32話 ライリアという少女①
岸川邸 応接の間
時は少し遡る。
岸川新内閣が成立した直後、日本と付き合いのある各国からはお祝いの言葉や使者が送られていた。
「リマ国のアンベールと申します。この度は岸川閣下、総理大臣の就任おめでとうございます。御祝いとして、ささやかながらこちらを頂ければ………」
そう言って、アンベールは貧相な壺を岸川へと渡す。贈り物としてはあまり良いものではないだろう。ただし、中に金銀財宝でも入っていれば話は別だ。
「ふふふ、ありがとうございますアンベール殿。貴方とは良い関係が築けそうです」
お互いに嫌らしい笑みを浮かべて、そんな会話をしている。こんなことがバレたら大変なことになるが、この会話を聞いているのは岸川家に古くから仕える使用人だけだ。バレることなどほぼあり得ない話であった。
「ところで岸川閣下、使用人などに悩んでいたりしませんかな?先ほどの壺だけではわたくしめの貴方様への誠意をお示ししきれていないと思いまして……」
「とんでもない!先ほどの壺で十二分にお気持ちは伝わりましたとも。……ですが、もういらないと断るのも無礼になってしまいますからねえ。……ふふふ」
更に両者の気持ち悪さがアップする。葉名がこれを見たらきっと泡を吹いて倒れてしまうだろうほどに気持ち悪くなった両者は、さらに話を続ける。
「それは良かった!………おい!入ってこい!無礼の無いようにしろよ!」
アンベールがそう大声で呼びかけると、ドアをコンコンとノックする音が聞こえた後、何者かが部屋に入ってくる。
「失礼いたします」
「お、おおお……」
部屋に入ってきたその何者かに岸川は目を奪われる。
サファイアのように美しい髪と瞳。
絹のように滑らかできめ細やかな肌。
顔は、表情こそ無機質で感情を感じさせないものの、端正で引き込まれてしまうような魅力があった。
要するに、絶世の美(少)女。
「なんと美しい……」
思わずそうもらした岸川を見て、アンベールは気持ち悪さを倍にした笑みを浮かべつつ話し出す。
「お気に召していただいたようで、何よりでございます。この女は、よく言い聞かせておりますが故、主人に絶対に逆らいませぬ。お好きなようにお使いいただければ……ほら、挨拶をしろ!」
アンベールがそう少女に促すと、少女が口を開く。
「お初にお目にかかります、岸川閣下。私の名は、ライリア・セールフアラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って深々と頭を下げる少女に、岸川は嫌らしい笑みと共にねっとりとした視線を向けていた。




