事実
事実というのは非情で、御しがたいものである。
たとえそれが、どんなに理不尽であっても偶然であっても…
真っ青な空と絨毯の様な雲も今は無く、
周りは、元の森の景色へと変わっていた。
ただ一点違うのは真っ暗だった空に星が煌めくようになった事ぐらいだった。
ジャニスは、まだしぶとくちょろちょろと炎をあげている焚火を背に
小さく膝を折ってしゃがんだまま、
足元で息絶えている男に向かって信じられない言葉をかけた。
「 ご…御免なさい。本当に本当に御免なさい。
本当なら死ななくても良かったのに私のせいで…
本当に申し訳ございませんでした 」
ジャニスの目には大粒の涙が光り、そして地面へと消えていく。
「 でも、こうするしかなかったんですの。」
そう言いながら、まだ男を凝視したまま立ち上がる。
そして、立ち上がると同時に手を振ると、
舞踊の鎌が空気を切り裂きながら宙を回転してジャニスの手に握られた。
「 あなたは思っていたよりも極悪人じゃありませんでしたわねぇ。
あんなに沢山人を殺してきましたけど、それは仕事ですから。
本当は、ただのお母様を愛おしく思う優しい若者でした。
もし、普通の国に生まれていたら
お母様とともに善良な市民として幸せに暮らせましたのに 」
ジャニスはそこまで言って舞踊の鎌を頭上で8の字に振る。
すると、仰向けになっている男の体から輝く様な白銀の煙が立ち上る。
そして、その煙はジャニスの体へと吸い込まれていった。
「 それでも殺してきた数が半端ではなかったんでしょうね。
私の好物ともいえる極悪人と同じ色をした煙でしたわね…美味しかったですわ。」
ジャニスはやり切れない様に男の体を見ながらため息をつくと
その場で男の体に向かって再び鎌を振る。
すると男の体から自然に火が起きて、やがて大きく炎に包まれた。
「 ここで放置だと獣に食われますから、ちゃんと荼毘にふします。
あなたは無神論者なので御祈りの言葉は必要ないですけど、
代わりに私があなたの魂の抜け殻に言っておきましょう。
”ありがとう、あなたの魂はあなたを離れましたけど
ちゃんと約束通り、あのささやかな要望だけは叶えてみますわ ”とね 」
物凄い迷惑をかけて、しかも激痛まで与えて殺されてこんな山奥で灰になる。
どうしてこうなったか本当の理由をあなたが知ったらどう思うかしら。
本当に申し訳が立たない気分ですわ…。
燃え上がっている死体のオレンジの光の中で、
ジャニスが神妙な面持ちで炭化していく男の体を見ていると
肩に担いだ舞踊の鎌がブルッと身震いしてジャニスに伝言が来たのを知らせた。
そして、鎌の刃先の一部に中年の男の顔が浮かび上がり声が聞こえてくる。
「 終わりましたかぁジャニス君。
こんな事これっきりにして下さいね頼みますよ!!
この上は、速やかに何の問題も無くですねえこちらに戻ってくださいね。
で、ちゃんと業務命令通り処置をして彼を提出してください。
ああ、それで終わりじゃないですよ!
特殊案件ですけど、いつも通り業務報告書はきちんと書いてくださいね。
で、何度も言ってますが
あなたの報告書は主観が多くて読みずらいですから考えて書いてください。
それと、都合よく事実を脚色するのもやめましょう。
しかも、誤字脱字が多すぎますから、ちゃんと読み返して推敲するのを忘れない事。
あ! 基本ですが、作成年月日と提出日は必ず書いてください。
それが無いと書類の体をなしませんからね!
表題は、簡潔に分かりやすく且つ正確に。
提出者のあなたのフルネームと所属と提出先を書いてですねぇ… 」
少しヒステリックに声を上げる男にジャニスはウンザリしながら答えた。
「 そんなの、分かってますよ。何年この仕事していると思っているんですか? 」
「 ほおお、よくいいますねジャニス君。
あなたの業務報告書は何時も酷い出来じゃないですか、
いつも、あなたの再提出の嵐で私の貴重な時間をどれだけ潰していると思っているんです?
言われたくなかったら、ちゃんとレジメを読みながら
きちんと作成しなさい。分かりましたか! 」
最後は血も凍るような低い声…怒りで血管が切れそうな感じの声が響く。
「 す…すいませんですわ。今度はちゃんと一回できっちり書きますぅ 」
ジャニスは、大鎌に映る男の顔に向かって必死に頭を下げた。
「 そうそう、いつもそのぐらい素直になりなさい。
今回は君がドジというか不始末さえしなければ、
こんな馬鹿な任務も発生しなかったし、彼も死なせなくても良かったんですよ!
大体、彼はあと半年ぐらいで地雷を踏んで爆死するのに、
あなたが変えた運命を変えるために、
その死を少し早めるのにどれだけ私が苦労したと思っているんですか! 」
彼の怒りはもっともだった。
ジャニスはそう叱責される事をしてしまったからだ。
ジャニスは暫く前に業務命令書をいい加減に読んで、
予定には無かった人物を早期に回収するミスを起こし運命を改変してしまった。
本来であればその人物によって救世主の女性が一時国外へと逃れ、
それでかの男にも暗殺命令も出ずに、彼は半年後に地雷で爆死となる筈だった。
だが、逃亡よりほんの2日早く回収したため運命が変わってしまったのである。
その後の事は、涙目で上司の叱責に耐えているジャニスが振りかえっていた。
うえええ、ごめんなさいごめんなさい。
私のせいで、あなたに迷惑かけてるのは死ぬほど申し訳なく思っていますって!
なにせ、彼女が死んでしまうと変える運命の数が膨大で、
大きな歴史というとんでもない運命すら変わってしまいますから。
まさか…日程間違えたなんて凡ミスもいい所でしたわ。
あの時は、2日ぐらい大丈夫かって思っていましたけど、
ミスを報告しないと鬼のように怒るこの人に口噤んで隠しておくこともできませんでした。
意を決して報告したんですけども案の定、こっぴどくあなたに怒られて…
「 馬鹿ですかあなたは…一応、運命が変わっていないか調査を… 」
と長い長い説教の後、事務所の端末で調べましたわね。
で、この世の終わりかの様なお顔をされて慌てて臨時の運営会議の手配を始めましたわね。
「 なんですかぁ? 」って呑気な返事をした私に、
「 なんて事してくれたんだよ、このドジ!ドジ! 」
って、涙流しながら事情を話してくれましたねぇ、
まさかそんな事にって私、心臓が止まるかと思いました。
で、会議はあなたと他の部署の方々、次長さんに部長さん。で事務所長の蒼い顔
更に上の組織の見た事も無い恐ろしい方々…大騒ぎとなっちゃいました。
当事者の気の弱い私は顔面蒼白で隅っこで震えていましたけど、
あなたの血走った眼に促されての事情報告と出席者の重い沈黙。
で、直ぐに怒号と関係各所への対応の決議に、今後の行動指針と対策
生きた心地がしませんでしたぁ。
だけど、
「 まあ、ジャニス君は”始末書の女”ってぐらい失点も多いけど、
能力はコプートス全体でもトップだし実績も多い。
流石にこんな事は度し難い物で普通なら退職の上、損害賠償請求レベルだが
彼女の貢献度を差し引けば微々たるものです。
という事でそれなりの処置はするが君は退職までしなくてもいいよ。」
って、長生きで女性には甘くて金にはトコトン汚い事務所長の頑張りで処分が寛大でした。
”始末書の女”から”始末書の女王”って肩書が変わるほどの凄まじい量の始末書を提出して、
初月減俸100分の35で以降半年間100分の8の支給制限。
その上、定期昇給は数年見送りで、訓告処分という名のカミナリ付きで何とか治まりました。
クビにならなかっただけましでしたわ。
で、直属上司のこの人も監督不行で厳重注意となって始末書提出…
彼が今、私に対してキツイ態度なのも無理からぬことですわ。
始末書を彼が提出に行った後、
「 はああ、なんで日付間違えるの?また君のせいで昇進が…部署を変えてほしいよ 」
と何度も嘆いて恨めしそうに、私の顔を見る彼の顔が忘れられない。
端正な二枚目なのに、まるで人生に疲れたおじさまの様な顔でしたわね。
運命の修正には時空管理官まで引きずり出して、
色々と彼女の運命の流れを変える方法を模索しましたけど、
どれだけシュミュレートしても生半可な方法では修正できないので
本来は行うべきではない方法を行う事にしました。
変わった運命が固まる前に彼に死んで貰う方法です。
ただ、大きな問題がありました…どういう理屈かは分かりませんが、
いくつもの運命が混じり込んだこの男にここで死んでいただくには、
私たちが通常行う痛感を麻痺させる事や感情を制御できない点です。
更に彼の命を奪うには原因である私が彼と会って、
彼自身の了解を貰わなければならないって言う事です。
一応、呼び出しの紙には普段より多くの能力を封じ込め、
あたかも、本人が現状を変えたいと望むように錯覚させ現れることはできましたが、
その後は、本当になり行きまかせだった。
望まれたら、体の提供もやむなし…
”種族は違っても、ちゃんと交尾はできますよ”
そうあなたにも言われていたので、私は、真剣に恐れていた。
いくら、私の落ち度とはいえ処女である私にはそれは呑めない話だったけど、
血走ったあなたの目と首を横に切る動作で諦めました。
最初のうちは、彼のこれまでのイヤラシイ過去を見て、
彼が私の体を舐める様に見回してきた時は本当に怖かったんですわよ。
でも、この男の口からは最後まで、その話が出てこなかったのは本当に助かりました。
お母さんの話が出て来たのが良かったんですかねえ…
しかしこれで、全部終わりかと思うと本当にほっとします。
あとは、あなたの怒鳴り声と芸術的な嫌味と、自虐的な態度を我慢すれば…
ジャニスはそれ以降もぐちぐち文句を言う上司に涙目で謝り、
強烈な嫌味には胸を押さえて、自虐的な小言にはへらへらと愛想笑いを浮かべた。
やがて、激怒していた上司も気がすんだのか
「 それじゃあ待ってますからね、はあ…これで家に帰れる 」
とここ数日事務所に泊り込んでいる上司は大きく溜息をついたところで
大鎌の刃先から消えていった。
グスングスン…ウエエエン
ジャニスは上司の叱責が無くなって消えていったすぐ後に
張っていた気が緩んで思わず鼻水を流しながら泣いた。
186センチの大きな体だが、気が弱いというのは本当の事らしい。
一頻り泣いた後、すっかり燃え尽きて小さな灰になった男の死体にジャニスが気付いた。
「 流石にこのままじゃいけませんわね…ウウウ 」
ジャニスはまだ震えている体で舞踊の鎌を振ると、
灰はやがて分散し、煙のようになって森の奥へと流れて行った。
「 じゃあ早く事務所に帰らなければ…彼の提出もちゃんとしないといけないし 」
あ~でも、業務報告書は…ちゃんと書かないと…
それに、彼のささやかな要望を叶えるための書類も考えないととジャニスは思った。
次元を跳躍し、大急ぎでジャニスは事務所に帰ると、
自分のデスクに座って、真面目にレジメを見ながら真剣に業務報告書をまとめる。
面倒だが、上司に対して負い目もがあるから再提出を命令されない様に頑張って書き始める。
ここ数日眠っていないっていう上司に余分な手間は掛けさせたくなかった。
何とか一枚に収まりそうだ。
最後に、彼の転生に関してのささやかな要望を書く。
「 そうそう、彼の要望をどんな形で叶えるのがいいのかなあ? 」
具体的な要望では無いので私の意見を少しだけ反映させる。
そうね…海の無い国だったし、転生先は海のあるところがいいわ。
戦争が無いって言うのは最低条件だけど、争いも少なく治安もいい国がいいですかねぇ…
彼のお母さんは…あと2年で死ぬ運命ですからねえ…転生する時の母親でどうでしょうか。
サービスしましょっ。
時間軸的には多少前後しますが、安定している過去がいいでしょう。
裕福で有る必要は無いけど、散々貧乏で苦労したらしいから
そこそこの経済力のある家じゃないと…
友達は多く集まる運命にしておきましょうねぇ。
結婚相手は…自分で探してね。私だってまだ、見つかって無いもん。
ジャニスはその晩一睡もせずに仕事机に向かいっぱなしだった。
羊皮紙に羽ペン、なお且つ手書きでなければ正式文書として認められないので
何度も書き直し、文才の無さに頭を痛め
それでも必死にジャニスはペンを走らせた…彼との約束の為に。
数日後、目を真っ赤にして上司の前にジャニスが立っていた。
「 はああ、君ねええ~始末書一枚でどんだけかかるんですか?
ここでまた再提出はやめてくださいね。疲れますから 」
ジャニスはレジメ通り1枚の報告書にまとめられていたが、
ささやかな要望の欄だけで数枚の添付書類となっていた。
「 す…すいません。どこをどう縮めてもこれぐらいの事は是非叶えて欲しくて… 」
ジャニスのその言葉を聞いて、
上司は、おもむろに彼女の顔を見上げてから、
提出された報告書は軽く一瞥し、添付書類の方を丁寧に読みだした。
「 いいんじゃない… 」
ぶっきらぼうに上司はジャニスを見ずにそう言った。
ジャニスが大声で感謝の言葉と何度も頭を下げた。
上司は、軽く笑いながら承認印を押した。




