51.主婦、無双する
駆け寄るついでに、ニコルの前に立ちはだかる邪魔な男の頭を『破魔の剣』から出した触手で掴んで、鎧が立ち並ぶ一角へ放り投げる。
そういえばこれ、ここに来るまでずっと握ったままだったな。
グーのまま毛玉を抱っこしてて、ちょっと自分が何やってるか良く分かんなかったけど、結果的には持ったままで良かったよ。
その場にしゃがみ込むと、ニコルは濁った目で私を捉えた。
「チカ、さん?」
「うん、遅くなってごめん。すぐに片付けるからね」
そう言って再び立ち上がる。
ポカンとしていた残り二人の顔に、怒りが湧き上がるのが見て取れた。
「お前、何者だ?」
「お前も半端者か? それとも魔物かよ」
軽く息を吐いて、私は首を振る。
「どっちでもないよ、人間。でも『勇者』だから、ちょっと魔物寄りかもね」
剣を構え直す二人に、私はわざと笑ってみせた。
「そんな物を『勇者』に向けて良いの? それって、王様に歯向かうのと同義だよね」
二人は顔を歪めた。
口から出まかせだったのに、やっぱり『勇者』ってその位の立場だよね。
二人はすぐに、それを引きつった笑いに変えちゃったけど。
「問題ないね。口を封じさえすれば、後は何とでも言える」
「例えば『勇者』が魔物に成り下がったから成敗した、とかな」
「つまり、私はあんた達に成敗されると」
わざと貼り付けた筈の笑みが本物になる。
「本気で言ってんの、それ」
笑い声を出すのは流石に失礼かなと思って口をつぐむと、ククク、と悪役的な声が漏れた。
やだ、ヘソでお茶が沸かせそう。
「試してみるか?」
背後で金属がガチャガチャ音を立てる。
多分さっき吹っ飛ばした奴が、鎧を押しのけて立ち上がった音だ。
「やれるもんなら、どこからでもかかって来なさい」
両手を広げてやると、三人は雄叫びを上げながら私に向かって剣を振るって来た。
全然遅いし威力もない。
魔物三人と魔幼女との闘いを見た後だと、迫力がなさすぎる。
簡単に避けられるし、剣なんか指先の触手で往なせるし。
「つまんないの。もっと楽しませてよ、ニコルにしてたみたいに」
煽ってみても、スピードは多少増すけど精度は下がるばかりだ。
「あー、もう良いや。そろそろこっちから行くよ」
三人とも手を止めて下がった。
扉近くの一人なんて、部屋から出ようとしてる。
「おっと、逃す訳には行かないんだよね」
私は右手の触手を伸ばして扉をバタンと閉め、逃げようとした男をその触手でグルグル巻きにした。
悲鳴が聞こえたけど、多分気のせいだよね。
大の大人が、まして男が、情けない声を上げるとかあり得ない。
「アレックス!」
それ、こいつの名前?
完全に名前負けしてるじゃん、カッコ悪。
そんなアレックス君を助けようと、しゃにむに剣を振るって二人が突進して来る。
ちょうど良いから二人同時に左手の触手で捕まえた。
三人まとめて右手の触手でふん縛ると、彼らは口々に助けを求める言葉を発する。
私は深く溜め息を吐いた。
「ニコルをこんな目に遭わせて、ただで済むと思ってんの?」
男達の悲鳴、煩いなあ。
「そうだなー。手始めに、あんた達の股に付いてるその貧相な棒と玉を切り落とすでしょ。それから、汚い言葉を使えない様に舌を抜くでしょ。後は、そうそう、暴れられない様に手足ももいでおかないとね」
なーんちゃって。
そんなグロ、頼まれてもお断りだわ。
鼻で笑っていると、扉が遠慮がちに開く。
「チカ、やりすぎ……」
毛玉を抱いて扉から顔を覗かせたルードが、ドン引きの表情で言った。
「そう? そんな事ないでしょー」
だって、ニコルに滅茶苦茶酷い事しようとした奴らだよ。
地獄より怖い思いをさせなきゃおさまんない。
「いや、男にとって大事な部分を切り落とすって、聞いただけで鳥肌立っちゃうでしょ」
「悪いのはこいつらじゃん」
「そうなんだけどさ」
部屋に入ろうとしたルードを、アルが制止する。
「お入りになるのはお止しくださいませ」
「え、何で?」
「薬剤が撒かれておりますので、危険でございます」
「ああ、この香り。また懐かしいものが出て来たね」
汚いものを見た様に眉間にシワを寄せて、ルードは鼻をつまんだ。
毛玉も両肉球で鼻を押さえる。
一人部屋に入ったアルは、ポケットから出したハンカチで口元を覆った。
肩には縄を担いでいる。
執事の格好とミスマッチすぎて逆にしっくり来てる気になるな。
「今も流通していると聞いた事はございますが、貴族の間でも売り買いされていた様でございますね」
ただのエキゾチックな香りの香水みたいだけど、これの何が危険なのか。
ニコルがこの香りでおかしくなっちゃったのは、トラウマがあったからでしょ。
「こんなものニコルに投げつけやがって。一生消えないトラウマ植え付けてやるからね」
「チカ様も、落ち着いてくださいませ」
「何よー。私、別に取り乱したりしてないし」
アルは私に目を細めてみせると、触手に捕われた男達に視線を移した。
ちょっときつく縛りすぎたかな、泡吹いちゃってるよ。
「そうでございますね。ではこの三名は私どもでお引き受けいたますので、チカ様はニコル様をお連れになってお風呂へお行きくださいませ。ニコル様の身体に付いた薬液を落とさなくては」
あ、そうだね。
ニコルをこのままにはしておけない。
どんな酷い事か想像したくないけど、この香りが纏わり付いてる限りニコルは辛いままだ。
「分かったよ。じゃあ、こいつらには社会復帰出来ない位の罰をよろしく」
触手を消して『破魔の剣』を懐に仕舞うと、私は膝をついたまま固まっているニコルに肩を貸して立たせた。
アルが肩に担いでいた縄を男達に巻き付けるのを尻目に、私とニコルは部屋を出てお風呂に向かう。
「って、どこだよお風呂」




