#63 囚世:乖離虚域 part7
準備段階の話。
ここから本格的にシナリオが始まります
シュヴィの勧めにより高所を目指した俺は、この世の覇者にならんと気炎を吐きフィールドを睨め付け支配による統一を目指す──────
なんてことには結局ならなかった。
それが現実であるならば、あるいは俺がNPCであるならば。高所からの展望は確かに優良な選択であろう。だが、プレイヤーならば話は違う。どれほどリアルとはいえ、ゲームに過ぎないその世界は、「ゲーム的枠組み」という規定が絶対的な秩序として存在する。
その絶対性の下成り立っているマップという名の機能は、現在の状況を完全に打破しうるポテンシャルを持ち合わせているのだ。
「とはいえ……広いなぁこのフィールド」
マップの形を見れば最大の目的地の位置は一目瞭然であるはず。
では何が問題か?
従来の【枯れた栄華の墓地群】として、覆い被さるように存在するこの〘乖離虚域〙。1フィールドをそのまま元としているからこその状況。
広い、というか広すぎる。マップに全体像が収まりきらないのだ。
マップは、一度通過した地点を中心に、円を描くように地形データを収集するシステムらしい。つまり未踏のこのフィールドでは、データ不足によりマップが使い物にならないということ。
今必要なのは、マッピングの時間というわけだ。
その存在を話せばシュヴィの考えも変わる。にこやかに『そうやって人は利便性という檻に囚われていくのですね』と俺の考えを褒め讃えていた。きっと高所に登るという考えを改めたのだろう。
シュヴィも納得した事だし、さて、マッピングを始めよう……という訳にもいかない。
不幸にもここは十字路の中央。道の両端は、高く積み上がった立方体により挟まれているため、行き先は見えない。
どの道に進むべきか?4分の1の選択だが、ここで選択を間違えると後で酷い目に合う気がする。
さて、どうしようか───と始まった俺たちの思考が驚愕と疑問によって阻まれる。
『?───これは……!』
「?───これは……?」
シュヴィと俺。2人が2人、あるものに気がついた。そして訪れる、異なった感情。
その両者は大きく異なっていた。しかし期せずして、反応が共鳴する。
俺が気にしたのは、ポーンという軽快な音と共に初めて更新されたクエストUI。クエスト名のみ映し出されていたウィンドウに、新しく命令が浮かぶ。
〘クエストアナウンス:Uが今向いている方向を北とし、これ以降の命令を行う。まずは東へ〙
少し違和感のある口調。そして何故今更更新されたのかという疑問。少なくとも、門番に転送されて数分は沈黙を保っていたそのUIが今更声を上げる理由。
頭の上に多数「?」が浮かぶが、クエストが進むべき道を示すのならば好都合というところ。まだ序盤だ、さっさと進めてしまおうと顔を上げ正面を向き───
『マスター!後方に
────────────パァァァァン!!!!
敵が!!!』
視界外からの凶弾。
後方から鳴り響く銃声。
音が耳に叩き付けられる。そのショックに揺れそうになる身体。
ノールックを保ったまま身を捩れば、頬を擦りそうな距離を通過していく弾丸が。風切り音が聴こえる。
普通の人間ならば、硬直した隙に脳天をぶち抜かれていただろう。だか、俺は生憎『戦シ者』経験者!
見えてないとはいえ、避けるのはさほど難しい事ではない。そのための下地は十分整っていたのだ。
行動が共鳴したがゆえに、明確化された俺とシュヴィの感情の差異。その違和感は大きかった。シュヴィの驚きを含んだその声は、俺を警戒させるに至った。
そして何より大きかったのは、経験だ。
「ノールック回避は『戦シ者』初級テク!殺りたきゃ跳弾込みで13段構えくらいは必須だぜ!?」
銃声の反響から、発射位置を特定する技。
視認せずとも攻撃を避けられる、エコーロケーションという能力である。そして聞いてからでも回避を可能とする驚異的な反射神経が、この結果を引き起こした。
奇襲を避けたその事実に若干調子に乗りながら振り向いた視線の先に存在していたのは
「!」
間接的な表現をするならば多数の警官というものであった。
その数、1…2…3…4…5…
「50ぅぅぅ!?!??」
直接的にいえば、軍隊というものである。
道を覆い尽くすかのように並ぶ銃口。
幸か不幸か、脳裏に残っていたのは、東へ行けというUI。
「ちくしょう、兜のせいで若干音が消えてやがった!!あんなに数居て気付かないわけがあるかよ!」
キレ気味に兜を脱ぎ捨てインベントリへとぶち込み、飛び込むように角の奥へ。
景気のいい連射音と共に、逃避行が始まった。
「1対50なんてやってられるか」と嘆きながら、Uは追憶の都市を駆ける。
◆
「うーん、門番の転送をくらったみたいだけど、皆はどこかな?」
困り顔で一人立ち尽くすのは、シーアその人である。
UやAliceと同じく、〘乖離虚域〙へと降り立ったシーアであるが、Uとは異なり情報源を持たない。
そんな彼がまず情報源として利用したのは、外部ウィンドウであった。端的に言えば、「NEO内でAliceの配信を見よう」ということである。意外かもしれないが、これはNEOとしての機能ではないVR機体由来のもので、メーカーによってその有無が異なっている。その優位性を、シーアは活かそうという訳だ。
「『やっほー』っと」
Hn and M:シーアさん!?
(^o^)nlm:シーアさんや!ここ何処か教えて!!
桃にょ木:シー様!!すち
アリスへとコメントを投げかけた途端にチャット欄のギアが上がる。大幅に加速し、秒もせずに流れていくコメント。「あーあ、埋もれちゃうかな」と思ったものの、よく見ればチャット欄上部に固定されたのが見えた。優秀なモデレーターである。
『え?シーアさんが来てる?あ。ホントだやっほー。』
『……え?それだけ?情報共有しようってことよね?』
「あ、ごめん」
困惑した表情のAliceを見て、少し適当過ぎたかと思う。しかし会話せずともその映像からは多くのものが見て取れた。
画面奥に並んでいるのは多数の柱だ。無数に存在する柱が、正方形のフィールドを形作っている。有名どころで言えば、まさにパルテノン神殿に似た形状だ。
(フィールドギミック……?謎解き系のクエストかな?)
様々な可能性が浮かんでくる中で有力であるのは、『フィールドギミック』であった。フィールド上に点在する、謎解き。それらをクリアすることで、最終目的地が現れる形態のクエストではないかと推測する。
「よぉし、俺も探しに行こうかね〜」
意味は無いが気付けのために屈伸と伸びをする。
そうして歩き出し、数歩。
エンカウントは唐突であった。
「────」
忘れることなかれ、これはレジェンダリークエスト。
「語り継がれ伝達されていく説話」の真実に迫るクエストだ。
そして勿論、難易度も「伝説級」。その超越せし存在も、伝説たる所以。端的に言えば、恐ろしく強い徘徊MOBがフィールド上に存在するのだ。
そしてその理不尽は、時と場所を選ばない。
《警告:〔地平を踏み鳴らす虚構【幻象】〕が出現しました。周囲の生命体及び機械は、死を覚悟することを推奨します》
「象!?」
まず感じたのは、『影』。どこからか生まれた超大なそれが、その存在を示唆した。
ギリギリ跳んで避けた瞬間、数秒前の空気が潰される。その際に視認したのは、巨大な脚のようなそれ。円柱型で、無数の皺が刻まれたそれは、象のものとよく似ていた。
『鳥!?』
そして同じような驚愕の声が、視界端のウィンドウから聞こえる。そしてその方に目を向ければ、クエストUIも変化を見せていた。『クエストアナウンス:シーアが今向いている方向を西とする。西へ逃げて』と言うのが見える。
後ろを向けば、再びその脚で踏み潰そうとしてくる象が一体。その高さ、脅威の40m。そして全長は、60mにも及ぶ。周囲の建物を蹴散らしながら、再びその矮小なるを滅ぼさんと脚が上がる。
「おいおいおいおい!ちょっとデカすぎやしないか!?」
同じ時刻、しかし違う場所にて、鬼ごっこの開催だ。片方は捕まれば蜂の巣にされ、もう片方は捕まったら潰されて死ぬ。
さぁ、一目散に───
◆◇◆
──────5分前
Aliceに続いて2人目が転送される。
その乙女は、迷いなく目前の建物に足を踏み入れた。
重厚な雰囲気の重いドア。軋みなからも押し開けると、途端に広がったのは本特有の匂い。
彼女はそれが好きでも嫌いでもなかった。
(図書館……ね)
複数の階に分かれているらしいこの図書館のグラウンドフロア。本棚が乱立するその中央、少しわざとらしく、スッキリと開けた場所がある。
中に入り歩みを進めていくと、ひとりでにドアが閉まる。しかし其方に目を向けることなく、少女は中央へと向かう。
そこにあったのは、5つの大きなテーブル。横に並んでいる。
それらは全て正方形で、ガラス製なのか透明であった。
手前に椅子が1つ置いてある。
誘われるようにその椅子を引き──────
「ようこそ【帝国図書館】へ。おめでとう、ここは〘乖離虚域〙の基盤。あなたがこの物語の主役です。そして、私は──────あなた達侵入者を駆逐するためここに居ます」
──────座った。
テーブルを挟んで対面するは、光を編んだような金髪の少女。修道女のような格好をした彼女は、そう言ってにこやかに微笑んだ。
そんな少女とは対照的に、彼女は極めて冷静な表情を保っていた。
「対戦よろしく。私が相手で気の毒ね」
Lilyと少女は席に着いた。
クエストの「本編」が始動する。
いいねとか感想とかくれると作者はよろこぶよ
ちなみにこの基盤は前の[────]と違います。
ですが、乖離虚域の基盤は一対一対応で存在します。
つまり…?
◇
感想返しより。
少し描写を変えたので、変更前の情報の読者様へ向けてです。
実は追憶の聖典ってちょっと役割位置が特殊でして。内容が少し「事実」と改変されていたり、精密な描写が出来ていなかったりします。ここで重要なのが(前の)文章が前章に位置していると言う点です。追憶の聖典における前章というのは、本編が書かれてから数十年後に追加されたもので、その時間の隔たりの分、描写が乱雑になっています。聖典の本編(というと少し語弊がありますが)では魔女と乖離虚域に対する描写が大量に存在し、その「理由」を考察することでその存在意義が分かります(ですが、世界の構造の開示が不十分なので、現時点では恐らく難しいと思います)。また追憶の聖典は重版されて島全土に流通しているものです。
そして面白いのが、その本編の著者が聖女自身であるということ。つまり、追憶の聖典は聖女自身が必要とした物なんですね。
ちなみに光の聖女=魔女ではありません。魔女は乖離虚域内(語弊あり)に封印された存在で、光の聖女はその封印を維持するために管理を続ける存在です。
あと神殿は大聖堂ではないです。この章はそれなりに長くなる予定なので、まだ大聖堂は出てきてないですね




