タイムリミット
登代、カストル、【宝物の瓶】。動くに動けない中、それぞれの契約者達が真っ先に行動した。
瞬時に転換し、登代の元へ戻る【混迷の爆音】に、三成が数発の弾丸を放つ。精霊の補助が無くとも、数撃てば当たるという寸法だ。
『敵となるか味方となるか、選びませんか?』
「私の好みは中立なんだがね。」
やむなく対応する事で、足が止まる【混迷の爆音】。カストルの気絶による事故を防ぐ意図だったが、その隙を我がものにする為に飛び出す者が一人。
木陰と暗闇を選んで移動し、登代の近くまで来ていた真樋だ。彼女の肩に乗るカストルの下半身を狙って蹴り込めば、バランスを崩した精霊は放り出される。
自然、抑えを失った刃は、登代の首に吸い込まれていく。
『止めてください、トゥバン!』
鈴の音のような叫びとともに、轟音。【宝物の瓶】を穿ち、地底へと駆け抜けて行った雷。
強い衝撃と強いられる硬直に、ネクタルの効果は消えていないものの、グラリと揺らぎ伏せる狩衣の精霊。
「登代は殺させないわ、まだ話が終わってないの。」
「話?知り合い?」
雷の余波で朦朧とする登代を引き寄せ、地面を二度、強く蹴った真樋が問う。
すぐに【浮沈の銀鱗】が浮上し、背中に二人を乗せて回遊する。迂闊に近寄れば地中に逃げられる。燕尾服の精霊も、巫女服の精霊も、動向を見守るしか無い。
「答えてくれないのかな?」
「人をいきなり攫って来るような悪い人に、何も教える必要は無いわ。」
「あれは、そこの黒いのの指示なんだけど?」
「カストル?」
『いや、兄弟。今は目の前の問題に集中しようぜ?な?』
いつの間にやら、三成の肩に戻っていた精霊に、いっせいに視線が集まる。グイグイと三成の顔を押して、正面を向かせた精霊に、契約者はため息を吐いた。
「それも後で聞くとしようか。そして少年、君の目的を聞かせてくれないかね?我々の争う必要が見つからない。」
「簡単な意趣返しだよ、この精霊のね。」
『勝手に責任を押し付けるな、と言いたげですが?』
足場になっている精霊を示す真樋に、抗議の感情を感じた【混迷の爆音】が訂正を持ちかける。
それに肩を竦め、真樋は続けた。
「まぁ、僕の意向もあるにはあるけども。牡牛座の精霊、双子座の精霊、山羊座の精霊。その契約者を排除してやろうと思ってね。」
「なるほど、意趣返しか...何をやったんだい、カストル。」
『いやぁ、恨まれる筋合いは...OK、認める。あるよ。でも俺のは些細なもんだろ?』
真樋に睨まれながらも、抵抗を試みるカストル。とはいえ、真樋とて勘が悪い方ではなく、彼の仕業だと推定できる物が多すぎた。
それを察したカストルは、こりゃダメだとでも言うように、三成の肩を叩く。
『諦めようぜ、兄弟。』
「誰に似たんだか...」
『お嬢ちゃんに鏡を貸してもらうか?』
「遠慮する。私も死ぬわけにはいかないしね、彼は排除しよう。カストル、ハンティング。」
この場の何よりも早く、登代を巻き込まない一撃。回転する鉛玉が空を裂き、真樋の肩を貫いた。
真樋が痛みに登代を離した瞬間。彼女は彼を蹴り出すようにして精霊から飛び降り、空中で【混迷の爆音】に抱き止められた。
「いい着地だわ、【混迷の爆音】。」
『このまま大人しくして下さっても、よろしいのですが。』
「貴方、冗談が下手になった?」
『左様ですか。』
契約者を下ろし、笛を担ぎ直す【混迷の爆音】。辺りを睥睨するその目は、この場において尚、絶対強者である立場を揺るがさないと確信した目。
二柱と契約した者、手を組んでいる者たち、それを前にあまりに不敵なその精霊に、一瞬周りが躊躇した。その一瞬のうちに、一番の驚異である龍に襲いかかる。
『届く...!ヴァアアァァ!』
頭へと密着させた状態で、その笛を全力で吹き鳴らす。地に落ちるとまではいかないものの、その首を大きく横に流したその龍に、空で回転して笛を叩きつける。
先制での攻撃はそこまでであり、龍鱗に阻まれた感覚を惜しむ間も与えず、弾丸が横腹を抉る。僅かに意識を失っていたトゥバンも、【混迷の爆音】が落ちるより早く、尾で叩き落とした。
「無事?」
『えぇ、この程度なら問題ありません。』
「本当にタフな相手の様だね。カストル、いけると思うかい?」
『さぁて、な。そろそろタイムリミットじゃねぇかなぁ...』
口角を上げてはいるものの、冷や汗が伝う感覚を隠す余裕も無く、カストルは天を見上げている。
北の空、点滅する十四の光。弥勒と【純潔と守護神】に緊張が走る。
「離脱も視野に入れて動こう。」
「させるとでも?【宝物の瓶】!」
『Roger、マスター。』
右手に小太刀を、左手に瓶を持った精霊が疾風の如く接近する。落とされる雷を回避し、放たれた弾丸を瓶に入れ、蓋を開けて放つ。
カストルの風によって弾丸の位置を把握し、三成は弥勒を抱えて身を投げ出す。近くの地面が爆ぜ、弾丸の着弾を告げると共に、首に冷たい感触。
『Good bye、不明の契約者。』
「明かそうとは思わないんだね?」
カストルが小太刀をその身で抑えた間に、右手に持つベレッタ90-twoを真樋に向ける。契約者の命を握り合う状態に間に合った。
「カストル、動けるかい?」
『いやぁ、少し...キツいな?肩が逝っちまったよ。』
「ふむ、本当に私に出来ることが限られて来たね...送っておいて良かった。」
『何しでかしたんだ?』
「君よりマトモだとも。」
射線を切れないかと動く真樋に、照準を合わせ続けながら、三成は立ち上がる。木立により、僅かに首筋に紅が引かれたが、顔を歪めることも無い。
刀身を伝う血が先へと達し、一滴となって地面へ吸い込まれる。その瞬間、電光を放つ鋭い蹴りが三成の頬を掠め、小太刀を高く吹き飛ばした。
『...What?』
「忘れてたのかしら?私もいるのよ。」
「助かったよ、弥勒くん。」
すぐに引き金を引いた三成の手元から、螺旋回転をする弾丸が風と共に駆け抜ける。咄嗟に木陰に走り込んでいた真樋だが、大きくズレて撃たれたそれは緩く弧を描いて横から飛来した。
『油断するな、夜道怪めが!』
「いっ...!」
足を払う【浮沈の銀鱗】のおかげで、こめかみを狙っていた弾丸は耳を貫いて飛んでいく。
そのまま地面に倒れた真樋も、すぐに背に乗せて【浮沈の銀鱗】は三成に迫る。
『飛び降りるなら早くしろ、小僧!』
「無茶な...!」
市街地を走る車程度には速度が出ている。しかし、落雷や弾丸が集中しそうな精霊に乗り続けるなど、自殺行為だ。
仕方なく飛び降り、受身を取った真樋は周囲を確認する。
目の前、【浮沈の銀鱗】が挑むのは、【宝物の瓶】を抑える弥勒と三成。ネクタルの効果が切れてきたのか、ぎこちない動きの精霊は一人のままでは制圧されていただろう。
後ろ、轟音に振り返れば怪獣大決戦。暴れ回る【母なる守護】に、トゥバン。その被害が周囲に広がらないように度々笛を叩きつけるのが【混迷の爆音】だ。
つまり、横に残るのは...無防備な登代、ただ一人。
「あら?何か用かしら?」
「言ったろ?意趣返しさ。」
「そう、逆恨みね。ただその子の心意気が弱かった、それだけでしょう?」
「そうだね、満たされた者に闘争は無理だ。だからこれは、ただのエゴだよ。僕のエゴに付き合って...死んでくれ。」
ただそれだけ述べた真樋に、一瞬だけ驚いた登代は再び微笑みを湛えて告げた。
「...貴方、私たちの中で一番狂ってるわ。」
「そりゃどうも。」
人を殺すのは、道具等無くてもとても簡単だ。少し殴りすぎた、少し息が出来なかった、それだけで易く壊れ、死んでいく。
高校生の体格としては、真樋は細くとも高い。人一人を押さえつけて殺すくらいなら、訳なく行える。襟を掴み、足を払って押し倒すと、躊躇なく首を掴みに行く。
目の前で死んだ寿子からは、NPCと同じ気配しか感じなかった。プレイヤーという概念さえ疑わしいと思える今の心境ならば、自分の手で誰かを殺すのに戸惑いは無い。
「う、ぐ...」
「随分細いね、まるで何日も食べてないみたいにさ。」
片手に収まるほどの首は、このまま力を加えれば折れてしまいそうにも思える。指先が白くなるほどに込められた力は、彼女の細腕に振り払うのは不可能だ。
故に首にある手には構わず、真樋の鳩尾に向けて、息を吐いたタイミングで手刀を差し込んだ。力が抜けた腹から、横隔膜を押し出すことで強制的に吐息させる。
一瞬だけ訪れる、酸欠にも似た感覚と鋭い痛み。それに緩んだ握力から、登代が抜け出して押しのける。互いに数回で呼吸を整え、すぐに立ち上がる。
「慣れてるみたいだね?」
「力で敵わない事なんて、常だもの。」
「そういう意味じゃ無いんだけどね。」
喧嘩の一つもした事の無い真樋に、長く密着する方法は取れないと判断し凶器を探す。互いに目線をさ迷わせた結果、見つけたのは草むらに隠れた金属。
一瞬、何が落ちているのか迷う素振りを見せた真樋と違い、あっという間に駆け出した登代がそれを拾う。
「チェック、ね。」
「それは早計だと思うけど。」
僅かな光を冷たく反射するメス、その切っ先を真樋に向ける登代に、片足を引きながら真樋は口を開いた。
早計などと強がったものの、刃物を持つ相手には近づく事さえ不安を覚える。仕留める為に真樋に出来ることは、ひとつたりとも無いとさえ言える。
「消えてくれる?私の願いの為に。」
「いや、遠慮しておくよ!」
足元の葉と土を蹴りあげ、一瞬だけ視界を奪う。反射的に目を閉じた登代へ対し、真樋の行動はシンプル。逃亡だ。
地面を警戒しつつ、明らかに動きの鈍った【宝物の瓶】の制圧を狙う二人へ、真樋は懐に手を入れながら駆け寄る。
案の定、何か取り出されるのを危惧した三成が発砲し、その音に後ろの登代が走る足が鈍る。
「ピトス!小刀!」
『っ!?...Roger、マスター。』
二柱契約を強行している真樋だが、今の【宝物の瓶】よりは動きが良い。少し困惑したものの、すぐに武器を投げ渡した精霊が戦線を離脱する。
木陰に跳んで姿を隠す精霊に、追撃を仕掛ける三成も引き金を引くには間に合わない。もう一柱が地下から襲撃するのだから。
契約者が一つの場所に集まり、【浮沈の銀鱗】がそこを囲む。必然、狙いは真樋に向く。弾丸はどうしようもないため精霊に任せ、真樋は弥勒と登代へ刀で牽制する。
...その刹那、雷鳴が轟いた。




