エピローグThe♈️
「...ちくしょう。」
寂れた地下駐車場の一角に木霊する、短く漏らしたその声が。起き上がった一哉の心情を物語っていた。
「おや?カズ君じゃないか!」
「だぁから鬱陶しいっつの。」
「そうかい?ごめんよ...」
「や、やけに素直に引くじゃんかよ...別に気にしてねぇよ。」
少し引きながらも、どうするか迷う一哉に、助け舟が流れてきたのは、それから数分は放置されてからの事だった。
「おーい、深夜組。ご飯出来てるけど?」
「美陽、おやっさんはどうなってんだよ。」
「え? あぁ、昼間にちーちゃんが、さ。」
「あ〜...中学生だっけ。そういう時期だわな。」
食卓へ促される養父を見送り、帰ろうとした一哉の肩が音を立てるほど掴まれる。
「痛ぇんだけど?」
「ど〜こ行こうとしてるぅ?」
「いや、家に...」
「こ!こ!も!アンタの家でしょ。一人分くらい訳ないんだから、アンタも食べてけば?」
「それなら俺が作」
「それはダメ。」
なんだよ、と不貞腐れながらも、黙って室内に入るしか無い。こうなった義姉がテコでも折れないのは知っている。
ロールキャベツと春雨スープ。野菜の旨みを存分に堪能するメニューだ...ロールキャベツの中身には言及してはいけない。
「んで?なんだって急に帰ってきたりした?」
「ひは、ほくにひゆーは」
「おう、食ってから喋れや。当てつけか?」
自分の分を一哉に取られたからか、青筋が浮かんでそうな顔の義兄に、大人気ねぇなあとぼやきながら飲み込んだ。
「特に理由はねぇーよ。」
「お前が理由も無いのに帰ってくるかよ、来いって言っても来ねぇのに。」
深く頷く養父と義姉は思考の外に追いやり、理由を考える。本当に思い浮かばない。
ゲームに負けた事なんて、大会だけでも一度や二度では無い。今更ショックを受けるような事も無いはずだ。
「ただ、何となく顔が見たくなった...じゃダメか?」
「随分と殊勝な事を言うようになったもんだな。この調子で寄るようにしろよ?」
「気が向いたらな。」
「カズくーん!」
「だぁから!鬱陶しいっつーの!」
皆が寝静まった夜に、二人で缶を傾けながら、美陽が口を開く。
「珍しいね、カズからお願いしてくるなんて。」
「一人で飲む気分じゃ無かったんだよ。」
「それで帰ってきたんだ?友達居ないもんね〜。」
「そういう訳じゃねぇけど...」
缶ビールを一気に煽ると、次の缶へと手を伸ばして叩かれる。
「あんだよ。」
「二本まで。」
「嫁かよ。」
「早く相手見つけたら?」
「煽ってんのか?」
「怒っちゃった?怖〜い。」
「...酔ってんな?」
彼女がチビチビと飲んでいる、ほ○酔いの桃を取り上げる。半分も減っていない缶を、呆れながら自分の口に流し込む。
「何すんのよ〜。」
「相変わらず慣れてねぇんだな。」
「そりゃそうでしょ。そんな余裕は無いもの。」
「...悪かったな。」
「え?なにが?」
「いや、なんでもねぇ。」
そうだ、悔しさじゃない。ショックじゃない。懐かしいこの感情は、申し訳なさと不安だ。
勝っていれば、楽させてやれた。自分が負けたから、余裕は無いままだ。役立たずな自分に、居場所が消えていく。笑う母親と、煙草の熱...
「ねぇ、どうしたの?」
「なんでもねぇって。」
不安と焦燥が、イライラを生む。不味い、呑むんじゃ無かった。歯止めがきかない。
「なんでもなくは無いでしょ。」
「だから、関係ねぇ...!」
上げた顔には、驚いた顔で身構える義姉と、揺れる炎。チラチラと穂先を揺らす、暖かく穏やかな赤。
「カズ...?」 『ハックー。』
「...も〜らい。」
「あ、ちょっと!?」
鬱陶しい金色の、鈴みたいな耳障りな声が聞こえた気がした。
義姉の手元から奪った一本を一息に飲み干して、赤くなった顔でぼんやりと蝋燭を見る。
「...アニキの使ってねぇライターってあったっけ?」
「え?多分あるけど...何かあった?」
「んや、別に...」
「何、急にニヤけて...」
良いブレーキが見つかったみたいだ。少しばかりは堪えてやろう。
ただ、それも明日から。今日くらいは、ゆっくりとしよう。
「美陽、あんがとな。」
「え、ホントに何...?」
「別に。」




