52話 三回目
「召子、私達の後ろへ」」
二人が召子の前に出ると、セルフィラは面白い物を見るように口元を手で覆い堪えるように笑った。
「何がおかしいのですか」
召子が警戒するように恐る恐る尋ねると、セルフィラは笑うのを中断して真顔になる。
「いえ失礼。勇者を護ろうとする魔王とその従者の構図が面白くてつい。
前に出ることに何の意味もないと言うのに」
直感的にレルゲンはセルフィラの言葉に違和感を感じ、最初に〈天の翼〉に触れた時の事を思い出す。
「マリー、よく見るんだ。
多分だが奴はまた消える。
瞬間的な移動は俺じゃどうにもならないが、君ならジャックを追い詰めた時のように、気配を探知出来るはずだ」
「だけど、あの天使は全員を同時に相手しているから、特定の動きは察知が難しいのよ」
マリーがレルゲンを見ながら、立て直しつつあった心の状態を再び揺れ動かす。
ミカエラはマリーの心が再び不安定になる前に声をかけて安心させた。
「大丈夫。セルフィラの狙いはあの翼です。であれば狙いをつけている以上、召子さんの近くに顕れるのは間違いありません。
狙いを絞る事で察知できませんか?」
「やってみます」
マリーはより鋭敏な感覚に研ぎ澄ますために瞳を閉じ、一呼吸入れて召子の周囲に意識を集中する。
(この纏わりつくように粘ついた執着の感情は、消えてから出てくるまでに何かヒントがあれば…)
セルフィラはマリーをチラッと確認したが、すぐに召子の持つ翼に集中する。
一瞬にして跡形も無く消えて召子の背後に音もなく現れる。
今度は召子も一度見た消える挙動に反応し、素早く背後に振り向きざまに聖剣を振るう。
反射的に狙いをつけて振るわれた聖剣は、セルフィラに命中することはなく、再度優しく翼に触れた。
「あと一回」
「くそ!」
メアリーが大きく悪態を吐き捨てながらベヒモスの剣を振るうが、十分な距離があったために余裕を持って飛び去る。
「マリー」
心配そうにセレスティアが声を掛けるが、マリーは瞳を閉じたまま
「大丈夫」
短く一言だけ返し、また意識を集中する。
(前は二人が抑えてくれてる、私がカバーするのはもっと限定していい)
「どうやら私を捉える為に何か考えているようですが、そう上手くいきますかね?
あと一回その翼に触れれば私の物。
防げれば貴方達の勝ちです。
しかし、現実はそう甘くはない」
三度消えた瞬間、完全にセルフィラ出現位置を先回りして捉えたマリーが吠えた。
「上よ!」
上空から急接近する影を三人が瞬時に見上げ、〈天の翼〉に伸ばされたセルフィラの右手に同時に攻撃を仕掛ける。
「おや、やりますね」
拳に魔力を込めた遠距離からの拳圧をクラリスが瞬時に放ち牽制する。
だが、セルフィラは顔色一つ変えずに不可視の盾を身体の前に展開し、一撃を難なく防ぐ。
「……! 心念の盾!」
「盾が使えるのは貴女だけではありませんよ」
「ならこれならどうだ」
心念の盾よりももっと内側に狙いを定められた重力魔術がセルフィラの右腕を万力のごとく押し潰す。
ぐちゃぐちゃになった腕の組織を見ても、痛覚を一切感じさせない表情で左手で右腕を引きちぎり、瞬間的に再生させる。
「なんて早さだ……!」
「三度目です。それでは頂きましょう、その純白の翼を!」
召子はすぐに迎撃の体制を取ったが、足が震えてその場から動けなかった。
「召子!」
思わずメアリーが召子に向けて叫んだが、召子はまるで拘束されているかの如く動くことが出来ずに、セルフィラの間合に入ってしまう。
セルフィラの表情が笑みで大きく歪む。
ずっと前から欲しかった物をようやく手に入れた子供のような、好奇心に溢れた顔。
右手が翼に触れる。
だが、触れる直前にメアリーが保険で仕掛けておいた重力魔術がセルフィラの手を止めた。
「小癪な真似を」
セルフィラが初めて苛立った声色でメアリーを横目で睨むが、重力で逆方向に弾こうとする力を強引に突破しようと手を伸ばし続ける。
触れるまであと少しと言うタイミングで、レルゲンが念動魔術を口から発した。
「捻れろ」
突如としてセルフィラの腕はあらぬ方向に強引に捻じ曲げられられ、腕を再度引きちぎって再生しようとするが、もう一度レルゲンが言葉をかけた。
「動け!召子!」
ハッとした召子がまるで金縛りから解放されたように、聖剣をセルフィラの首元に向けて斬り込む。
だが、すぐに飛び退いてその場から離れて事なきを得た。
「何度も同じ手が通用すると思わないことだ」
メアリーが距離を取り直したセルフィラに向けて言い放つが、当の本人はゆっくりと捻じ曲げられた腕を落とし、また元の腕が生え変わっていく。
「中々理にかなった連携だ。
私の位置を割り、迎撃し、保険をかけ、足が竦んだ味方を動かす。
私に挑むのであれば、これくらいはやってもらわないと困る。しかし、どうやら一歩遅かったようだ」
「まさか……!」
メアリーが召子の聖剣を見ると、そこにはまだ〈天の翼〉が生えていた。
しかし、それも束の間。
「タッチ・ザ・スティール。発動」
聖剣に生えていた〈天の翼〉は先端から泡となって消え、代わりにセルフィラの背後に純白の翼が生えていた。
「く……ククッ……クハハハハハハハハ!
遂に、遂に我が手に!
初めて一目見た時からこの翼は私の背中にこそ相応しい!そう思っていた!
さぁ、後は君達との儀式だけだ。
抵抗しても構わないが、無理矢理にするのは私と言えど忍びない。
穏やかな心を持って、私の愛を受け入れなさい」




