなにせ、妖怪っぽい。
「 たくよ~、うちはガキ産んでまだ間が無いのに、
動かないかんて鬼か?おめーはよぉ? 」
化け物に見えてはいても酒やけの様なかすり声のその女は若い…16かもっと下か?
それに、産んだばかりの女の着る服じゃないだろそれ…
短いデニムのスカートに、黒タイツでだらしないスニーカー
黒いふさふさして、キラキラと光る上着…見たこと無いな。
季節感無視の薄手の長袖に、首には安物で毒々しいネックレスがだらんと下がっている。
知性の欠片も感じられん格好だった。
あたいは…こんなガキの産んだ子だったんか…
「 馬鹿か、声がでかいって 」
男は、そういいながらエンジンを切った…再びの静寂が訪れる。
ガキどもの白い煙の様な吐息が喫茶店から漏れてくる光にあたって反射する。
あたいは、目もくらむような思いで
歯を食いしばりながら、両親とかいうガキどもに近づいていく。
「 よう、こんで良かったんか?おりゃあよ別に育てたって… 」
鼻をすすりながら、座席を前に倒すと後席の方から何か取りだす。
女の方は、寒そうに体を震わせながら、充血した目で男の方を睨んでいる。
「 はん?無理な事言うない!
無職であたいの店での稼ぎを当てにしてるような穀潰しのあんたに何が出来る?
あたいの両親も貧乏やのに無理して育ててさ、
臭い飯食わせて小遣いもくれんと高校もいけんかったんや。
いっそ、一思いにって思ったけど…殺したら犯罪者やないかぁ。
この年で豚箱なんか行くの嫌やんかぁ。
それなら、ここの交番なら殆ど無人だしヒーター利かせてパトロールしてるから
中に置いても死にゃあしないし普通にどっかの施設に入れるやろしな 」
投げやりの様な声が聞こえてくる。
なんやそれ…お前ら両親やろ…
そんな新車のスポーツカー買う金あるなら、売り払ってでも育てろよ…
当然の怒りが首を持ちあげた。
「 ほら、いい顔して寝てるやんか… 」
男の手に…柔らかそうなおくるみ代わりの毛布に包まれた…あたいがいた。
男は、あやす様に軽く左右にそれを振って女を見る。
「 なにしとんのや!はよ行くよ。」
うっとおしそうに、顔をそむけて女が交番の方へと歩き出した。
「 おま、薄情やな~。仮にもお前が産んだ子やないか。」
「 たーけか!
危険日やってあれほど拒否したのに中でドバ~と出した馬鹿に言われたくないわ。
それとも何か?
ここに来て真面目に仕事します、ちゃんと面倒見ますって言えるんか? 」
振り返らずに女が声を荒げる。
「 う…、いや、無職やし、将来までなんて責任もてんし… 」
煮えくらない、答えとも言えない答えだ。
「 なら、無責任な事言うなや。
女の赤ちゃんって男は可愛いって思うのが普通かもしれんけどさ、
あたいは 別に欲しくて産んだ訳じゃ無いし、
可愛いなんてこれっぽっちも思わんなぁ…痛てえだけだったしさ。
ま、殺して山に埋めんだけましやろ? 」
憮然とした顔で、男を見つめたが直ぐに前を向き直る。
腸が煮えくりかえる思いだ。
ジャニスに言われた事を忘れて、馬鹿な妖怪に飛びかかった…
だが、するっと体を通り抜けて前のめりになって転びそうになった。
「 うん、そうだなぁ~俺らの様な半端もんに育てられるより、
どっかの施設か、里親にでも貰われた方がましか。 」
頭が空気より軽そうな男は、自分というものが無いのか、
女の最後の言葉に納得したのか諦め口調で女の後を歩き始める。
勘弁してくれ…あたいの幻想の両親の姿が音を立てて崩れていく。
ガララと交番の戸を開ける音とともにあたいの両親とやらが入っていく。
あたいは、直ぐに閉められた戸を通り抜けて中に入り様子を見ていた。
「 ほい、ちょっとそれ、あたいに寄こしな 」
男の手から、女の手におくるみごと渡される。
「 これ、高かったんだよね~、ここ暖かいからもういらないやら持って帰るか… 」
そういいながら、毛布の様な布を剥がす…鬼か!
剥いだ中から小汚いタオルケットに包まれたあたいが顔を出し、
何が嬉しいのか両手を広げて妖怪の前でキャッキャと声を上げて笑いだした。
「 え~と、おお、そこにソファーがあるやんか。ここに置いてと… 」
あたいの笑い声などガン無視で、安そうな黒いソファーの上にそれを置いた。
「 おいおい、落ちたらどうするんだ? 」
「 はあ?まあこうしてやな… 」
妖怪は、男に指示を送りながら、
あたいがそこから落ちないように、
応接セットになっている他のソファーを前に引き摺るように置いて、
小さなベビーサークルの様に置き直した。
「 これでいいじゃん。落ちんし、うまい具合に囲んでいるから寒くも無いしさ。
やれやれ、こんで一段落ついたわ。えーと、何時に戻るのかな… 」
机の上の計画表の様なものを見て、
「 おい、あんた。30分もしないうちに帰ってくる予定やで、
はよ、ずらかるよ。
あ、これ、早くいくってば…。」
男は、あたいの手を涙眼で握っていたが、
妖怪のせかす声に仕方なく手を離すと、一緒に交番を出て行った。
あたいは、その間…無駄と知りながら泣きながら手や足を振り回して、
必死に馬鹿な両親を殴ったり蹴ったりしたが…
当然のごとく空を切るだけで息が切れて座り込んでしまった。
出て行った両親を追いかけても何もいい事は起きないだろうし
扉を開けて出て行ったあとには、
外で笑い声さえ聞こえてきた…話の内容なんか聞きたくも無かった。
精も根も尽き、空しくなって大きなため息をついた。
ゆるゆると立ち上がって…ソファーの上の赤ん坊の自分を見る。
口元はひび割れて口内炎の様な膨らみがある。
眼やにもあまりとっていない様子から…
きっと育児もいい加減だったんだろうと思った。
何か感じているのか、見えないはずの私に向かって
無邪気に笑いながら、触れようと手を振り回している。
すると、もう何年も泣いた事の無い私の目に物凄い量の涙があふれてきた。
鼻水が止め度も無く流れて…、
気がついたら、大声で叫ぶように泣きだしてしまった。




