エピローグThe♓
緩く続いていた機械音が消えてしまった。途端に息苦しさと、熱さが襲ってくる機械の中から脱出する。
何故なのか分からないが、すぐに起きたく無かった。とはいえ、あんな空間で余韻に浸る余裕は無い。
「はぁ、とりあえず帰らないけんよね。パパとママ、心配しとらんとええけど。」
友達の家に泊まるとは言ったが、バレていてもおかしくない。
もしそうなったら、暫くは外出禁止を言い渡されるかもしれない。
「まぁ、受験勉強せんといけん、し...そうやん、高校どこにしよう。」
地元で見つけても、引越すならば通学が大変だ。そもそも、何処に行くかも分からない。
「相談せんといけんよね...都会の方がええんかなぁ。」
何処に行くのにも不便が無い、等と考える。友達と会うならあまり離れたくはないが、気になる人が出来てしまった。
「あの後、どうなったのか全然分からへんし。シホチャンさん?も、真樋お兄さんも...頑張ったんかな。お願い、叶っとるとええなぁ。」
アイドルと言っていた四穂の事は、簡単に分かるのかな、とスマホを弄りながら船を待つ。小さなページにある事務所を検索して、マークしてから、ホームに戻る。
「それと...分かる、かな?」
検索欄に「まとい」と打つも、出てくるのは居酒屋やお寿司屋さんである。それと...
「火消屋さん...あのボンボン、纏って言うんや。知らんかった。えぇ、こんなに重いん!?」
そうして十数分程読んでから、ハッとしたようにブラウザバックした。
「ちゃうんよ!これが知りたかった訳や無いの!」
えっと、あとは〜と必死に思い出していく彼女の脳裏には、ド○えもんを知らないとか、意外に筋肉あったとか、そんな事しか出てこない。
「あれ...うち、まったくお兄さんの事、知らんね!?」
なんなら、四穂についての方が詳しい。せめて連絡先でも教えて貰えば良かったと後悔する頃に、船が迎えに来ていた。
そうして半年が流れ、春も深まった。桜が散った校庭を去り、高く狭い建物の間を歩き、たどり着いたお店の裏口の戸を開ける。
「アンタ、海鮮丼二つと、いなり!」
「はいよ!...ちゅ〜か、逆の方が向いちょらんか?」
「アンタの字は読めんけぇ却下。」
厨房に顔を出した母と、友人に扱かれながら切り身に包丁を入れる父。そんな二人を見ながら、寿子は声をかける。
「た!だ!い!ま!」
「おう、おかえり!早速だが手伝ってくれんか?」
「えー、またぁ?うち、勉強したいんやけど。」
「ダメじゃ、鳥肌立った。まだ慣れんわ。」
「腹立つんやけど!」
包丁を置いたタイミングで、父親の背へ鞄を叩きつける。確かに受験ギリギリまで勉強をしなかったのは自分だが、頑張りに頑張って何とか合格に漕ぎ着けたのだから褒めて欲しい。
やれ人が変わっただの、取り憑かれただの、呪われただの、変なもの食べただの...両親も友人も先生も、自分の事をなんだと思っていたのか。
「まぁ、この時間だけやけぇ。頼むわ。」
「はーい。」
「大変だね、寿子ちゃんも...おじさんで良ければ、勉強見ようか?」
「んー、大丈夫。多分やけど世代的に分からへんし。」
「最近の若い子は言うことが鋭いなぁ...泣きそう。」
「おい、男共!早うせぇへんかい!」
追加オーダーを投げつける母から逃げるように更衣室へ飛び込み、学生服から給仕服へと着替える。少し伸びてきた髪を簡単に結って、お客さんの注文を取っていく。
「ごめん寿子、こっち任せるわ!厨房が回ってへん!」
「えー!大変やのに〜。」
「大丈夫やって、アンタ可愛いんやから。」
「なんの根拠にもならへんのんやけど。」
母親の勢いに押されながら、仕事終わりや学校帰りの集団を席に案内していく。忙しくて、必死で、そんな日々。でも、結構満足だ。
また一組、入店したお客さんへ、彼女は今日も声をかける。
「いらっしゃいませ!」




