49.主婦、人間の国へ戻る
葉っぱやら小枝なんかを沢山ひっつけて、私は何とか植え込みからの脱出に成功する。
毎回毎回、何で肝心な時に締まらないかね。
「もうちょっとこう、カッコ良く着地したかったな」
独り言を呟きつつ立ち上がると、衛兵らしき人が目の前に立っていた。
革製の胸当てをして、腰には大きな剣を下げているけど、その辺の一般人を連れて来て兵隊に仕立てました感が否めない。
金髪に茶色い目をした、元の世界で言う成人は確実に迎えていない風貌だ。
彼はポカンとした表情でこっちを見ている。
待てよ。
どっかで見た事ないか、この子?
どこだっけ。
「ええと、誰?」
「いやいや、お前こそ誰だよ!」
私の問いにツッコミで返して来るとは、お主なかなかやるな。
「見てたんだよ、俺は。お前、黒い翼で空飛んでただろ。魔物か? 正体見せろ!」
あー、見られてたのね。
しかも、魔物と勘違いされてる。
「違うんだって。私は怪しい者じゃ」
「これが怪しくなかったら何が怪しいってんだよ!」
うん、そうだね。
「ごめん。私はチカ、あなたは?」
「オレはジャン。……じゃなくて!」
ジャン……!
あの町にいた、テオとジュリアの息子さん!
ニコルの事でからかったら顔を真っ赤にしてた、あの子だ!
「何しにここに来た? ここがどこだか分かって来たんだろうな」
そりゃこっちのセリフだよ。
小さな町の商人の息子が、何でまたこんな所で衛兵のカッコしてるのさ。
と言いかけて、今の私はジャンが知ってる小さな子供ではない事を思い出した。
「あー、えっと。私は『勇者』で、王様に大事な事を伝えに来たんだよね。王様、今どこにいるか分かる?」
ジャンの眉が顰められる。
これ絶対、私が『勇者』だって信じてない奴だ。
「そんな格好の『勇者』様がどこにいるんだよ」
言われて気付いたけど、そういえば私、寝巻きにしてた浴衣のままだったわ。
しかも裸足だったわ。
これじゃ異邦人丸出しだよね。
そりゃ『勇者』だって信じてもらえなくても仕方ない。
「ええと、急いでたからこんな格好だけど、怪しい者じゃないよ。ホントに『勇者』だから」
握っていたままの『破魔の剣』の一つから晶玉を一つ取り出して、私はジャンの目の前に差し出した。
それをマジマジと見て、私の顔をもう一度覗き込んで、ジャンは腕を組む。
「お前が『勇者』様からそれを奪ったんじゃねーの? 何たって空飛んでたし」
「空飛んでたのは、これを使ったからなの」
「信じらんねーな。応援呼ぶから逃げんなよ」
やばい。
このままじゃ、また牢屋にぶち込まれる。
魔物の国の牢屋は座敷牢だったしそんなに牢屋っぽくなかったけど、今度は確実に冷たい地下牢行きだ。
逃げんなよと言われても、逃げるしかない。
私はくるりと踵を返し……た所で首根っこを掴まれた。
「逃げんなって言ってんだろが!」
この子、結構目敏いな。
と、背後から声がかかる。
「どうした、お前たち」
野太い声に私達は同時に振り向いて、私より先にジャンが居住まいを正した。
「クレイオス大隊長!」
見上げる程の大男。
簡素だが上等そうな鎧を身に纏うこの人、『勇者』認定試験で一緒になった人だ。
確か、ルードに自分の下で働け的な事を言われてた。
彼は、私を見て破顔する。
「誰かと思えば、チカじゃねえか! 元気だったか?」
「うん、まあ」
「妙な格好だな。それは『勇者』の衣装か?」
「いや、違うけど」
「そうか。それにしても丁度良い時に帰って来たな。俺も二日前に戻って明日にはまた発つ所だったんだ」
豪快な笑い声は相変わらずだ。
隣で、ジャンが私とクレイオスを交互に眺めながら呟いた。
「え、大隊長と知り合い? てか、マジで『勇者』様だったの」
その様子に、クレイオスはようやく気付いたらしい。
「新入りだな。彼女はチカ、俺と共に『勇者』認定試験を受けて、見事『勇者』の称号をいただいた凄い奴だぞ」
「え、え? てか彼女って、女?」
混乱してるとこ悪いけど、今がチャンスだ。
「ねえ、クレイオス。私、王様に会いに来たんだけど、どこにいるか知らない?」
「今なら執務室におられるんじゃねえかな。そっちから入って階段上がって左だ」
少し先の扉を指して、クレイオスは言った。
場所だけじゃなくてそこまでの道のりまで教えてくれるなんて、やっぱりこの人良い人だ。
「ありがと、じゃあ私もう行くね」
「ああ、俺も後で王様の所へ伺うとしよう」
軽く手を振って、ジャンが「待て」と言うより早く、私は扉に向かって駆け出す。
ごめんね、ジャン。
何でここにいるとか、ニコルには会ったかとか、色々気になるけど、その話はまた今度ね。
扉を開けるとすぐに階段があり、それを一階分上り切った所で右側から小さな足音と共に甲高くも情けない声が響いた。
「チカしゃあああぁぁんっ!」
ぽふん、と胸に飛び込んで来たのは、言うまでもなく毛玉だ。
抱き留めると、何だか前よりずっしりしてる気がする。
背が伸びたのか、美味しいご飯で丸くなったのか。
ふさふさの髪の毛をグリグリと私の鎖骨に押し付けて、毛玉はわああんと泣き出した。
「どうした? 何かあったの?」
頭を撫でて背中をトントン叩きながら私が聞くと、毛玉は更にわんわん泣く。
困ったな。
仕方がないので、背中トントンしながら泣き止むのを待つ事にした。
泣き止んだと思ってすぐに声をかけると多分また振り返すから、泣き声が止まってからもトントンはやめずに窓の外を眺める。
息子をあやしてたのが、随分昔に感じる。
幼稚園に入ってすぐの頃は、良くこんな風にしてたっけ。
晩ご飯の支度もあるのにってうんざりして、お惣菜に頼る理由の一端になった。
あの子も幼稚園で気を張って疲れてたんだろう。
お惣菜に頼るなら割り切って、もう少し優しくしてあげてれば良かった。
あっちに戻れたら、いっぱい構ってあげよう。
そんな事を考えている内に毛玉が顔を上げる。
「何があったの?」
顔を指で拭ってあげると、毛玉は涙の残る目で私を捉えて、また顔を歪めた。
「あのね、チカしゃんに会いたかったにゃ」
「うん、私も会いたかったよ」
「怪しい奴らの事、送ったの見えたにゃ?」
怪しい奴ら……夢の三人の事か!
やっぱりあれ、ただの夢じゃなかったんだ。
「見たよ。ニコルが危ないって事を教えてくれたんだね」
毛玉は頷く。
「さっき、ニコルねえねが入った倉庫にあいつらも入って行ったにゃ。あたしも入ろうとしたんだけど、猫だったのに急にこうにゃって戻れなくて」
人間の姿から猫に戻れなくてパニクってたから、私を見て泣いちゃったのか。
多分それは、毛玉の相方が人間の姿になったのと関係してるんだろうけど、考察は後回しだ。
どうやら事は一刻を争うみたいだし。
「倉庫ってどこ?」
「あっちにゃ」
私は毛玉を抱いたまま走り出す。
どうか間に合いますように。




