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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第八幕  乱気流 ~Le Prince du monde~
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木村 次郎の場合 ~あがきなさい~

 頬を揺する少し生温い風を感じて、俺は目を覚ました。


 ジャニスの唇の感触がはっきり残るが、ここは先程の場所ではない。

 目に入ってくるのはまだ日も高く、

 やや色の抜けた草原が足元に広がり、頭上にはイワシの雲が川のようにうかんでいた。


 枯れ草の匂いすらするのなか、遠くには万年雪をかぶった険しい山がうっすらと見え、

 よく見ると集落みたいなのも見えた。


 「 はぁ…すっかりと秋の風景だなぁ 」


  夏の夜から一転、すっかり秋の昼間の風景だ。

 それは、現実でないと分かっていても郷愁をそそる雰囲気があった。

 驚いて、暫く呆然としていると、遠くからこちらへ向かってくる人の姿が確認できた。


「 お袋? 」

 

「 やっほ~、二郎!元気してた?久しぶり! 随分大きくなって嬉しいわ。」


 十分に、声が届く範囲になってから女の人が元気そうに声をかける。

 それが自分の母親だと二郎はすぐに認識した。


「 まさか、そんな…2年も前に死んだはず 」


 ジャニスの奇跡を目にしているのにやはり少し納得がいかない。


「 うん、死んでるけど元気よ。貴方は元気そうじゃないわねぇ、

  さっきから聞いてるとさ、やる事が分かんない?ってその歳でまだ迷っているの? 」

 

 生前からの能天気な雰囲気に俺は懐かしさを感じながらも、少し腹立たしくなる。


「 私はジャニスの言うとおり彼の後を継げばいいと思うわよ 」


( 二年ぶりというのに、簡単なあいさつで即本題…お袋らしい )


「 だからさ、なんで俺が親父の後なんか継がなきゃいけないんだよ…

  会社って言ったって、親父はヤクザだぞ? 」


「 ええ、そうね、確かにそうだけどそれが何か?

  彼も高校の時には、同じ事を言っていたわ。

  幼な馴染みだもんよく知ってるけど嫌がり方は二郎以上だったわ。 

  

  でもさ、大事なのよね、この土地で私たちがやってた稼業ってのはさ、

  もしもうちが抜けたら、どっかの馬鹿が滑り込むだけなのよ。

  いうなれば、そうね…通行止めのトラ柵みたいなもんよ。


  いいじゃない? 薬は絶対にやらないし、

  彼は、少なくとも人生を狂わす様な稼業だけは嫌で、

  死ぬほど頑張ってまともな稼業で食っていけるようになったんだし、

  跡継いでもいいじゃん、

  ちょろっといかつい同業者と渡り合う事は有ってもさぁ  」


 大の虫を生かすには小の虫を…という冷徹な所のあるお袋からすれば、

 確かにそうかもしれない。

 まあ、中学からヤクザ一家の跡取りと付き合うような人だ、

 そういうところが無いと親父なんかと付き合えるわけねえもんな。


「 あんな~お袋さんよぉ…パチンコや公共ギャンブルに

  キャバクラ、ラブホテル、果てはソープランドにイメクラ

  親父がやっているのも、売春や賭博じゃあないのか? 」


「 はあ?イカサマも無いまっとうな賭博のどこが悪いの?

  売春って言ったって強制しとらんし、人間澄んだ水だけでは生きていけないのよ。

  逆に言えば、ある程度欲求を発散させて、

  これ以上の人間の淀みというのが出てこない様にしてるともいえるわ。


  それにね、そういう業界でしか生きていけない人達もいるんだし、

  誰かが面倒見て福利厚生もやって社会に適合させていくしかないでしょ?


  まあ、うちのシマは他から見れば潤っているんでちょっかいも多いわね。


  でも、シマが潤うためには他のちゃんとした産業もあるからなの。

  誘致や便宜、用地買収に人材確保… 

  警備も貸金も確り押さえてあるんで、安全衛生や治安維持にも貢献していると思うわ。

  彼がどれだけ苦労してこの町を築き上げたか知らないの? 」


「 そ…そんな必要悪の様な言い方。ずるくないですか? 」


「 あのね、二郎。

  私は一度も彼やお仲間を悪なんて思った事はないわ。

  こういう位置で頑張らなければならない人がいるってだけなの。


  実際、私の言うとおり外の世界を見てきたでしょう? どうだった? 」


「 …ひどかった。

  人間て、欲望に忠実なんだって思えるくらいにひどかった。

  治安も道徳もありゃしないって感じだったなぁ。」


「 父さんの仕事をその時どう思った。」


「 親父はいけすかない奴だけど…あんなの見たら絶対許さないって思っただろうな。

  やり方は過激だけど治安も安定して皆もそれなりに食えるようにするだろうと思う 」


「 それでも、お父さんに不満があるの? 」


「 まあ、そういう意味では…ねえよ。

  本当のところは、親父みたいにできりゃあいいなあって外国じゃあいつも思っていたさ。

  そういうところだけは、親父を尊敬してるんだ 」


「 なら、頑張って後を継げばいいんじゃないの?

  ヤクザが嫌なら、少しずつ変えてけばいいだけよ。彼もそうやって来たんだからさ 」


「 でも、傘下の子分や関係する人たちが膨大じゃないか…責任が重すぎるし。」


「 彼と同じ事を言うんだ、やっぱり親子ね。

  心配しないでいいわ、昔の彼の方がガキだったし、

  大学だって行ってないし、外の世界だって見てないわ。


  ただただ、実直に皆と助け合ってここまで来てるのだし、

  古参の神さんや美田さんなんかもまだ、健在だし

  小さいころから知っている人たちも多いでしょ?助けてもらいなさい 」


「 うまくいくのかな~ 」


「 いくわけ無いでしょ!彼だって躓きとうしよ。

  成功なんて…ただの結果なの、足掻きなさい、とことん足掻きなさい。


  これを言っては卑怯かもしれないけど、今日死んでいったあの飛行機に乗った

  人たちは、もう足掻く事も出来ないんですから… 」


 その言葉に暫く宙を見上げていた俺はだったが、


「 分かったよ…俺、やってみるよ。

  それに、一度は海の藻屑になるはずだったんだし死んだ気になって… 」


「 馬鹿ね、死んだらお終いでしょ?

  ああ、でも、安心した…これで私も思い残していた事が無くなるわ… 二郎… 」


「 なんだい、母さん… 」


「 ジャニスにありがとうって言っといて。

  また、彼女の体に戻るけど暫く口はきけないしね。」


 そう言って笑みを浮かべながら、やがて彼女の姿が消えていった。


 暫くは?って一瞬思ったが、気のせいだろうと特に俺は気にしなかった。


「 は! 」


 いつの間にか、木村とジャニスは地面に降り立っていた。

 木村にとってはよく見慣れた道路だった…


「 ここって、俺の家の前じゃないか! 」


 そこには、民家ではまず見る事の無い馬鹿でかい四脚門が、

 屋根瓦つきの漆喰と焼き板を贅沢に使った塀に繋がって立っていた。


 門扉には頑丈な板と黒鋲が打たれていて、

 小上がりの階段には贅沢な切り出し石が使われていた。


「 そうですわね。で、これからどうします? 」

 ジャニスは満面の笑みを浮かべて木村の方を見つめている。


( どうせ、この人の事だ、確り母さんとの話を見ていたんだろうな… )

 とは思ったが、一応返事をする。


「 ああ、後を継ぐさ。どうも、それが一番の様だし…

  それに、ありがとうなジャニスさん…母さんが礼を言っていた。」


「 まあ、そうですか、それは良かったですわ。」


「 ああ、それと俺からも礼を言わせてくれ…ありがとう。

  でも、こんなのあと5人も続けるのかい? 大変だなあんた。」


「 それが仕事というものですよ。

  いくら命令だっていっても、引き受けたからには全力を尽くす。

  ちゃんと他の皆も送り届けますから。」


「 頼むよ…後はおっさん2人は別として、若い女性が3人もいるんだからね。」


「 へえ、気になるんですか? 」


「 ああ、何か…知らないけど。将来、きっと出会う感じがしてね。」


「 そうですか…また会えるといいですね。

  じゃあ、ちゃんと送り届けましたから…記憶をその… 」


「 ああ、覚悟してるさ。」

 ジャニスの右手が、二郎の額に伸びてくる。

 察したように、軽く目を閉じて少し微笑みながら、それを受け入れた。








「 わ…若? 」

 その声にふと俺は目を覚ました。どうやら、酔っぱらって寝ちまったらしい…。


「 ヘルシンキに行ったんじゃないんですか?

  若の乗るはずの飛行機が落ちたって屋敷では大騒ぎですけども 」


 門の前で、偶然にも顔を出してきた真奈美が心配そうに俺の顔を覗き込む。


 こいつは…お世辞にも美人っていえない、うちの家政婦さんの一人だけど、

 昔から仲のいい同級生だ。

 女だてらに喧嘩最強で地元でも有名だったけど、性格はいい奴だ。

 容姿?165センチで85キロって健康診断書にはあったな…

 筋肉は重いからデブじゃあないけどメスゴリラ?って感じ。


 顔は愛嬌はあるんだけど並よりちょい落ちる。


「 ああ?いや、途中で気分が悪くなって搭乗ゲート前から

  どうにも耐えきれなくて、引き返して来たんだよ。


  ならさ、途中のタクシーの中で急に楽になっちまって、

  このまま家に帰ってもしょうがないんで、

  ほら、昼間っから酒出す玄さんの店でちょっと引っかけて… 」


 ゴツン!と俺の頭が鳴り、目から火花が飛び散った。

 おいおい…俺、お前の雇い主だぞ…給与だって俺の…まいいか。


「 馬鹿ですね~、それで酔いつぶれて門の前ですか? 」


 ガンガン頭が響くように痛いが、正論なので反撃できない。


「 悪いな~なんか、それからどうしてここに着いたのかも… 」


 ふらふらとその場で立ち上がる。

 かなり深く飲んだのか足元がおぼつかないし、殴られた頭が重くて気持ち悪い。


 その様子を見ると、

 真奈美は強引に俺の手を引いて、頑丈そうな背中に俺を乗せて立ち上がった。

 自分より15センチも大きくて75キロもある俺を軽々と…


「 まあ、何にせよ…生きているのは良かったです。

  組長…お父様はきっと凄い勢いでお怒りになりますよ! 」


 振り返って、俺の顔を見る顔は結構怖かった。

 親父にかこつけて、お前が一番怒ってるんじゃないか?


「 ああ、連絡も入れなかったしな。覚悟はしている… 」


 なに、俺には糞甘いおやじだ…ぺこりと軽く頭下げりゃあ済む話だわ。


「 まったく、あんなオロオロしてるのなんか見た事ありませんでしたよ。

  助かるんなら、跡目なんか継がなくてもいいって言ってたぐらいですから… 」


 へええ、あの鬼瓦の様な顔がオロオロってどんなん?

 俺が跡目継がなきゃ、空中分解で組が分裂するだろうがよぉ。


「 そうか…それは困るな。」


 うちはデカすぎる組だ、分裂騒ぎなんて下手すりゃ死人が大勢出るし、 

 そうなりゃ折角、長いこと平和なこの街に申し訳ないしな。


「 なんで?若は跡目が… 」

 真奈美の顔が驚くに変わる。

 なんせ、小学校から親父の職業嫌ってるの知ってたからな。


「 気が変わったのさ…、出て行ったらお前とも会えなくなるしな。 」


 そう言って、でかい真奈美の背中で夜空に輝く月を見上げた。

 真奈美は真っ赤な顔で、口をとがらせながら


「 ま…まったく、跡目継ぐっていうんなら、もっとしっかりしてくださいね! 」


「 ああ… 」


 木村 二郎は、昔から死ぬほどなりたくなかった父親の跡目を、

 なぜかは知らないが…さっきから何の抵抗も無く受け入れる事が出来た。


 

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