29話 氷上の演舞
「よし、他の天使の邪魔が入らない今すぐにでもコイツに乗ってしまった方がいいな。
次の層には必要な手段だ。
乗りたくない者もいるだろうが、勇気を出してくれ」
魔界からの二人は勇者の装備を解析して、機械のような物を自作するくらい慣れているのは勿論だが、マリーやセレスティアは抵抗があった。
「でも、コレを使わないと次の層には行けないのよね…?」
「恐らくな。他に手段があれば考えるところだが、今はコイツ以外の選択肢がない」
「…よし、わかった。乗るわ」
「マリーは勇ましいですね」
震えているセレスティアの手を両手で握ると、レルゲンを見つめ返して薄く笑う。
少しの間続けていると震えは止まり、こちらも決心する。
「ありがとうレルゲン。私も心を決めました」
「ああ、未知の物だ。俺も実際は少し怖いくらいだから仕方ない」
レルゲンは召子に振り返って、機械の操作を依頼する。
「この中で唯一と言っていいほど機械に明るい召子に操作を頼みたい。やってくれるか?」
「任せて下さい。大体の操作ならできる筈です。そんなに難しく無さそうなので」
頷いて、全員が一人ずつ乗り込んでいく。
レルゲンはマリーとセレスティアと手を繋いで半透明の筒状の機械に乗り込んだ。
「皆さん、準備はいいですか?」
頷いて返すと、起動ボタンと思われる場所を押す。
すると、先程レルゲン達を吹き飛ばした時に発生した振動を始め、周囲の砂が再び波打ちながら少しずつ広がっていく。
大穴が空き、最深層に繋がる通路が出来た後にレバーを下に傾けると、少しずつ下降を始める。
「行きますよー!」
掛け声と共に徐々に速度が上がっていき、再び真っ黒な空間を降りていく。
数分程同じ景色が続いた頃、ようやく砂の出口と思われる最深層の空の光が差し込んでくる。
「ここが最深層…」
今度は一面に水が広がり、着地できるのはごく僅かな氷が浮いている場所のみ。
極寒とまではいかないが、半透明のガラス部分に付着した結露が次第に凍っていく。
「セレス」
「はい。全員に耐寒バフをかけておきます」
耐寒バフをかけ終わり、もう少しで着地となる瞬間、無数の光の矢がレルゲン達の乗っている機械に向けて放たれた。
(矢避けの念動魔術)
筒状の機械の外周まで広げられた矢避けの念動魔術は、放たれた光の矢を全て弾き飛ばした。
一発一発に破壊の心念が細かく乗せられていたのをクラリスは感じ取っていたが、それを全て弾き飛ばしたレルゲンの技量に安心感を覚えていた。
「すぐに次弾が来る!
この機械に全員が固まっていると的でしかない。
直ぐに散る。召子、ここを開けてくれ」
「これ乗り捨てちゃうんですか?
分かりました、直ぐに開けます」
ハッチが開けられて直ぐにレルゲン達が素早く脱出すると、攻撃は一度止んだ。
空中に全員浮いて攻撃の方向を目を細めて確認すると有翼の天使が数体見て取れ、セレスティアの魔力感知にも複数の反応があった。
「お待ちかねだった訳だ」
レルゲン達が辺りを見回して降りる場所を探すが、複数の人数が満足に動けるだけの氷は無い。
瞬間的に思考を回したレルゲンは、即座に氷華に全魔力を乗せて地面へ氷結攻撃を入れる。
一瞬で凍った水面に降り立つと、再び光の矢が無数に上空から弧を描くように接近してくる。
しかし、今度の狙いはレルゲン達にダメージを与えるために発射された訳では無かった。
それよりももっと下。まるで…
「狙いはこの足場か!皆んな、出来るだけ散ってくれ!」
真意は分からないまでも、レルゲンの短い指示に従って距離を取る。
素早く全員にレルゲンを中心とした魔力糸が伸びていき、広範囲での念動魔術を可能にする。
(ロングレンジ、矢避けの念動魔術…!)
魔力糸によって強固な繋がりとなった全員とリンクし、矢避けの念動魔術を発動する。
広範囲のバリアに近い念動魔術が氷目掛けて発射された光の矢を弾く。
それでも魔術範囲外の氷に着氷すると、その部分は溶けるように崩れていき、足場を削り取った。
水柱が派手に上がり、レルゲン達の足場も釣られて揺れていく。
バランスを若干崩すが直ぐに立て直し、全員が戦闘体制に入って発射先を鋭く睨んだ。
距離は二百メートル程、有翼の天使達が聖属性の光の矢を再び発射する体制を作る。
「ハイリッヒ…
聖属性の魔術の再装填が終わり、レルゲン達に向けて手を伸ばすが、それよりも早く魔力を黒龍の剣に込めた。
刀身が伸びる手順を省略させて、初めから念動魔術で魔力を圧縮する。
「オオオオオ!!」
気合いの掛け声と共に水面に向けて黒龍の剣を解放し、大きな波を立たせて素早く氷華に魔力を通して波を一瞬の内に凍らせる。
即席の氷の盾を出現させ、レルゲンが周りに指示を飛ばす。
「出来るだけ距離を詰めたい。足場は作るから迷わず突っ込め!」
一度指示を飛ばすだけの隙を生み出し、目的を終えると氷の盾に光の矢が着弾してバラバラに崩れていく。
崩れた瞬間に氷華で天使までの距離を全て凍らせると、一瞬だが天使達が一歩引いた、気がした。
「行くぞ」
全員が駆け出して氷の床を走って進んでいく。
一度走ってしまえば止まることはもう難しい。
移動が制限された突撃だが、足場を滑るように進んでいくと、レルゲン達を迎撃するべく再び光の矢を発射する。
しかし、全員分を繋いでいる矢避けの念動魔術が全て明後日の方向に矢を飛ばしていくと、今度は足場を狙った攻撃に変更された。
足場攻撃よりも速く到達しなければ、忽ちレルゲン達は足場を失い分断されて負け。
それよりも速く到達すれば対等の勝負の開始となるシンプルなやり取り。
足場の悪い中、攻撃よりも更に速く到達するためには速度がいる_それももっと広範囲に移動しながら。
思考が加速していき、飛んでくる矢がスローモーションのように緩やかになっていく。
即座に矢の起動を読み切り、レルゲンは繋げている魔力糸から更に蜘蛛の巣状のネットに近い形状の魔力糸を出現させて、前方に付着させる。
「魔力糸で加速する!転ばないように注意してくれ!」
全員が腰を落として加速に備えた瞬間、一気に魔力糸を魔力操作で縮めることで瞬間的に速度を上昇させる。
まるで自分の意思で滑っているかのような滑らかな魔力操作は、全員転ぶことなく有翼の天使目掛けて一気に距離を詰めていった。




