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魔法好きくんの流され最強譚~平凡教師の悪夢を添えて~ 3話

 この世界、一生町から出たこともない人間も多い中、5歳の子供が旅をする、なんてことはあり得ないことだ。

 町ごと襲われ命からがら、なんていうことがあればそんなこともあろうが、それでも隣か、その隣の町までというのが精一杯。隣の隣の領までなんて、成人でもなかなかない。


 そんな世界だから、行く先々でかなり同情的な目で見られた。こっちは物珍しいやら何やらで、ウキウキしていたんだが。


 母さんの美味しいお弁当は、すっかり空になったので、入れ物をお礼と感想の手紙と一緒に、あの日に町から送った。

 今ごろは届いているだろうか。泣かずに笑っていてくれたら嬉しい。



 そんなこんなで、僕は七泊八日の行程の、初めての長旅を終えた。


 到着した街の名はアルギエバ。

 僕の住んでいたシュティア領・アマテルよりも大きな街だ。

 ここにゼビウスじぃちゃんの従兄が住んでいる。


「と、いうか、自分の住んでた領の名前も初めて聞いたー」

「そうじゃったかの? ラーシュ。まぁ、そこに住む民は、領主周辺の者の顔も知らないもんじゃ。実体験できるのは良いことじゃよ」


 僕は、窓の外を流れていく街の様子を観察しながら、一人言を言ったつもりだったのだが、ゼビウスじぃちゃんはきちんとした解説を返してくれた。


 それで、僕は窓から離れて、後方の座席にどっかりと座るじぃちゃんの向かいの席に、ちょこんと座りなおした。

 あの日から暫くは、ずいぶん過保護になったじぃちゃんだったけれど、今はもう元通りだ。それでもとても孫に甘いじぃちゃんであるのには変わらない。


「今日は、すぐにグリンドゥの大伯父様の所に行くの?」


 じぃちゃんはコクンと頷いて、先触れを出しておるからの、と言った。


「本人は忙しくていないかも知れないが、しっかり用意はしてくれているはずだ」


 この街に住むクヌート・グリンドゥ氏が、件のゼビウスじぃちゃんの従兄だ。

 このアルギエバを含む、リューフ領を治めるフェルゼン伯に仕え、この街を治めていた。

 今はその息子がここを治め、従兄氏はフェルゼン伯の相談役のようなものをしているという。

 領の名前はあまり聞き覚えがないが、フェルゼンという名前には何となく聞き覚えがある。どこの本で見たんだっけな……。

 だけど、それはつまり。


「……うちより相当エラい人じゃないか」

「そうじゃの。まぁ、だからこそウチの愚息は嫌っておったのじゃろ」


 グラヴェル家はシュティア領の領主軍に代々勤める家柄だが、領地はなく、ただただ領主に仕え、武力として頼りにされている。

 完全に武力のみで成り立った家だ。

 故に、じぃちゃんの従兄の頭を使う出番はなかった。だから他領に出るしかなかったのだ。


 しかし、そこで終わらず、自らの才覚を認めてくれる主を見つけ、その期待に応えたからこその、この活気ある街なんだろう。


 これは何度も自慢されるわけだ。

 自慢じゃなくて、例えだとじぃちゃんは言うけれど。そこも、バカ親父からの嫌われポイントだったろうと思うよ。



 屋根に荷物をくくりつけた、2台の馬車は、アルギエバの街の町長の屋敷へ進む。


 重い本や貴重品は床下へ。馬車の床下収納は前世含めて初めて見た。こんな機能があったのか! と浮ついたが、未だ馬車を詳しく見れてはいない。足まわりの魔法陣が見たくて潜り込もうとして、止められてから近寄れないからだ。


 街に入ってから、やや速度を緩めた、そのガタガタという音とも、もうしばらくでお別れだ。

 嬉しいような、寂しいような、そんな気分で屋敷の敷地内に入った。




 ◆




 馬車から、じぃちゃんに続いて降りると、そこにはグラヴェルの家より、少しだけ立派な門構えがあった。

 意外だ。これだけ発達した街の町長の家なのだから、もっと凄いと覚悟していた。これは、ここが質素なのか、あのうちが見栄っ張りなのか。


 その、表情を読まれたらしい。


「……両方だの」


 じぃちゃんがポツリと、息を吐いた。


 仕立ての良い服装をした使用人たちが出迎えてくれる中、共に旅した傭兵たちと、下っ端の使用人たちが荷物を運んでいるのが見えた。

 旅の間は全員で協力して、食事や休憩の支度をした。同じように手伝おうとしたら、止められた。


「客として呼ばれたところに着いたなら、雑事は人に任せなければならない。使用人たちの仕事を奪ってしまうからな」


 じぃちゃんは、子供に対してではなく、単に不馴れな人間に嗜めるように、物事を教えてくれる。だから反発心は起こらないし、なんでも素直に聞ける。


 じぃちゃんは、僕の目標だ。前世で教師として出会えていたら、師と仰いだだろう。

 もちろん、今世でも、いつかこんな人になれたらと思う。


 そんなやり取りをしていると、出迎えてくれた人たちが、柔らかな微笑みを向けながら、ご案内します、と言った。


 これから共に過ごす人たちだ。

 期待と不安と、だけれどもやはり期待の方を強く持ちながら、彼らのあとをついていった。



 連れられて行った先にあったのは、応接室。

 豪奢ではないが、要所々々に、高価なものが使われているのがわかる部屋だった。おかげで落ち着いたセンスの良い場所になっていて、金銀宝玉で飾られるよりもよほど高級感があり上質だ。


 じぃちゃんが、案内された二人掛けのソファに座ったので、その横にちょんと腰を下ろす。

 すると間もなく一組の男女、そして僕と同じぐらいと少し年上ぐらいの男の子がやって来た。


「ようこそ、ゼビウス・グラヴェル様。私が当主のアルヴォ・グリンドゥです。こちらは妻のローゼ=マリー。そして私の子達です。我が家にお迎えできるのを、大変名誉に思います」


 男性は一礼すると、自己紹介をしてから、じぃちゃんに手を差し出した。それを見たじぃちゃんは、立ち上がって右手を差し出す。男性はそれを両手で受けて、握手した。

 この辺りにも、細かい礼儀があるんだろうな、と思いながら僕は見ていた。


 っと、座ってるの僕だけだ。立った方がいいかも。

 慌てて立つと、目を細めて見られ、


「こちらが、ラーシュ君ですか? 利発そうな子ですね」


 などと言われた。お辞儀してから、相手の目を見ながら「ラーシュ……です」と挨拶する。

 危ない、もう少しで、家名を言うところだった。これから慣れていかなきゃな。


「まぁ! なんて礼儀正しく賢いのかしら! うちの子達より、年下なんでしょう?」


 ご夫人がかわいい声をあげて、満面の笑顔で近寄ってくる。僕の手をとって、よろしくね? と首をかしげるしぐさは、見た目の年齢より幼い印象だ。

 初見では、つり目で黙っているとキツそうに見えたが、なかなか愛らしい方らしい。思わず、はいと微笑み返す。かわいい! と抱き締められた。


「子供たちは長男がロドリク。次男がヨエルですわ。8歳と6歳ですの」


 ご夫人が子供たちを紹介してくれる一方で、じぃちゃんと男性、アルヴォさんの会話が進んでいる。


「この子は5歳になったばかりですな」

「5歳! 大したものだ! ゼビウス様のご指導の賜物でしょうが、よくこんな子を手放す気になれたものだ……」


 じぃちゃんの言葉に、驚き、そして苦慮するような目をするアルヴォさん。

 そのあと、気を逸らすように、従兄氏も、今こちらに向かっていて、そろそろつく頃だと、続けた。


 そこに、なぁ、という声が入った。


「おれ達、庭で遊んでていい?」

「3人で!」


 ロドリクとヨエル兄弟はさっそく飽きたらしい。ヨエルは僕の方を見て、ワクワクしているようだ。


「あらあら、もう。大人しくしてるという約束だったでしょう」

「だってこれから大人の話するんだろ? おれ達じゃつまんねーよ。な、仲良くするからぁ」

「ラーシュくんは旅で疲れてるのよ」

「じゃあ余計に大人の話なんて疲れそうなとこじゃなくて、遊んで待ってりゃいいじゃん」


 困ったようなご夫人の顔に、ゼビウスじぃちゃんの方を見れば、ゆっくりと頷いてくれた。

 僕はにこりと笑って、


「うん。二人と遊んで待ってます」

「あら、ホント? じゃあお話しが終わったらみんなで迎えに行くわね」

「はい」

「やった! 行こうぜ♪」

「お庭はこっちだよ」


 そういうことになった。



 ◆



 グリンドゥ家の庭は、花ざかりだった。ご夫人の趣味で作られているそうだ。


「あっちの噴水の所が開けているから、そこでなんかしよーぜ」

「ぼく、たか鬼がいいな」

「噴水には登るなよ。こないだ落ちて、怒られただろ」


 色とりどりの花の中を進めば、白くシンプルな噴水の側に出た。その周りは僕たち三人が駆け回っても十分なスペースがある。


「目ぇ瞑って、片足を出せ。右と左、少ない方が鬼だ」


 いっせーので、だんっと片足を前に出す。兄弟が右と左。僕が左で、右足を出したロドリクが最初の鬼になった。

 噴水の周りにあるちょっとした飾りなんかに飛び乗って、ワーワーと遊んだ。

 楽しい。現世で同じぐらいの年頃の男の子と遊んだのは初めてだった。


 ひとしきり遊んで、ヨエルの休憩、という言葉で噴水の縁に並んで座る。


「ああ、楽しい。これから僕、ここに暮らすなら毎日こうして遊べるのかな」

「あー、ここに暮らすならな」


 ロドリクのその言葉にキョトンとする。


「え?」

「ん? だって、お前、領主様のところに貰われていくんだろ?」


 僕は凍りついた。




 ◆




 転げるように走って、何とかたどり着いた応接室では、じぃちゃんが戸惑いの声を上げていた。


「本気か? 養子? ラーシュを?」


 その前に居たのは、銀髪を撫でつけた、じぃちゃんと変わらないぐらいの年の、けれども学者のような雰囲気でスラッとした体格の人だった。カッコよくて、アルヴォさんに何となく似ている。つまり、この人が。


「ああ。私の血縁で、魔術師の素養持ち。彼が適任なんだ」


 穏やかな話し方で、信じられない話題をしている。

 ロドリクの聞き間違いじゃなかった。

 僕は、別のお家に養子に出される?


「ラーシュは、まだ5歳なんじゃ。家から出されたばかりで、家族とさらに離れなきゃならんのか」


 じぃちゃんは、少し青い顔で、きっと従兄らしき人を問い詰めていた。その人はゆっくり首を振ると、労わるように話を続けた。


「だからゼビウス。君にも来て欲しい。領主邸で軍の顧問をしてくれないか」

「ワシもだと?」

「シュティア領の前々軍団長。今も勇名轟くゼビウス・グラヴェルが軍事顧問に就いてくれるなら、こんなに嬉しいことは無い」

「ワシはもう引退した年寄りだ」

「それなら私もだよ」


 話は平行線のようで、よく見るとグリンドゥの夫妻がオロオロとしていた。

 僕はゆっくりと応接室に足を踏み入れる。


「じぃちゃん……」

「ラーシュ!」


 じぃちゃんが駆けつけてきて、僕をぎゅっと抱きとめた。


「僕、よそに出されるの?」

「いや、そうじゃないぞ、ラーシュ」


 じぃちゃんのその言葉に俯けば、人が近づく気配がした。


「君がラーシュ君かい? 私がゼビウスの従兄の、クヌート・グリンドゥです。このアルヴォの父親ですよ。どうぞよろしく」


 穏やかに微笑むその人を振り仰ぐ。スラッとした体格は、姿勢がいいので、痩せているのでなく引き締まっているように感じる。目元はじぃちゃんと似ていて、鋭いはずなのだが、笑いジワと柔和な口元のおかげで、優しい印象がする。

 はっきり言おう。めっちゃカッコいいお爺ちゃんだ。じぃちゃんとは、タイプの違う『先生』という感じの。


 それがじぃちゃんの従兄、クヌート・グリンドゥ氏だった。


 圧倒されるような感じがして、なぜか、冷静になれた。


「あの、なんで養子なんて話に」

「うん。最初から話そうか」


 クヌート氏は僕たちをソファに促すと、事情を話してくれた。


 リューフ領主のフェルゼン伯は愛妻家だ。

 だが、奥さんが二人目の娘さんを産んだとき、もう子を望めない体になってしまった。

 旦那さんは新しい奥さんを迎える気はないし、彼の親類の男の子は、嫡男しか残っていなかった。奥さん側の親類に相談していた所だったが、それもちょうど良い子は見つからない。

 娘が継ぐには良い婿が必要だ。そこで、グリンドゥ家にも問い合わせが来ていた。


「この家には男の子が二人いるからね。しかも上の娘さんはヨエルと同い年だ。けれど、彼らには少し荷が重いと思っていてね」

「あの……僕にも荷が重いです」


 クヌート氏はふふ、と笑う。


「そんな受け答えができるのに? 君は十分に候補だよ」


 そう言われて、僕は首を引っ込めた。夢の影響か、僕は年相応の受け答えができない。今まで同年代の友達がいなかった。その影響もあるだろう。

 気まずげに目を逸らす。


「しかし、婿候補というなら養子というのは……」


 じぃちゃんの言葉にクヌート氏は、うん、と頷いて、冷めたお茶を呷った。


「フェルゼン伯の意向でね。魔術師の才能がある子なら、養子に取りたいと」

「それは……」

「リューフ領としては戦力はいくらでも欲しいからね」

「戦力?」


 おかしな話だ。一領地が戦力、だなんて。

 だけど、続けられた話に納得しつつ驚くことになる。


「リューフ領はフェルゼン大森林に面する辺境領だ。対魔獣への戦力はいくらあっても足りないよ」


 そこでやっと僕はフェルゼンという名に聞き覚えがあるような気がしていたのに、聞き逃していたことに気が付き、後悔した。


 リューフ領というのは正確な名前なのかもしれない。けれど一般的にはこう呼ばれるのだ。


 フェルゼン辺境領。

 この国随一の領土と戦力を持つ大領地。


 まさか、そこに、養子に?


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