7話 第一層の攻略開始
この街に入ってからというもの、異質な建造物がずっと目に入っていた。間違いなくダンジョンだろう。
遠くからでもわかる不思議な雰囲気。
周辺の建物とこれほどまでに合っていないと、逆に歴史的な建造物の近くに街を構えているようにも感じられる。
横は百メートル、奥行きは長過ぎてよくわからないが、高さは二百メートル程だろうか。
今まで見た建造物の中でも一番のスケールを誇る大きさだ。
いざダンジョンの入り口付近まで到着するが、
入り口までの間は特に出店の数が多い。攻略後の冒険者が温まった懐を狙っているのだろう。
酒場や喫茶店、果ては泊まれる宿屋など、ダンジョン特需がわかりやすい構図になっている。
ダンジョンの入り口には覆い被さるように建物があり、ここでダンジョン内部の情報や踏破率の計算。
魔石や素材の換金などやっているようだ。
ギルドとはまた違ったダンジョンに特化した案内所といったところだろう。
案内所の看板には攻略本部と書かれており、レルゲン達はここで約二ヶ月の間お世話になる。
朝早くから訪れていたが、思っていたより人が多い。夜通し攻略をしていたパーティや、朝早くから挑戦する気合の入ったレルゲン達のパターンに分類出来る。
流石は高難度ダンジョン。もし攻略できるならすぐにでもお金が貯まっていくだけあり、人気の高さが伺える。
昼になればもっと人が増えてくると予想できるため、レルゲン達は朝早くに来る必要があったのだ。
受付の女性にレルゲンが話を聞く。
「新しくここで攻略をする者なんだが、現在の攻略状況について教えてもらいたい」
「新人さんですね。ギルドカードを拝見してもよろしいでしょうか?」
クーゲルに渡されたギルドカードを渡すと、受付の女性は
「確認して参りますので少々お待ち下さい」
と言い、奥へと姿を消す。
何やら気になるところでもあったのだろうか?
少し待っていると先ほど奥に消えた女性が戻ってくる。
「お待たせ致しました。本来このダンジョンは危険な為、Aランク以上の冒険者のみとなっておりましたが、この街のギルド長であるカガリよりお客様の特別許可が出ていると連絡が来ておりました。
ダンジョンには問題なく挑戦が可能です。
よろしければお客様の専属受付として__私、レインが担当させて頂きますがよろしいでしょうか?」
「ああ、よろしく頼む」
「ありがとうございます。
簡単にご説明させて頂きますと、本ダンジョンは全二十層で構成されており、各層の最新部にはボスが配置されております。
現在は十層のボスの手前まで攻略が進んでおりまして、丁度半分程の進行度になります。
ただ、十層のボスは特殊攻撃がないものの、六段階目に属するアシュラ・ビーストと呼ばれる魔物だと先遣隊からの情報がございました」
「そのアシュラ・ビーストは五段階目のアシュラ・ハガマと何か関係があるのか?」
「はい。アシュラ・ハガマは魔物の中では珍しい変態を繰り返す魔物で、簡単に言ってしまえば成体前の幼体になります。
アシュラ・ハガマが変態をし、成体になったものがアシュラ・ビーストとお考え頂ければよろしいかと」
「なるほど。主な攻撃手段は熱線や光線攻撃以外にもあるのか?前に倒したアシュラ・ハガマはその攻撃方法のみだったが」
「アシュラ・ハガマを討伐した経験があるのですね!それなら話が早いです。
ただ、アシュラ・ビーストは今仰った攻撃に加えて、大きい体ながらに素早く移動して硬い外殻を活かした直接の物理攻撃をしてくると報告が上がっております。
六段階目の魔物は報告例が少ない深域での活動が多いですから情報が足りないですが、他の攻撃手段もあるとお考え頂いた方がよろしいかと」
「ありがとう。大体わかった__最新の十層までは一層から順に登っていく他ないだろうか?」
「いえ、ボスが倒された層から次の層までの転移魔法陣がございます。ですので、お客様が初めから十層に挑戦することは可能です」
「じゃあ始めからボスに挑戦できるってことよね?」
後ろで聞いていたマリーが身を乗り出してレインに詰め寄る。
「はい、可能です。しかし、ダンジョンの特性に慣れて頂くためにも、まずは一層で身体を慣らしてからの挑戦をお勧めします」
「俺も今日は一層で慣らした方がいいと思う。一層の魔物は大体三・四段階目辺りだろうか?」
「その通りです。ボスが五段階目ですが、その他は四段階目までしか確認されていません」
「なら今日は一層で肩慣らしと行こう。セレスもそれでいいか?」
「はい。構いません」
マリーは最初不満気な表情を見せたが、納得してくれたようだ。
話がまとまったところでレインがニコッと笑い、案内を続ける。
「では、本日は初めての挑戦と言うことで、攻略本部からの支給品がございます。二回目からの挑戦はご自身での用意が必要となりますので、ご注意下さい」
「支給品が出るのか。これはありがたいな」
レインから支給品が入った袋をレルゲンに手渡される。
袋の中には、携行食、水、包帯、飲料タイプの回復薬、魔力揮発剤が一つずつ入っている。
これを一回切りとは言え、全ての冒険者に配っているとなるとかなりの手厚さだ。
攻略本部の本気度が伺える袋だと感じる。
「では、案内できる内容は以上になります。他に気になる事はございますか?」
「いや、十分だ。またわからない事が出てきたら頼らせてもらうよ」
「承知致しました。皆さんのご武運をお祈り致します。頑張ってください!」
レインがダンジョンの入り口まで見送りに来てくれたので挨拶を済ませる。
「「「行ってきます」」」
「お気をつけて!」
第一層は広大な平原が広がっており、人工的な照明がついている事を除けば転移魔法陣で移動したように錯覚する程地形が変わっていた。
入り口付近にはすぐに帰還できるよう、魔物を引き付けて戦っているパーティがある。
獲物を奪わないように脇道に逸れながら奥を目指すと、高い木々が連なっている地帯へ出る。
木々には木の実がなり、魔物ではない小動物のつがいが木を優雅に歩いている。
ここが建物の中という感覚が三人とも無くなりつつある光景を見て、散策を続ける。
暫く歩いているとセレスティアの魔力感知に複数引っかかり、一人の人物がこちらに走ってきた。
「助けて下さーい!!」
どうやら魔物に追われているようで、この前だとレルゲン達が魔物の対処をする事になる。
魔力感知ではおよそ三・四段階目辺りの魔力を持った魔物が五体。少女目掛けて追いかけているようだ。
「どうする?」
マリーがレルゲンに尋ねるが、できれば助けてあげたいといった気持ちが伝わってくる。
「助けよう。セレス、支援魔術を頼む」
「分かりました」
「マリー、俺の剣で魔物の勢いを殺す。その後に斬り込んでくれ」
「分かったわ!」
「行くぞ」
追いかけられていた少女がすれ違った瞬間、レルゲンが鉄剣を五本、浮遊剣にして上空へ射出し、魔物の目の前にある地面へ突き刺す。
追いかけられていた少女はセレスティアが抱きしめて
「もう大丈夫ですよ」
と優しく声をかける。
「でも…!あの人達が!」
「よく見ていて下さい。彼等に任せておけば大丈夫です」
突き刺した剣によって驚いた先頭の魔物の勢いが収まり、マリーが神剣に魔力を込めて斬りかかると、一撃加えただけで魔物が魔石へと還る。
マリー本人もこの性能の異常な高さに驚いた表情をするが、すぐにニッと笑い次の魔物へ斬りかかるべく走る。
レルゲンは魔物の後方は念動魔術による移動で素早く回り込み、黒龍の剣に魔力を少し込めて斬撃を飛ばす。
深傷を負った魔物が怯むと、一気に間合いを詰めて止めの一撃を入れる。
残り三体となった所でマリーが魔物の動きをいなし、レルゲンの方へと向きを変えさせていく。
三体全て脚や腕などを軽く斬りつけてレルゲンの方へ向け、マリーは巻き添えを喰らわないように離脱していく。
マリーが魔物の注意を引いている間にもレルゲンは可能な限り黒龍の剣に魔力を込め、赤い刀身となり、光が伸びていく。
「レルゲン!後は任せた!」
「よし!こっちも準備できた。セレス!防御壁の展開を頼む!」
「はい!」
防御壁が展開され、マリーが壁の後ろ側に走って滑り込む。
それを確認したレルゲンが赤い光線を解放し、三体の魔物を魔石へと還したと同時に、後ろの地面に深い谷が出来るのだった。
その光線攻撃をみた少女は、驚きと共に安堵の表情を見せる。
「助けて頂き、ありがとうございました」
ペコペコと頭を何度も下げてお礼をする。
見たところ一人だけで逃げてきたようだが、他に仲間がいないのか確認する。
「君は一人か?」
「いえ、三人で攻略をしていたのですが、魔物から逃げる時に私一人になってしまいまして」
「散り散りになったのか」
「いえ、その…」
この反応は残念ながらやられてしまったようだ。高難易度ダンジョンには残念ながらよくある話だが、運良くレルゲン達の方向に逃げてきたこの少女は助けなければ、命を落としていただろう。
「よくここまで逃げられたな。もうすぐダンジョンの入り口がある。そこまでは送っていくから、後は受付に事情を説明してくれ」
「ありがとうございます」
ダンジョンに入ったばかりのレルゲン達はまた入り口まで戻り、追いかけられていた少女を送り届けた。
別れ際に少女がレルゲン達に再度お礼を言い、自身の素性を明かした。
「私、Aランク冒険者のミリィって言います。助けて下さり本当にありがとうございました!」
「俺はレルゲンだ。これからが大変だろうけど頑張ってくれ」
ミリィが握手を交わすために右手を出すと、レルゲンもそれに応じる。
「では、"また"お会いできる事を楽しみにしています。レルゲンさん!」
「あぁ、元気でな」
最後にまたペコペコと頭を何度も下げて、ミリィは奥へと消えていった。
「ミリィ様、大丈夫でしょうか?」
セレスティアが心配そうに溢すが、レルゲンが安心させるように答える。
「一人でダンジョンに入らなければ大丈夫だと思う。あの子には気の毒だけど、攻略は中止になるだろうし、心配いらないさ」




