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48.主婦、戦略的撤退をする

「そう怖がるな。まだ会話出来るだけの理性はある」


 完全に及び腰になっていた私に、『魔王』は困ったように笑う。


 だって怖いじゃん!

 その目、超怖いじゃん!


「何で、そんな事になっちゃってるの?」


 ビビりすぎて声が震えちゃってるわ。

 我ながら笑える、いや笑ってないけど。


「私が『魔王』の座を譲り受けた時、ついでに肉体を乗っ取られてしまったんだよ」


 ついでって何よ。

 肉体って、ついでで乗っ取られるもんなの?


「拒否しようとしたんだが、流石に無理でね。完全に乗っ取られる前に、彼女から魔力を奪って二匹の人形に分けて封印したんだ」


 それが、ノエルとブランって訳ね。

 乗っ取られる前にねじ伏せるとか、『魔王』ならやりかねないからそこは突っ込まないよ。

 タイミング良くそこにあった人形の出自は物凄く気になるけど。


「私はそれで助かったが、色々と不具合も出たから元に戻そうとしたら戻せなくてな。私自身が斃されれば封印も解けると思って、今まで『魔王』をやって来た」


 そこからの流れは何となく分かる。

 待てど暮らせど『勇者』は現れず、痺れを切らした『魔王』は自ら『勇者』を育てようとした。

 それがメトロさん。


「しかし封印が解けたと思ったらこの様だ、全く面白い冗談だよ」


 怖い瞳をまぶたの奥に仕舞って、彼は一つ息を吐いた。


「無駄話だったな、忘れてくれ。お前は元の世界に戻る事だけ考えていろ。そろそろ彼女が、あいつらと遊ぶのに飽きる頃だ」


 いやいや、それ聞いたら余計に戻れないでしょ!

 私に何か出来るのかと聞かれたらちょっと分かんないけど。

 あ、むしろルードに伝えて何とかしてもらう方が良いのか?

 そうだ、それが良策な気がして来た!


「うん、分かった。ルード達と一緒に対策考えてみる」

「いや、お前は元の世界に戻る事をだな」


 聞こえなーい。


 私は、池ポチャ前に成功した背中の翼を思い浮かべる。

 もちろんメトロさんが翼を生やした設定で。

 握った『破魔の剣』から、腕を伝って背中に黒い靄が集まり、あっという間もなく翼が形作られた。

 何度も池ポチャしてあんなに苦労したのに、あっけない程簡単だ。

『破魔の剣』って、考えた事を具現化するサポートをしてくれてるらしい。

『魔王』が便利だと言ってたのは伊達じゃなかったんだな。


 ただし、前回とは違って翼の色は黒かった。

 まあ仕方ないか、触手も剣も黒かったもんね。


 私は空へ飛び上が……


 ろうとして、はてと思いとどまる。


「ルードのお城って、どの辺だっけ?」


『魔王』は呆れた顔をして、遠くに霞む森の一角を指差した。

 目は怖くても、その表情なら怖くないな。


「ありがと、待っててね!」

「だから、お前は」


 聞こえませんよー。


 気を取り直して、指された方角に向かい床を蹴る。

 軽く羽ばたいただけでグンと前へ進めた。

 時速にしてどれくらい出てるか分からないけど、どう考えても歩くよりは早い。


 風圧で変顔とかになるかと思ったけど、私の身体は魔力でコーティングでもしてあるのか、特に何も感じない。

 というか、むしろそよ風くらいは感じたいと思う程度に何も感じない。

 髪や服は棚引いてるんだから、顔に風くらい当たっても良いだろうに。


 体感で一時間もかからずに、森の端っこに着いた。

 森から『魔王』のお城まで、私が魔力切れで眠りこけてなきゃ丸一日程度だったから、森を抜けるのにもそう時間はかからなそうだ。


 それにしても。

『魔王』がラスボスだと思ったら、更に黒幕がいたなんてなあ。

 しかも、あんなに可愛いのに『魔王』の部下三人組が束になっても歯が立たないくらい強いとか。

 見た目はホント黒い毛玉なのに。

 あーあ、もう一回肉球触らせてほしかったなあ。


 良し、ルードのお城に戻ったら一番最初に毛玉をもふもふしてやろう。


 でも、他に気になる事もあるんだよな。

 ニコルにお仕置きしようとか何とか言ってた連中の夢。

 キモすぎて頭の隅に追いやってたけど、この世界の人間の思考回路から察するに、絶対ないとは言い切れないんだ、残念ながら。


 やっぱり一番最初にやるべきは、それか。

 私の可愛いニコルに手を出そうとしている不届き者に、さてどうやって鉄槌を下そう。

 あれ、そんな事したら私も思考回路そいつらと変わらなくないか。

 その前に、間に合わなかったらどうしよう。

 いや、それは考えちゃダメだ。


 とにかく、急ごう。

『魔王』をどうにかする為にも。

 ってうわああぁぁぁっ!

 今の『魔王』は男ってどういう事か問い詰めるの忘れてた!


 あ、いや、まあ、他の件に比べて重要度が低い事は承知なんですけど、やっぱり気になるじゃないですか。

 ルードなら知ってるかな。


 ただ飛んでるだけで他にする事もないし、幸い道中邪魔が入る事もなかったので、私は取り留めもなくそんな事やあんな事を考えていた。


 あー、お腹すいた。

 フワフワモチーッの愛情たっぷりニコル焼きが食べたい。


 グゥと鳴ったお腹をさすっていると、やっと森の終わりが見えて来た。

 ここまで来れば後は一息だ、私は一気に速度を上げる。


 早くお城にたどり着いて愛情たっぷりニコル焼きを、じゃない毛玉をもふもふ、じゃないニコルを変態たちの魔の手から救わないと!


 お、王都が見えて来た。

 やっぱり王城って大きいのね、上から見ると都の半分くらいがお城の面積だわ。

 いや、都が小さいって考える事も出来るのか。

 どっちでも良いや。


 お城の敷地内に、ちょっと広い場所を見つけた。

 芝生が張られてるみたいだし、そこに降りれば怪我はしなさそうだ。

 速度を下げ、そこ目がけて降下して行く。

 そろそろ翼を仕舞っても大丈夫かな。

 背中から黒い翼が掻き消えて、私はふわりと地面に降り立った。


 つもりだった。


 のに勢いがつきすぎて思いっ切りゴロゴロ転がり、私はその先にあった植え込みに突っ込んだのだった。

「愛情たっぷりニコル焼き」は幸路ことは様にいただいた料理名を採用させていただきました。

幸路ことは様、ありがとうございました!

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