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8.主婦、本を読もうとする

 この世界での魔法とは、魔力を用いて事象を操作するものである。

 魔力とは魔物の精神力であり、魔物は呼吸と同様に魔力による事象操作を行う事ができる。

 魔物とは魔力を持つものの総称であり、姿形は様々である。


 その昔、人間が魔物と共にいた頃、人間は魔物による事象操作の恩恵に与かり生きていた。

 火を起こし、草木を育て、家畜を育てて命を繋いでいた。


 やがて人間と魔物が住処を分かつと、人間は魔物を召喚しその魔力によって独自に事象を操作しようとするようになる。

 これが魔法である。


         『魔法の成り立ちと使い方』より


 荷物の片付けが終わった頃、メトロさんがこの本を差し出してきた。

 本といっても紙の束を紐で束ねただけのものだ。

 作者名はない。でも多分異世界人が書いたんだろう。

 冒頭に「この世界での」とあるし、日本語だし。


 メトロさんは読めないと言っていたので、この世界の文字とは違うんだろう。

 メトロさんが文字を読めない可能性もあるけど、そこは今は良い。

 私に読める事が重要なんだから。


 これはおそらく、メトロさんが出会ったもう一人の異世界人が残したものだ。

 メトロさんは『勇者』になりたきゃこれで魔力について勉強してろと渡してくれたのだった。


 几帳面な文字の羅列を眺める。

 この人は今、どうしているんだろう。

 もしかすると、無事に元の世界に戻れたからメトロさんの前から姿を消したのかも知れない。

 だとしたら、元の世界に戻る術は確実にある事になる。


『勇者』になって『魔王』を斃すと何でも願いを叶えてくれるという報酬は、確かに魅力的だ。

 しかし、この世界の王様が異世界に行く術を把握しているだろうか。

 もし王様に異世界に帰してもらうのが無理だった時そこで終わらない為に、打てる手は打っておくべきだ。


 この本に元の世界に戻る手がかりがあるのなら、隅々まで読んでその糸口を掴みたい。

 どこかにそれがないか……


「……」

「おい」

「……」

「おい!」

「あ、はい!」

「寝てたろ、今」

「え? そんな事ないっす」

「寝てたよな」

「違うっす」

「大丈夫か?」

「大丈夫っすよ、生きてるっす」

「本当に大丈夫か?」

「……え?」


 あー、久し振りに長い文章読むから意識が遠くなって、何か口調まで変わってたような気がする。

 気を取り直して本を開いた。


「……」

「少し休憩するか?」

「……はい」


 この本小難しすぎるのよ!

 これ書いた人絶対理系の良く分からん専門用語満載の論文とか書いてたんだ!

 自分の理解力を棚に上げてカッカしていると、メトロさんが飲み物を差し出してくれた。


「理論も大事だが、実践に学ぶ事も多いぞ。良かったら森で一度魔物を斃してみるか」


 ん?

 この人何か今さらりととんでもない事を言いませんでした?


「いや無理でしょ! 森に行ったらいきなり殺されるのがオチでしょ!」

「そうでもないだろう。魔物といっても小動物みたいなのもいるし」

「その小動物に会える確率そんなに高くないよね!?」

「俺が一緒に行ってサポートすれば問題ないだろう」


 薄々感じていたけど、この人思った以上に脳筋だ!


 確かに実践に勝る練習はないかも知れないけど、私魔物を斃すどころか、この世界に来てから殺生すらしてませんよ。

 食べ物をいただく事が殺生と言うとしても、それとこれとじゃ意味合いが全く違いますしし。


「体を動かせば気分転換にもなる。気分がすっきりすれば本も寝ないで読めるかも知れないぞ」


 それはそうだけど。

 まだ行くとも言っていない私にお構いなく、メトロさんは一振りの剣を差し出した。


「俺が使っていたものだ。手入れはしてある」


 これは、行かないと言っても無視されるパターンだ。

 あんなに私を『勇者』にしたくなさげだったのに、やると決めたらそっちに一直線なのね。


 私は渋々剣を受け取る。

 重い。

 こんなもの触った事もない。

 剣道どころか武道全般かじった事すらないのだ。


 それでもこれは『勇者』になって『魔王』を斃すために避けて通れない。

『魔王』を斃すなら、その辺の魔物は軽く斃せるようになっていなくては。


 メトロさんが魔物を斃す様を思い出して、今更手が震えた。

 私に、あんな風に軽く魔物を斃せるだろうか。

 まな板の上の肉を切るのとは訳が違うのに。


 元の世界に戻るためなら何でもしようとか、軽く考え過ぎてたんじゃないだろうか。

 平和な世界を謳歌していた人間に、これを使う事なんてできるのか?


「できるかどうかはともかく、取り敢えず行ってみるぞ」


 私の考えを見透かしたかのように、メトロさんは優しく頭を叩いてくれた。

 私は頷いて立ち上がる。


 できるかどうかじゃない、やるしかないんだ。

 決して前向きな気持ちではなくそう念じて、剣を握り締めた。


 ーーーーー


 そんな訳で、森へ行って帰ってきた私たちである。

 私もメトロさんも、えらく憔悴している。


「どうしてこうなった」

「それは俺のセリフだ」

「ですよね」

「ああ」

「どうしてこうなった」

「だからそれは俺のセリフだ。どうして斃さなきゃいけない筈の魔物がここにいる?」

「分かりません」


 二人揃って大きな溜息を吐く。

 私の膝には、何故か日本猫の成猫、のような大きさの魔物が丸くなって寝息を立てていた。

犬も好きですが、私は猫派です。

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