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50.主婦、フリーズする

 毛玉に案内してもらって、私は倉庫だと毛玉が言う扉の前までやって来た。

 倉庫と言うには豪華な扉は少し開いていて、中から声が漏れ聞こえる。


「あんまり混血を舐めないでくれますか?」


 ニコル?

 まだ無事みたいだ、良かった。

 けど、何か展開が思ってたのと違うんですけど。


 私は毛玉と顔を見合わせてから、扉の中を覗き込む。

 倉庫って言うから色んな物がごっちゃに積み上げられてると思いきや、思いっ切り広い部屋に鎧や武器が整然と並べられていた。

 これ、展示室か何かじゃないの?


 部屋の中央で、ニコルが三つ又の槍みたいな物を持って三人の男に対峙している。


「お前、俺達がさっき何て言ったか忘れたのか?」

「ええ。半端者が粋がるなよ、でしたっけ。人間の屑が粋がるな、と返しておきます」


 三人は当然色めき立った。

 それぞれ腰の剣に手を掛ける男達を、ニコルは冷たい目で見つめる。


「私、ずっと不思議だったんです。人間に力でも魔力でも劣らない筈の混血が、何故虐げられているのか」


 一人が剣を抜き、ニコルの右側に回り込んだ。


「半端者は、押さえ付けとかないとすぐ調子に乗るからだろが。お前みたいにな!」


 残る二人も剣を構える。


 右に回り込んだ一人が、ニコルの持つ槍目がけて剣を振るった。

 ニコルはそれを横目で捉えると、両手に持っていた槍から左手を離し、遠心力を使って剣を弾く。

 思わぬ反撃だったのか、剣を弾かれた男は目を見張って後ろへ飛び退いた。


 ニコル、勢い余ってたたら踏んでるけど、あの重そうな槍を片手でブン回せるなんて、流石は魔物の血を引いてるだけの事はあるな。

 今までニコルの魔力と魔法については感心してたけど、体力面でもこんなに人間離れしてるとは思わなかった。

 見た目はひ弱なお嬢さんなのに。


 体勢を立て直して横の一人に槍の先を向け、残る二人を目で牽制しながらニコルは口を開く。


「その通りです。幼い内にあなた達が人間に対する恐怖を植え付けるから、私達は人間に手を出せない。でも、それが分かってしまえば、人間なんて怖くないです」


 槍に左手を添え、ニコルは正面の二人と距離を詰めた。

 槍が二人の胴を薙ごうと唸りを上げる。

 それを一人はしゃがんで、もう一人は後ろに飛んで避けた。

 避け切った、と思ったのも束の間、槍に添えられていたニコルの左手から光が迸る。


「雷よ、ここへ!」


 光はプラズマを発生させながらニコルの手から男二人の間の床に伸び、爆音を轟かせた。

 煙だか水蒸気だか分からないものが辺りに充満する。

 それが収まると、床が大きく抉れ、更にその周りが黒く焼け焦げているのが見えた。

 プラズマの名残りがチラチラと舞っている。


 認定試験の時に似たものを見たな。

 同じ魔法なんだろうか。

 あの時見たものより規模は小さいものの、威力は何倍もある様に見えたんだけど。


「やっぱり使い慣れないと照準が定まりませんね」


 左手を振りながら独りごちたニコルに、男達は一様に愕然としている。

 ニコルはそれを、当然とでも言わんばかりの表情で眺めた。


「力も弱い、魔力も持たない生粋の人間が、魔物との混血に勝てる訳がないんですよ」


 うん?

 ニコル、何か悪役じみちゃってるけど大丈夫?

 どうやら男達に酷い事をされる展開にはならなさそうだけど、これ、止めた方が良いのかな。


 ニコルの正面左手にいる男が、舌打ちをする。


「舐めやがって。半端者があぁっ!」


 剣を横手にニコルの懐に入ろうとするも、槍に阻まれてしまった。

 続いてニコルの右手に回っていた男が再び攻撃を仕掛けるも、敢えなく撃退される。


 ちょっと位目を離しても大丈夫な安心感に甘えて、私は毛玉を見た。

 毛玉も目をまん丸にしながら私を見返す。


「ニコルねえね、実はめっちゃ強かったのにゃ」

「ね、強かったね。びっくりだよ。毛玉、ルード達を呼んで来てくれる? 私はこっちの法律とか知らないし、あいつらをどう処分したら良いか分かんないからさ」

「分かったにゃ。呼んで来るにゃ」


 毛玉を下ろして見送る私の耳に、男達の内の一人が「あ、そうだ」と呟く声が入って来た。

 振り返ると、正面右の男が何やら小瓶に入った液体をニコルに向かってぶちまけている。

 咄嗟に腕でそれを受けたニコルは、困惑した表情を浮かべた。


「これは……」


 ニコルの顔がみるみる強張る。

 その様子に満足げな笑みを浮かべて、男は言った。


「分かるんだ、この匂い。そう、媚薬だよ。懐かしいでしょ」


 東南アジア系のイメージがする甘い香りが、私の所まで漂って来る。

 隣の男が聞いた。


「おい、何だよそれ」

「奴隷の調教に使うんだよ。この匂いがする場所で思いっ切り怖い思いをしてもらうと、匂いを嗅いだだけでトラウマが甦って従順になっちゃうって訳」

「マジか」

「ちょ、何で最初に出さなかったんだよ。それがあれば俺ら楽勝だったろ」

「そういう訳にも行かないよ。大体奴隷自体がもうアングラだし、こいつが調教受けてる保証はなかったんだから」


 ニコルが取り落とした槍が床に落ち、派手な音を響かせる。

 余裕の戻った男達は、悠長な足取りでニコルを取り囲んだ。


「さてさて、人間様を舐めてたバチが当たっちゃったな」

「どうやってお仕置きしてやろうか」

「奴隷ならご奉仕系が得意なんじゃね?」


 ニコルはその場に膝をつく。

 その目から涙が溢れた。


「助けて、チカさん」


 異常事態を受けて完全にフリーズしていた私は、その呟きでようやく我に返る。


 何やってるんだ私。

 早くニコルを助けないと!


 私は扉を乱暴に開け放ち、ニコルの元へ駆け寄った。

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