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46.主婦、幼女の正体を知る

 皆さん、ノエルに視線を向けたまま動かない。

 この子がきゃわいいのは確かだけど、皆してそこまで固まるのはちょっとやり過ぎじゃない?


 誰も動こうとしないので、私が声を上げる。


「この子が、どうかした?」


 ようやく『魔王』がフリーズの魔法から解放された。

 ついでにギャグ顔からも解放された。

 良かった、このままだったらどうしようかと思った。

 ゆるゆると私に視線を向け、彼は口を開く。


「お前、何かしたか?」

「と、言いますと?」

「……いや」


 私の答えに察するものがあったのか、それ以上は聞かず、彼は私の前までやって来て膝をついた。

 その目はノエルに向いている。

 ノエルも『魔王』を見上げていた。

 二人はしばしそのまま見つめ合う。


 何だこれ。

 もしかして、獣に変えられた少女と青年の恋なの?


 いや、違うか。

 二人の間には剣呑な雰囲気が漂っている。

 どう見ても恋人同士のアレじゃない。


 複雑な表情ながらも先に口を開いたのは『魔王』だった。


「ルクレツィア」


 これ、どう考えても人の名前だよね。

 この子、ノエルじゃなかったの?


 それにしてもルクレツィアって、どこかで聞いた事あるんだけど。思い出せない。

 多分この世界で聞いたんじゃないんだ、元の世界のどこかで……


 あーダメだ思い出せない。

 歳かねえ、肝心な時に思い出したい事を思い出せないんだよ。

 ってそれは今関係ないか。


「どうして」


 問いかけようとしたまま言葉に詰まる『魔王』に、彼女は容姿に似合わぬ艶かしさで微笑んだ。


「あなたの魔力は私より強かったわ。でも所詮は魂を持たない存在の力ね。『契約』と違って、百年もすれば綻んで来るのよ」

「……それならそうと」

「伝える手段が無いでしょう。私は魔力も言葉も失っていたのだから」


 さて、何やら私には分からないお話を始められましたね。

 完全に蚊帳の外な私は、ヘルプを出そうとカラフル三人衆に目を向ける。

 惜しいな、白のお爺ちゃんが黄色なら信号だったのに。

 しかし、彼らも私と同じく蚊帳の外らしかった。

 ペンタクルはソードに向かって「誰?」とか聞いてるし、ソードは「知らん」と腕を組んでるし、ワンドに至っては「壁直すのくらい手伝ってよー」だ。


 どうしようか。

 会話の内容はともかく、痴話喧嘩に見えなくもないやり取りをしている二人の間に切り込むのは勇気が要りすぎる。

 だからと言ってこのまま訳の分からない会話を聞かされ続けるのも嫌すぎる。


 よし、決めた。

 行くぞ!


「ちょっとタンマ!」


 二人の間へと割って入った私に、ノエルは鬱陶しそうな目を、『魔王』はお前ここにいたのかとでも言いたそうな目を向ける。

 あ、やっぱ良いです、と言いそうになるのをぐっと堪えて、私は続けた。


「あのね、二人にしか分からない話をここでしないで。それから誰なの、この可愛いお嬢さんは」


 私の言葉に、ノエルが赤面して両手、正確には肉球を頬に当てる。


「可愛いお嬢さんだなんて、久し振りに言われたわ」


 その仕草してると百倍可愛いですよ!

 と叫ぶのはやめて、私は『魔王』に視線を移した。

 既にそっぽを向いていた『魔王』は、ボソリと呟く。


「確かに見た目はお嬢さんだな」


 それを聞き逃さなかったノエルは、キッと『魔王』を睨んだ。


「あら、嫉妬かしら? 自分は可愛いなんて言われないものね」

「いや、私は可愛いと言われたいとは思わないが」

「そうよねえ、今のあなたは男だもの」


 は?

 何々、どういう事?

 今この子『魔王』に向かって「今のあなたは男」って言ったよね!


 それが私の口をついて出る前に、ノエルは立ち上がって私に向き直った。

 猫耳幼女が腰に肉球の付いた手を当ててふんぞり返ってる。可愛い。


「妾の名はルクレツィア。ユマン王国が国王・ルドルフ一世の正妻よ」


 正妻って、ルードの奥さん!?

 それだけで衝撃だったのに、『魔王』は更に爆弾を投下する。


「付け加えると、彼女は先代の『魔王』だ」


「ええーっ!」


 声を上げたのは私ではない。ペンタクルとワンドだ。

 見ると、ソードも目を見張っている。


 ちょっと、そこは私が驚くところでしょ。

 てか皆知らなかったの、この子の正体?

 ワンドなんて、ずっとこの子のお世話してたんだよね。


「ちょっと主様、俺ら何も聞いてないんですけど!」

「そうだよー、ただの猫ちゃんだと思ってたしー」

「我らにしっかり説明をしてはいただけませぬか」


『魔王』は三人を振り返った。


「ああ、そういえば、お前達がついて来たのは私が『魔王』になった後だったな」

「忘れないでよー、そんな大事な事ー」

「いや、悪かった。話したと思っていたんだ」


 私、もうツッコミ切れないよ。


 マジかー、と言うペンタクルを眺めながら、私は自分の思考回路がショート寸前である事を感じていた。

 気を紛らす為にノエル、もといルクレツィアを見る。

 彼女が気付いてこちらを見上げた。

 うん、可愛いは正義だ。

 もう一度肉球触らせてくれないかな。


「お前は何者なのかしら? あちら側から来た人間かと思ったけれど、魂を持っているわね」

「あ、私の名前はチカ」


 ええと、どこから説明したら良いんだ?


「彼女の中の魂は別の人間のものだ。彼女も異世界人だよ」


 『魔王』が横から説明してくれた。

 ルクレツィアはあらそうなの、と珍獣でも見る目になる。

 そんなに見つめられたら何かこそばゆいのでやめてください。


 『魔王』は、改めて私に視線を向けた。


「彼女が黒幕だ。あれこれ言って悪かったが、お前の助けは必要なくなった」


 ああ、そうだよね。

 黒幕を引っ張り出す為に『魔王』を斃してくれって話だったもんね。

 黒幕が出て来ちゃったから私の役目は終わりだ。


 ん?

 それじゃあ、私は元の世界に帰れるって事?

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