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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第六章 決別
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タイムリミット

 登代、カストル、【宝物の瓶】。動くに動けない中、それぞれの契約者達が真っ先に行動した。

 瞬時に転換し、登代の元へ戻る【混迷の爆音】に、三成が数発の弾丸を放つ。精霊の補助が無くとも、数撃てば当たるという寸法だ。


『敵となるか味方となるか、選びませんか?』

「私の好みは中立なんだがね。」


 やむなく対応する事で、足が止まる【混迷の爆音】。カストルの気絶による事故を防ぐ意図だったが、その隙を我がものにする為に飛び出す者が一人。

 木陰と暗闇を選んで移動し、登代の近くまで来ていた真樋だ。彼女の肩に乗るカストルの下半身を狙って蹴り込めば、バランスを崩した精霊は放り出される。

 自然、抑えを失った刃は、登代の首に吸い込まれていく。


『止めてください、トゥバン!』


 鈴の音のような叫びとともに、轟音。【宝物の瓶】を穿ち、地底へと駆け抜けて行った雷。

 強い衝撃と強いられる硬直に、ネクタルの効果は消えていないものの、グラリと揺らぎ伏せる狩衣の精霊。


「登代は殺させないわ、まだ話が終わってないの。」

「話?知り合い?」


 雷の余波で朦朧とする登代を引き寄せ、地面を二度、強く蹴った真樋が問う。

 すぐに【浮沈の銀鱗】が浮上し、背中に二人を乗せて回遊する。迂闊に近寄れば地中に逃げられる。燕尾服の精霊も、巫女服の精霊も、動向を見守るしか無い。


「答えてくれないのかな?」

「人をいきなり攫って来るような悪い人に、何も教える必要は無いわ。」

「あれは、そこの黒いのの指示なんだけど?」

「カストル?」

『いや、兄弟。今は目の前の問題に集中しようぜ?な?』


 いつの間にやら、三成の肩に戻っていた精霊に、いっせいに視線が集まる。グイグイと三成の顔を押して、正面を向かせた精霊に、契約者はため息を吐いた。


「それも後で聞くとしようか。そして少年、君の目的を聞かせてくれないかね?我々の争う必要が見つからない。」

「簡単な意趣返しだよ、この精霊のね。」

『勝手に責任を押し付けるな、と言いたげですが?』


 足場になっている精霊を示す真樋に、抗議の感情を感じた【混迷の爆音】が訂正を持ちかける。

 それに肩を竦め、真樋は続けた。


「まぁ、僕の意向もあるにはあるけども。牡牛座の精霊、双子座の精霊、山羊座の精霊。その契約者を排除してやろうと思ってね。」

「なるほど、意趣返しか...何をやったんだい、カストル。」

『いやぁ、恨まれる筋合いは...OK、認める。あるよ。でも俺のは些細なもんだろ?』


 真樋に睨まれながらも、抵抗を試みるカストル。とはいえ、真樋とて勘が悪い方ではなく、彼の仕業だと推定できる物が多すぎた。

 それを察したカストルは、こりゃダメだとでも言うように、三成の肩を叩く。


『諦めようぜ、兄弟。』

「誰に似たんだか...」

『お嬢ちゃんに鏡を貸してもらうか?』

「遠慮する。私も死ぬわけにはいかないしね、彼は排除しよう。カストル、ハンティング。」


 この場の何よりも早く、登代を巻き込まない一撃。回転する鉛玉が空を裂き、真樋の肩を貫いた。

 真樋が痛みに登代を離した瞬間。彼女は彼を蹴り出すようにして精霊から飛び降り、空中で【混迷の爆音】に抱き止められた。


「いい着地だわ、【混迷の爆音(アイギバーン)】。」

『このまま大人しくして下さっても、よろしいのですが。』

「貴方、冗談が下手になった?」

『左様ですか。』


 契約者を下ろし、笛を担ぎ直す【混迷の爆音】。辺りを睥睨するその目は、この場において尚、絶対強者である立場を揺るがさないと確信した目。

 二柱と契約した者、手を組んでいる者たち、それを前にあまりに不敵なその精霊に、一瞬周りが躊躇した。その一瞬のうちに、一番の驚異である龍に襲いかかる。


『届く...!ヴァアアァァ!』


 頭へと密着させた状態で、その笛を全力で吹き鳴らす。地に落ちるとまではいかないものの、その首を大きく横に流したその龍に、空で回転して笛を叩きつける。

 先制での攻撃はそこまでであり、龍鱗に阻まれた感覚を惜しむ間も与えず、弾丸が横腹を抉る。僅かに意識を失っていたトゥバンも、【混迷の爆音】が落ちるより早く、尾で叩き落とした。


「無事?」

『えぇ、この程度なら問題ありません。』

「本当にタフな相手の様だね。カストル、いけると思うかい?」

『さぁて、な。そろそろタイムリミットじゃねぇかなぁ...』


 口角を上げてはいるものの、冷や汗が伝う感覚を隠す余裕も無く、カストルは天を見上げている。

 北の空、点滅する十四の光。弥勒と【純潔と守護神】に緊張が走る。


「離脱も視野に入れて動こう。」

「させるとでも?【宝物の瓶(トレジャーピトス)】!」

『Roger、マスター。』


 右手に小太刀を、左手に瓶を持った精霊が疾風の如く接近する。落とされる雷を回避し、放たれた弾丸を瓶に入れ、蓋を開けて放つ。

 カストルの風によって弾丸の位置を把握し、三成は弥勒を抱えて身を投げ出す。近くの地面が爆ぜ、弾丸の着弾を告げると共に、首に冷たい感触。


『Good bye、不明の契約者。』

「明かそうとは思わないんだね?」


 カストルが小太刀をその身で抑えた間に、右手に持つベレッタ90-two(第三の相棒)を真樋に向ける。契約者の命を握り合う状態に間に合った。


「カストル、動けるかい?」

『いやぁ、少し...キツいな?肩が逝っちまったよ。』

「ふむ、本当に私に出来ることが限られて来たね...送っておいて良かった。」

『何しでかしたんだ?』

「君よりマトモだとも。」


 射線を切れないかと動く真樋に、照準を合わせ続けながら、三成は立ち上がる。木立により、僅かに首筋に紅が引かれたが、顔を歪めることも無い。

 刀身を伝う血が先へと達し、一滴となって地面へ吸い込まれる。その瞬間、電光を放つ鋭い蹴りが三成の頬を掠め、小太刀を高く吹き飛ばした。


『...What?』

「忘れてたのかしら?私もいるのよ。」

「助かったよ、弥勒くん。」


 すぐに引き金を引いた三成の手元から、螺旋回転をする弾丸が風と共に駆け抜ける。咄嗟に木陰に走り込んでいた真樋だが、大きくズレて撃たれたそれは緩く弧を描いて横から飛来した。


『油断するな、夜道怪めが!』

「いっ...!」


 足を払う【浮沈の銀鱗】のおかげで、こめかみを狙っていた弾丸は耳を貫いて飛んでいく。

 そのまま地面に倒れた真樋も、すぐに背に乗せて【浮沈の銀鱗】は三成に迫る。


『飛び降りるなら早くしろ、小僧!』

「無茶な...!」


 市街地を走る車程度には速度が出ている。しかし、落雷や弾丸が集中しそうな精霊に乗り続けるなど、自殺行為だ。

 仕方なく飛び降り、受身を取った真樋は周囲を確認する。


 目の前、【浮沈の銀鱗】が挑むのは、【宝物の瓶】を抑える弥勒と三成。ネクタルの効果が切れてきたのか、ぎこちない動きの精霊は一人のままでは制圧されていただろう。

 後ろ、轟音に振り返れば怪獣大決戦。暴れ回る【母なる守護】に、トゥバン。その被害が周囲に広がらないように度々笛を叩きつけるのが【混迷の爆音】だ。

 つまり、横に残るのは...無防備な登代、ただ一人。


「あら?何か用かしら?」

「言ったろ?意趣返しさ。」

「そう、逆恨みね。ただその子の心意気が弱かった、それだけでしょう?」

「そうだね、満たされた者に闘争は無理だ。だからこれは、ただのエゴだよ。僕のエゴに付き合って...死んでくれ。」


 ただそれだけ述べた真樋に、一瞬だけ驚いた登代は再び微笑みを湛えて告げた。


「...貴方、私たちの中で一番狂ってるわ。」

「そりゃどうも。」


 人を殺すのは、道具等無くてもとても簡単だ。少し殴りすぎた、少し息が出来なかった、それだけで易く壊れ、死んでいく。

 高校生の体格としては、真樋は細くとも高い。人一人を押さえつけて殺すくらいなら、訳なく行える。襟を掴み、足を払って押し倒すと、躊躇なく首を掴みに行く。

 目の前で死んだ寿子からは、NPCと同じ気配しか感じなかった。プレイヤーという概念さえ疑わしいと思える今の心境ならば、自分の手で誰かを殺すのに戸惑いは無い。


「う、ぐ...」

「随分細いね、まるで何日も食べてないみたいにさ。」


 片手に収まるほどの首は、このまま力を加えれば折れてしまいそうにも思える。指先が白くなるほどに込められた力は、彼女の細腕に振り払うのは不可能だ。

 故に首にある手には構わず、真樋の鳩尾に向けて、息を吐いたタイミングで手刀を差し込んだ。力が抜けた腹から、横隔膜を押し出すことで強制的に吐息させる。

 一瞬だけ訪れる、酸欠にも似た感覚と鋭い痛み。それに緩んだ握力から、登代が抜け出して押しのける。互いに数回で呼吸を整え、すぐに立ち上がる。


「慣れてるみたいだね?」

「力で敵わない事なんて、常だもの。」

「そういう意味じゃ無いんだけどね。」


 喧嘩の一つもした事の無い真樋に、長く密着する方法は取れないと判断し凶器を探す。互いに目線をさ迷わせた結果、見つけたのは草むらに隠れた金属。

 一瞬、何が落ちているのか迷う素振りを見せた真樋と違い、あっという間に駆け出した登代がそれを拾う。


「チェック、ね。」

「それは早計だと思うけど。」


 僅かな光を冷たく反射するメス、その切っ先を真樋に向ける登代に、片足を引きながら真樋は口を開いた。

 早計などと強がったものの、刃物を持つ相手には近づく事さえ不安を覚える。仕留める為に真樋に出来ることは、ひとつたりとも無いとさえ言える。


「消えてくれる?私の願いの為に。」

「いや、遠慮しておくよ!」


 足元の葉と土を蹴りあげ、一瞬だけ視界を奪う。反射的に目を閉じた登代へ対し、真樋の行動はシンプル。逃亡だ。

 地面を警戒しつつ、明らかに動きの鈍った【宝物の瓶】の制圧を狙う二人へ、真樋は懐に手を入れながら駆け寄る。

 案の定、何か取り出されるのを危惧した三成が発砲し、その音に後ろの登代が走る足が鈍る。


「ピトス!小刀!」

『っ!?...Roger、マスター。』


 二柱契約を強行している真樋だが、今の【宝物の瓶】よりは動きが良い。少し困惑したものの、すぐに武器を投げ渡した精霊が戦線を離脱する。

 木陰に跳んで姿を隠す精霊に、追撃を仕掛ける三成も引き金を引くには間に合わない。もう一柱が地下から襲撃するのだから。

 契約者が一つの場所に集まり、【浮沈の銀鱗】がそこを囲む。必然、狙いは真樋に向く。弾丸はどうしようもないため精霊に任せ、真樋は弥勒と登代へ刀で牽制する。


 ...その刹那、雷鳴が轟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カストル?って二回聞いて疑う所、テンポよくて好き。ほんと何したんでしょうね?(すっとぼけ) 三成さん自分の精霊疑う所も好き。やりかねないなって思っているんですね。 [一言] 「...貴方、…
2022/11/12 22:06 数屋 友則
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