53.主婦、着替えをする
あー、死ぬかと思った。
ニコルはお湯の中に沈んでも離れようとしないし、毛玉は遊んでると思って更に沈めて来るし。
毛玉を連れて来て、外で待機してくれていたメイドさん達が浴槽から引っ張り上げてくれなかったら、確実に死んでたよ。
「ささ、こちらで体をお拭きくださいませ。新しい服はわたくし共が用意しておりますので。汚れた衣服はこちらで洗っておきますのでご心配なさいませぬ様」
そりゃ有り難い。
タオルを受け取って身体を拭く。
待機されてるのちょっと恥ずかしいけど、仕方ないか。
隣でニコルも大人しく身体を拭いている。
ただし、めちゃくちゃ仏頂面だ。
折角の可愛い顔が台無しですよ。
そりゃまあ、良いところを邪魔されたんだから機嫌悪くなるのは分かる。
私にとっては危ないところを助けてくれたから、毛玉とメイドさんたちには感謝しかないけど。
それにしてもニコル、知らない人間がいるのに怯えた様子がないな。
このメイドさんたちは、ニコルと知り合いなんだろうか。
メイドさんは全部で四人。年配の上司っぽい黒眼鏡のひっつめ髪の人と、後は若い子だ。
毛玉の体を拭いてくれてる金髪ポニーテールに、洗濯物を片付けてくれてる赤髪ツインテールと茶髪ボブ。
みんな、スネが半分隠れるくらいの黒いワンピースの上に白いエプロン姿である。
頭には小ちゃい帽子みたいなものが載っていた。
メイドと言ったら真っ先に思い浮かぶ格好だけど、これ何かマニュアルでもあるのかしら。
「『勇者』様、わたくし共は『勇者』様不在の間、お仲間のニコル様と毛玉様のお世話を仰せつかっております。わたくしはマーテル、どうぞお見知り置きを」
「はあ」
折り目正しくお辞儀してくれたマーテルに、軽く頭を下げ返す。
ニコルが怯えてないのは、やっぱり顔見知りだったからか。
毛玉も大人しく頭を拭いてもらってるし、この人たちはさっきのクズどもと違って信用して良いらしい。
てか、毛玉はやっぱり毛玉って呼ばれてるんだ。
マーテルは、金髪ポニテがナタリー、赤髪ツインテがミシェル、茶髪ボブがルイズと指差して教えてくれた。
「毛玉っち、耳こちょこちょするよー」
「やーんくしゅぐったいにゃ」
「毛玉っち猫ちゃんかと思ってたけど魔物ちゃんだったのねー。こっちの姿もキャワだわー」
「えへへー」
ん?
なんか今、爆弾発言が聞こえた気がするんだけど。
「ちょっとミシェル、そっち持って」
「これ高級な香水やん。誰よこんなに無駄にしたの。ほらルイズも嗅いでみ」
「あ、あ、やだくしゃみ出る!」
あ、桶ひっくり返った。
この人たちゆるいなあ。
メイドさんってもっとしっかりきっちりしてると思ってたんだけど。
マーテルも特に注意する様子ないし、こんなもんなのか?
「あちらに新しい服を用意しております。ささ、冷えないうちにどうぞ」
クルッと身を翻したマーテルさんに続いて脱衣室に行くと、三人分と思しき服が用意されていた。
***
「で、何その格好」
執務室と呼ぶにはあまりに広くて豪華な部屋に通された私たちを、ルードが呆れた顔で見つめている。
「今からやるのは舞踏会じゃなくて会議なんだよね。知ってた?」
知ってます。
さっきアルから聞きました。
でもね、これは私たちの意思じゃないの。
「仕方ないじゃない。用意してもらった服がこれだったんだから」
親切でゆるい雰囲気のメイドさんたちは、私たちに服を用意してくれただけでなく、着付けまでしてくれた。
そうして出来上がったのが、ヨーロッパの高貴な人が着てそうな、軍服みたいなのにヒラヒラやら紐やらを無駄に飾り付けた服装の私だ。
隣に立つニコルは、レースや刺繍がこれでもかと盛られたお姫様みたいなドレス、さらに隣の毛玉も、ふわふわのレースが何重にも重なったドレスを身に纏っている。
湯船から救出された直後は不機嫌極まりなかったニコルも、キラキラふわふわヒラヒラのドレスに機嫌を直してくれた。
しかし、メイドさんたちは何故この服をチョイスしたのだろうか。
てか、何で私だけ男装なの。
いや、こんなの一度着てみたかったけども。
って、ルードあんた呆れた顔のフリして口元笑ってるじゃん!
あれはあんたの差し金か!
とうとう堪えきれずに噴き出したルードは、咳払いを一つする。
「あ、余は服を用意してやってって言っただけだからね。服を選んだのはあの子たちだから」
そんな言い訳が通用するとでも思ったか。
絶対あんたが一枚噛んでるだろ!
「しかし、あの子たちも君のこと男だと思ってたんだね。似合ってるよ、それ」
そこを褒められても嬉しくないわ!
そもそも今の私は原型がメトロさんなんだから、そりゃ何着ても似合うわ!
似合わなかったら逆におかしいわ!
憤りにクラクラしていると、袖が引っ張られた。
見ると、ニコルが上目遣いで私を見つめている。
「わ、私も、チカさんのこの格好似合ってると思います」
「うん? うん、ありがとう」
ニコルの瞳は悩ましげに潤んでいた。
あれ、またこのパターンなの?
「私は、どうですか?」
「よ、良く似合ってるよ。可愛い」
パッと笑顔になってくれるのは嬉しいんだけどね。
今そういう事言ってる時じゃないよね。
さらに横で飛び跳ねるチビ助。
「チカしゃん、あたしは? あたしは可愛いにゃ?」
「うん。可愛い可愛い、似合ってる」
「わーい!」
ぞんざいな扱いでも喜んでくれるこの子はチョロ‥…良い子だなあ。
「さて、そろそろ本題に移りましょうか」
ルードの横に立つアルが言った。
彼は会議があるからここに来いと言ってたけど、内容までは教えてもらってない。
まあ、こっちにも色々言いたいことも聞きたいこともあるし、ちょうど良かった。
と、扉がノックされる。
「あれ、他にも誰か呼んだっけ?」
「件の三人が、クレイオス様の隊に所属していると判明いたしました。ちょうど今こちらにお戻りでしたので、お呼びしたのです」
「そうなんだ」
は?
あのクソトリオ、クレイオスの部下だったの?
それは一言言っておかなきゃな。
「どうぞ、入って良いよ」
ルードの声を受けて扉が開くと、その向こうから現れたのはクレイオスともう一人。
……ジャン!?




