赤い龍
「 あらあら?そんな怖い顔してこちら見なくてもいいじゃないのかしらぁ?
そんなに怖い顔しても私は怖くもなんとも思いませんわね。
三位のあなたと二位の私とでは雲泥の差があるでしょ?逆に可愛いなって思うぐらいですわよ 」
そう言って、ニヤニヤ笑いながら手を振るフェリルは
逆の手で俺の手を強引に引っ張っておかしな格好の先生の元へとスタスタと歩いて行く。
「 何だよフェリル、二位とか三位とか…勝ち目とかさ 」
握られているのは手のひらだけなのだが、関節が決められているのか
俺の体とフェリルの体は密着したままで小声でフェリルに質問をした。
「 そのままの意味ですわよ…彼女と私の戦力差
私たちは能力に応じて順位が割り振られているからねえ 」
俺はその言葉でフェリルと先生の両方を見比べる。
お互いにおかしな格好をしてるけど、ヒール履くと190近い先生と
いいとこ160センチそこそこのフェリルとでは見た目に大人と子供ほど違う。
戦力差というにはどうにも現実感を伴わないし同じ種族なんだし…
「 見た目と実力は別ですわよ、
それにね同胞でも私の方が絶対的な能力値が高いですからね。
人間のように体力勝負なんてしませんから…
まあ、かといって彼女が有能でないわけではないですけどね 」
そりゃあそうか…と納得する。
多分、フェリルの能力とやらが効いているからなんとなくそんなもんだと思ったんだろう。
体育館の扉を出て、
コンクリートの廊下を挟んだ階段下の先生にフェリルが声をかける。
「 お久しぶりねェ…随分と手の込んだことをしていましたわね、ミランダ 」
まるで学校なんかで上級生が下級生にでも話しかけるように見下ろした口調だった。
「 その名前で言うなってのヒラリーで通せよ…嫌味かよ 」
黒服の先生の睨みあげるような目は、少し血走っていた。
吐き捨てるような口調は、フェリルの言葉が癪に障った証拠だろう。
「 嫌味に決まってますわよ… 結構、あなたの事は昔から好きでしたけど
今となっては、その名前を忘れてまで仲良くなる気はありませんからねぇ
この間の事務所の時は、
私の方が欲しいものがあったんで穏便でしたけどねえ…気持ちは複雑でしたのよ 」
フェリルの顔も少し怖くなる…事情がある様だ。
「 穏便?あれがぁ
あたいの体を撫でまわしておいて、複雑とか言えるのかよぉ 」
先生は少し呆れた様な口調で返す。
「 ええ、一応事務所同士の顔もありましたからね。
本気で喧嘩もする気なかったしベスが出て来なくたっていい加減の所で辞める気でしたのよ。
あ、複雑なのは本当ですのよ。
殺したいほど憎いですけど、同時に私は欲望に正直であなたの体も欲しいのは本当ですわよ…
今はこの坊やの次にですけど 」
フェリルはそう言うと再び俺に抱き着いて来る。
「 チ、何が悲しくてお前とそんな仲になる訳ないだろ! 」
「 憎しみや恨みがあったってそれは別の感情ですもの。
あなたは美味しそうですから
さんざん楽しんで私から離れることが出来なくなるほど可愛がってあげますわよ。
ま、その後で灰も残らないほどブレスで焼き尽くしてあげますけどね 」
フェリルはそう言いながらニヤニヤいやらしい目つきで舐めるように先生を見回したが、
次の瞬間には顔が強張った。
「 あの時には負けてますから、今度はしっかり勝たせてもらわないとね 」
「 執念深いなお前…終わったことだろうが 」
先生は呆れた顔で手を広げた。
「 勝った方は過去でも負けた方は叶わなかった夢ですもの当然ですわ 」
フェリルの顔が急に寂しい表情に戻る…
悪魔の様な死神の様な凄まじい色キチガイな女だが、猫の目のように変わるその顔を
俺は何故か少し可愛いと感じた。
「 おっと、話が逸れましたわね。話を戻しますか何をしに来ました? 」
「 健二を返してもらいに来たに決まってるだろ 」
「 へえ、そうですか?まあそうですわね。
長い時間かけてこんな茶番劇続けているもの…ここで壊されたら大変ですものね
ああ、それからギーディアムはどうしました?
この茶番もあなた達二人でやっている事だし、
この坊やの事で私に妨害されてあの化け物も怒っているんじゃないの? 」
「 誰が化け物だよ?あんただって本体はそんなもんだろうが。
まあいいや、今はギーディアムは仕事で事務所にいるんだよ。
あたいやあんたと違って、事務所の所長は公務が全てに優先だからなぁ
今は手の離せない仕事があるからしょうがないだろ…監視ぐらいはしているけど 」
フェリルは俺の肩に顎を乗せながら舌を出しながら答えた。
「 へええ、それで一人で取り返しに来たんですか?
無謀もいい所ですわねェ…200位でもちょっとした壁ぐらいにはなったでしょうにねぇ。
別に他の方を助っ人に呼んでも私は一向にかまいませんでしたのに 」
「 あんたの様な非情でないからなあたいはさ…仲間を壁にするなんて出来やしない。
それにあんた相手で助っ人買って出る奴なんか数えるほどしかいないし、
交換条件がきついだろうから頼まなかったのさ 」
「 へええ、ご立派でいらっしゃることね。そこは褒めて差し上げますわ 」
ケタケタと俺の横でフェリルが笑う。
完全に先生を馬鹿にした笑いだった。
「 チ、それより、やってくれたなぁ!
こっちの世界の幸恵と瑞希に幸次郎まで運命曲線を改変しやがって…ひどい目に会ったぞ!
もう少しで幻の中に取り込まれて幸次郎の相手させられて、
下手したら嫁さんにされるところだったからなぁ 」
先生の紺碧の瞳の見開いた大きさとつりあがった眉が怖い…
でも幸次郎?何言ってんんだ先生は…ってか、何でもありの世界だったな。
どうせフェリルが仕組んだ事だろう。
「 寝てやればよかったじゃん!嫌いでないでしょ?
グリムリーパーの中じゃああなたは私と双璧の変態で色キチガイなんだもん。
ついでに幸恵も瑞希も啓子も食っちゃえばよかったじゃない?
あんた女の方が好きでしょ? 」
と言いながら俺の体を弄らないでくれ…
「 誰が双璧の変態で色キチガイなんだよ!
それに何が悲しくて自分が作った様な幻相手に体を任せなきゃあならんのだっての!
あんたみたいに幻相手に欲情する訳ないじゃんか! 」
と俺と体に絡みつきながら顔を上気させているフェリルと俺を指さした。
「 へえ、この子は幻とは少し違うでしょ?この子のためにある世界なんだものね。
それに、嘘はばれますわよ…幻相手に平気でつまみ食いしてるでしょ?
学校の同僚とか、教え子の生徒とか男も女もなりふり構わず 」
「 う… 」
「 幻だから妊娠の心配もないし、後腐れ無しで快感の海にでもできるでしょあなたぐらいなら。
しかしね、私がこんな風に変態で色キチガイになったの当然だし理解できるでしょ?
しかし、
望みをかなえた方がこんな風に食い散らかすのは気分は良くありませんですけど 」
「 本当に執念深いなフェリル 」
「 しょうがないじゃない、性欲が強くて独占欲が強いのも執念深いのも私の個性だし
それが能力の温床でもあるんだから。
何度も言うけど、望かなって最後まで謳歌した方はいい思い出抱いて
ずっとこの先も生きていけるからいいでしょうけどね…
私はあなたに負けて何もかも失った方じゃないの?執念深くて当たり前ですわ 」
笑えない漫才の様な話に重い話が混じって更に数十分ほど続いたが、
それ以降の会話に意味はあまり無かったと思う。
大抵は罵りあいでお互いに牽制するだけだっで話が全然進まなかったし、
何より事情が分からない俺には拷問でしかないので口をはさんだ。
しかし、罵りあいながらこんなに長い間話せるのは
親友以上に相手のことを理解していないと話せないんじゃないのかなあ?
「 先生、それにフェリル…かいつまんで状況を話してほしいんだけど… 」
俺の大きな声で二人が我に返ったような顔で俺の方を振り向いてくれた。
「 フェリル?随分と仲が良くなったわねぇ健二君 」
先生の美しい顔が引きつったように見えた。
「 そりゃあ、セックス無しキスも無し、おまけに手も握らせないあんたよりは… 」
先生は馬鹿にしたように笑うフェリルを一瞥して
「 あんたはこいつの”魅惑”と”発情”の能力で…ちょっとおかしくなってるだけなんだが… 」
長い横道に逸れそうなのを軌道修正する。
「 いや、別に親しいわけじゃありませんよ、ついさっき会ったばかりだしね。
そんな事より説明をしてもらわないと… 」
先生はフェリルの方に目をやったが
「 途中までは説明しましたわよ。
この世界が幻だということもこの子が人生を送っていた世界もあなたが作った幻って事もね
で、詳細はまだ言ってはいませんですけど
この子が稀代の殺人鬼で、もう既に人間の現実世界の住人ではない事も告げてるかなぁ 」
フェリルは俺の顔に自分の頬を擦り付けながら思い出すような口調で続ける。
「 あなたとギーディアムの結界が強いから少し苦労しましたけど、
300年前に殺した今の奥さんに憑依しながらこの子の潜在意識をしっかりスキャンして、
800年以上前に嬲り殺した奴隷の時の瑞希さんを攫った記憶を入れたり
160年前に小樽で殺した幸恵さんの記憶を再現して見せたり
んで、恐らくこの子の今の幻の人生の中で一番の思い出を再現させましたかねェ…
しかし、ここでの思い出を薄める処置をしながら幻を続けさせるのは
少し罪じゃないんでしょうかねえ…ミ…じゃなかったヒラリー 」
おかしな話をするフェリルの顔を見ようと首を捻ろうとしたが、
目を瞑って唇を突き出しているフェリルが一瞬見えたので止めることにした。
「 何だよそれ…俺があいつらを殺した? 」
「 ええ、それが現実ですわよ。
幸恵さんを殺した所が一番残酷でない殺し方でショックが少ないですから
そこを選んで私が再現しました。
瑞希さんや啓子さんの場合は
悲惨過ぎて今の精神だと自我が崩壊しますから控えたんですけどね
まあ、すっかりヒラリー達に骨抜きにされて
稀代の殺人鬼も精神が物凄く脆くなってしまいましたからね 」
「 何だよそれ… 」
話が断片過ぎて分からない。
そこで先生が口をはさんできた。
「 はあ、隠してもしょうがないか…ちゃんと話さないと健二君が混乱するだけだし。
健二君、フェリルの言っている瑞希さんたちを殺したのは本当の事だよ…
名前や、容姿も少し違いますが間違いなくあの人たちを君は殺しています。
ついでに言うと殺したのは8万と659人
そのほかにも植物人間や障害が残る様な不幸な方を12万余…を生み出した殺人鬼が君だよ。
健二君 」
「 先生… 」
「 話を聞いていれば察するでしょう?私もこいつと同じグリムリーパーです 」
そう言うと先生は腰のあたりからリレーのバトン程の長さのものを取り出すと
凄い勢いでそれを振り上げた。
白い光の様なものが縦方向に走ると同時に長い紐が蛇のようにのたうって飛び出した。
それは表面が鱗のようにキラキラと輝く3メートルは超える長い鞭の様だった。
見ただけで分る、それはフェリルの鎌と同じようにこの世のものではない雰囲気を持っていた。
「 それも、同業者でフェリルの言った死神のようなものだわ。
あたいは業務指示書に出来るだけ沿った形で君の魂を処分するのが今の任務です。
で、彼女は私たちの事務所に来た仕事とは違う形と目的で
あなたを捕らえて何かしたいみたいですから、こうして争おうとしているんです 」
「 もう少しっていうか、具体的に話してもらわないと… 」
意味も何も分からない。
百歩譲って俺が殺人鬼だとしても時間と空間を超えて人を殺せることが出来るのだろうか?
しかも数万人もの人々を、俺はこいつらと同じ化け物だろうか?
「 さあ、人間の価値観で見たら確かに化け物でしょうけど、
あなたは生物的には人間ですわよ…あなたの魂になってからわね 」
しかし、フェリルのこの心を読んで俺の疑問に答えるのは止めて欲しい…
「 そうですわね…大丈夫ですよぉ 」
フェリルがそう言うと、耳に舌を入れるようなほど唇を近づけて囁く。
「 あなたがヒラリーにどす黒い恋慕と淫猥な欲望を持っている事は
私もヒラリーも全部知ってます。
だから、今更考えていることが読まれても特に恥ずかしい事はありません。
蛇足ですが、かなりブレーキがかかった思考ですが、
少し潜れば会ったばかりの私にも性的な好奇心が芽生えつつあることも分かります。
なあに、
人間の思考なんて原始的な性欲や食欲が基本ですからおかしい事はありませんからね 」
って事は先生は俺がいまだ性的な好奇心を持っていることを知っているのかぁ。
どす黒いって言われても男が女に対しての欲望なんて気持ち悪いほど変態的なものだから
しょうがないと思うんだけど物凄く恥ずかしい。
だが、性的な好奇心が満載って分かっているのにフェリルは俺の体を弄るのは止めない。
「 まったく、いつまでも人を食ったような態度だなフェリル
それはそうと健二を置いてさっさと退散してくれないかなあ…仕事なんでな 」
「 は?はいそうですかって私が言うと思うの? 」
「 思わないさ… 」
先生の声が急に低くなって先生の周りの空間が少しで歪んで見えるようになってくる。
空間が歪むって科学的にどうなんだろうかとは思うが外しか思えない風景だった。
「 馬鹿ですか? 実際に私と戦うっていうの? 」
フェリルが呆れた様な声を立てると、あれだけ俺に蛸のように張り付いていた手足をほどくと
ふわりと風のように僕から離れて
直ぐに急加速して先生の50メートル後方まで回転しながら飛んで行った。
先生がその動きに合わせて体を回転すると、
そこには豪華な毛皮を脱いで例の真っ赤なドレスでフェリルが立っていた。
例の装飾の多い金色の鎌を肩に担いで
自信たっぷりにゆったりと足を広げて何か構えようとしていた。
ドン!
フェリルが足を広げたと同時に先生のいた場所から土煙が上がって黒い弾丸のようになって
先生がフェリルへと襲い掛かった。
鞭の様な武器が光の線を無数に吐き出しながらフェリルの体に伸びていく。
が、フェリルはそれ以上の速度で黄金の鎌を振り回して鞭の先を跳ねのけていく…
普通の人間の振るう鞭でも音速レベルに早いから対処などできないのだが
フェリルは笑みを浮かべながら平然と
長大な鎌を煌く様な光を放ちながら完全に制御しながら振り回していた。
鞭の光の線が烈しく降る雨のような勢いになってもそれは変わらなかった。
逆に暫くすると、受け流していたフェリルが鎌の柄の部分で先生の腹を突きにかかった。
先生はその攻撃をすごい勢いでジャンプして躱すとそのまま空へと飛び上がっていく。
フェリルはその光景を腰に手を当てて見送った。
先生は俺から見ても豆粒ぐらいにしか見えなくなるまで飛び上がると、
先生の周りからかなりの数の大きな光が雨のようにフェリルに振り注いでいった。
凄まじい地鳴りが連続で響き渡り、土煙でグランドが霧のように見えなくなった。
「 はあ、めんどくさい 」
フェリルの声が聞こえたかと思うとその土煙は瞬時に消え、
例の黄金の鎌を再び肩にも担ぐ姿勢になって先生の方を見上げた。
「 こんなのいつまでたっても終わらないわよ。
全く攻撃がショボいんですわよあなたは…これじゃあ12位のうちの子の方がマシだわ
なんであんたが3位なのか不思議だわ 」
フェリルは大きくため息をつくと俺の方をそっと向いて笑いながら手を振った。
「 さってと、こんな事なら早いとこ片づけましょうかねえ… 」
フェリルの言葉は確かにそう聞こえた。
すると、グランドのあちこちから薄っすらと赤い炎が見えて来た。
その炎はゆっくりと渦を巻くと、直ぐに小さな火炎旋風になり合体して大きくなり
フェリルを中心にして大きな竜巻になっていく。
引き込まれるような熱風で俺は、近くのコンクリートの手すりにしがみついたが
その勢いで体が浮き上がってしまったのは恐れ入る。
ただその炎の竜巻も直ぐに消えて、俺は床にしたたかに打ち付けられて悶絶した。
で、フェリルのいた場所には思いもしないものがいた。
赤くてごつごつして10メートルは優に超える大きさのものが先生の方を見ていたのだ。
それは、御伽噺や絵本でしか見たことの無い大きな翼を持った赤い龍だった。




