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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第九幕 戦場の死神~Dieu de la mort et purgatoire~
113/124

契約

  風呂を沸かした薪の消し炭があたりを照らす仄暗い中で、

 あたいはゆっくりと娘の傍から離れる。


 久しぶりの湯に疲れた体が溶けたのか少しばかり本当に寝てしまった。

 でも、

 もうすぐあいつらが来るから…今のうちに準備だけはしておかないと。


 あたいは、小屋の隅の床板を剥いでお宝の入った壺を取り出した。

 お宝といってもあたいのもんじゃない…

 娘の為にガタの来た体に皺が目立ち始めた顔を必死に誤魔化して

 女を抱くためなら少ない日銭を惜しげも無く出してくれる客から

 一夜の夢を見せて稼いだ金で用意したものだ。


 一生もののコンバットナイフ…凄く高かったなぁ

 そんなものはこっちで用意するって言われたけどナイフは兵士の相棒みたいなもんだ

 この先会えない事を思えばあたいの代わりに持たせるぐらいしてあげたい。

 後は…暫く着ることが出来るだろう洋服に下着だな

 当然向こうでも用意できるだろうけど…でも、あたいが泥水すすって用意したものだし

 体に纏うものだから…着ていてほしいなぁ


 ごそごそと壺から取り出して床に並べていると娘の寝言や吐息が聞こえる

 ちょっと前までは疲れているのにって思ったけど

 これで聞き納めって思うと…何にもまして愛おしく感じる。


  準備が終わると小屋の前から静かなタイヤの音が聞こえてくる。

 下り坂だし、エンジンは切ってって言うのをちゃんと守ってくれたみたいだ…

 まあ、今のこの子だったらいらない心配だったかもしれないけど。



  入り口から蓆をめくって大男が二人は忍び足で入ってくる。

 極力音を出さないように訓練されているのだろうと思う…寝てたら気が付かないわ。

 一人は180センチ程度でごついゴリラの様な感じの体形で

 頭から額にかけてに大きな斜めに切られた傷があったが、

 凄い傷だった…普通なら確実に死ぬほどの深手だと思うぐらいだった。

 歳は50がらみで目つきは温厚そうだったが、それは経験からくる自信だろうと見えた。

 

 もう一人はその男の後ろに立ち

 歳は30前後で190センチはありそうで細身で頭は綺麗に剃り上げていた。

 こちらは目つきは鋭かったが口元には笑みが浮かんでいた。

 それはそうだ…彼らには敵意などないのだから。


 二人とも深緑色がベースの迷彩柄に半長靴

 太ももに固定されたナイフホルスターから使い込んだ柄が見えるけど

 拳銃などは携帯はしていないが、明らかに兵隊の様に見えた。


 「 娘さんは…寝てるようですね 」


 年配の男が膝をついて女の娘の顔を覗き込む。

 男の顔はどこか慈しむ様な目だったが、直ぐに顔を元に戻して立ち上がる。


 「 ところで…最後になりますが、これで娘さんとの最後のお別れとなりますが

   よろしいですか?

   貴方は、この国の国民であり拒否することは当然出来ますので 」


 男の声の大きさは寝ている娘を気遣ってか落ち着いて静かなものだった。


 「 ええ、それはもう…覚悟してますし。

   それよりも娘がそちらに行った場合には衣食住は勿論、

   十分な教育も保証していただけるというのは本当でしょうね 」


 女の顔は歯を食いしばっているのか少し歪んでいた。


 「 ええ、それは勿論。

   私共は最終的にわが国の防衛を担っていただけるよう厳しく教育しますので

   それに耐えられるよう全ての環境は整備しております。

   訓練でない限り暖かな寝具で満足のいく食事も出来… 」


 男は、消し炭になっている風呂場の薪を少し見て


 「 毎日、清潔にお風呂も散髪もそれなりの服装も全部、出来ます 」


 女は口元に手を当てながら更に歪む顔を隠した。

 男はその顔を直視せずに少し上の方を向いて言葉をつなげた。


 「 また娘さんを教育するに当たっては相当な知識を有する必要性もあって

   大学レベルの教育と学士の資格も得ることも出来、

   優秀であれば修士、博士の道も開ける事もございます。

   

   勿論、才能の開花の方向性によっては軍の中で別の道も選択しますが

   いずれにせよ万全の教育と訓練を施します。

   詳細については、先日お渡しした書類にすべて書いておきました 」


 男の話に女は首を振った。


 「 すいません、学は無いものですから

   字は読めますけど…あまり意味は理解できてないんです。

   要は私の様に

   ゴミクズのような場所で、糞の様な仕事で食べていかなくてもいいと

   学も無い、大して綺麗に着飾ることもなく

   股座開いて日銭稼いで死んでいくような事は無いと 」

 

 最後の方は感極まったのか涙が滲んでいた。


 「 乱暴に言ってしまえばその通りですね。

   子供さんを立派に育ててきたんですから、そんなに自分を卑下しないでください。

   同じように泥水をすすりながら子供を育てて居られる方もいっぱいいますので…

   我々が侵略者を駆逐できないがために

   皆様を苦境に追いやっているのですから…我々の方がよほど卑下するに値すると思います


   もう一度聞きますが…本当によろしいのですね 」


 男の鋭く重い言葉に女は一瞬たじろいたが、直ぐに大きく首を縦に振った。


 「 それでは… 」


 男は小屋の中を見渡して、端にあった小さな座卓を引きずり出すと

 娘から数メートルの所へそれを置いて大人3人が車座になって座った。

 男は机の上にやや厚めの一枚の書類を置いた。


 「 読めますか? 」


 女は男の言葉を聞いて首を横に振る。


 「 声に出して読めはしますが…例えばこの基本的人権とか国威発揚とか…

   ごめんなさい…半分も意味が分かりません 」


 「 そうですか…じゃあ、分かりやすく内容を説明しますね。


   我が国の防衛に対して、ミランダ・デトス・マルーシアは

   自分の娘であるアナスタシアを、国の元で育てることに同意します。

   

   このことに際しては、彼女を国民として人間らしく扱い

   職業軍人として十分な教育を施し、尊敬されるような人物として育てることを

   国はここに誓い遂行します。


   両者は以上の事に同意してここに誓約書を記します 」


 そこで、男は右端の読みにくい筆記体のサインに指をさして


 「 皇国軍 教練師団 クダンシル・フォン・バーナベリシカ と書いてあります。

   その横に、あなたの名前を書けば書類として成立し

   貴方の娘、アナスタシアを預かり…いえ、頂くことになりますね 」


 男が無表情でそういう中、それまで黙っていた男が口を出す


 「 この書類に書いた時点で、彼女は軍のものになり貴方と会うことは出来ません。

   いわば…言いずらいのですが子供を売り渡せという意味と同じことです 」


 「 そう…それは覚悟の上です。

   ここに居ても不幸が雪崩を打ってこの子の未来に被さってくるわけですから… 」


 ミランダと呼ばれた女性は、そう言うと黙ってサインをした。

 ブロック体ではあるが、丁寧に時間をかけてしっかりと書きつけた。


 「 連れていく前に一つだけお願いがあります… 」


 ミランダはその場で額を床に擦りつけるようにして土下座した。


「 どうか…この子には母親がお金で軍に売り飛ばしたと言ってください。」


 その言葉に男たちは目を丸くする。


「 そんなお母さん…確かに謝礼は軍から出ますけど人一人に見合うお金でもありませんし

  普通の暮らしをしても1年もつか持たないかのお金ですよ…


  それに、それが真実だとしてもわざわざ憎まれるような真似をする意味が分かりません。

  ここでのこれからの暮らしを考えたらお母さんの選択は間違いないんだと

  お子さんも感じると思うんですが。」


 人間の歴史では12歳といえばついこの間まで年季奉公で親元を離れ働きに行く

 そんなのが洋の東西を問わず存在していたのだからと男は考える。

 ましてや、こんなどん底の生活だしと。


「 いえ、自分の体を痛めて産んで今まで頑張って育ててきたからこそ

  この子には生きるための理由を持たせてやりたいんです。

  お金もない教育も受けさせれない満足に風呂にも入れさせれない私が

  最後にしてやれる最大の事ですから 」


 ミランダは頭を上げず声を震わせながらさらに続ける


「 感謝や愛情は思い出で終わりますし、この先に困難が待ち受けている時に

  それに逃避する価値しかありません。

  だけど、恨みや憎しみはそれよりもずっと長く心に残り

  困難に直面しても乗り切れる力になると思うんです…私がそうでしたから 」


 男たちはお互いに顔を見合わせ、そして目の前で小さく地面に土下座している女を見て


「 分かりました…その道を選択するのですね。

  しかし、そうであったなら彼女が軍務を離れても一生あえなくなるんじゃないです? 」


 ミランダは声を振り絞った


「 私に今以上の苦しみに耐える力はありません。」


 その言葉に男たちは黙り、机の上の書類を手に取った。 

                                   


   

   





 

 

 


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