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43.主婦、落とされる

 決意は新たにしたものの、今出来る事と言ったら『魔王』の帰りを待つくらいな訳で。

 布団の上でノエルにねんねーねんねーと言いながら背中を撫でているワンドを眺めながら、私は溜め息をこぼした。


 ノエルはお目々ぱっちりだ。

 と言うか、何か言いたげにずっと私を見ている。

 気がする。

 この子が人間の姿になったら、やっぱり毛玉みたく肉球ぷにぷにの猫耳幼女なのかな。

 黒髪黒しっぽで肌の色も黒いかな、それとも肌の色は白いかな。

 絶対可愛い見てみたい。


 それで思い出したけど、毛玉は今どこにいるんだろう。


「ねえ、ノエルに似た白いのいたよね。白い猫か、小ちゃい女の子か、どっちかの姿の」


 私はワンドに聞いてみる。

 ワンドはああ、と私を振り返った。


「ブランねー。あの子ー、チカのお連れさんたちについてっちゃったよー」


 あの子ルード達について行ったの?

 それで目が覚めてから見かけなかったのか。

 てか、ブランって名前なのね。

 毛玉で良いって言うから毛玉って呼んでたけど、可愛い名前があるんじゃない。


 それはともかく、ルード達と一緒なら心配はないな。

 お城にはお世話してくれる人がいるだろうし。


「あの子ー、森で迷子になってずっと探してたんだよー。戻って来たらチカと一緒でびっくりしたよねー」


 一瞬どうしてびっくりしたんだ、と思ったけど、そういえば私『勇者』だったわ。

『勇者』は魔物を討伐する立場なんだから、魔物と『勇者』が一緒にいたらそりゃあびっくりするわな。


 とはいえ、ここの魔物たちは私が『勇者』だからと怖がったり嫌がったりする事もない。

 もしここが人間の国で私が魔物だったら、こうは行かないだろう。

 それは魔物が純粋だからなのか、私が『魔王』よりはるかに弱いから、軽く見ているだけなのか。


「どうかしたー?」


 まっすぐ私を見つめるワンドに、私はひねくれた考えを振り払う。

 きっと、彼女たちが純粋なだけだ。


「何でもないよ」


 軽く笑ってごまかしながら、私は話題を変えた。


「そうそう、ワンドって空飛べるんだよね。羨ましいなあ、どうやったら飛べるんだろ」

「あたしは生まれつきだけどー、主様も空飛べるよー。チカにも出来るんじゃないかなー」


 え、マジで?


「私も、空飛べるの?」

「出来ると思うよー。やってみるー?」


 はいはいやりますやってみます!


 と思った私が間違いだった。



 -----



「はーい、行くよー」

「ま、待って待って待って!」

「えー、なんでー?」

「ま、まだ心の準備が!」


 私はお城の屋根からワンドに腕だけ掴まれてぶら下がっていた。

 何やってるんだろう私。


 うん分かってますよ気軽に空を飛びたいとか言っちゃったからワンドが手っ取り早く飛べるようになるにはこうするのが一番とか言い出して私はここから放り投げられようとしてるんだよ!


「そんな事言ってたらー、いつまでたっても飛べるようにならないよー」

「だって落ちたら死んじゃう!」

「大丈夫だよー、下には池があるしー。主様とおんなじ力持ってるなら問題ないよー」


 この子何か勘違いしてないか?

 確かに私は『魔王』と同じく異世界から来たけど、魔力的にも体力的にも月とスッポン以上に差があるっつーの。

 しかも池って言っても何十メートルも下なんだから、地面と何も変わらないでしょ。

 そもそも何をどうしたら空を飛べるのかも分かんないのに、どうやって潰れたカエルの出来上がり以外の事を想像しろと?


「何がどう問題ないの!」

「簡単だよー。自分が空飛ぶのを想像したら良いんだよー」


 自分が空飛ぶ想像?

 ええと、どんなだ?

 あ、竹とんぼとヘリコプターが合体した、タヌキみたいな青いロボットがポケットから出す道具?

 いやいやそれじゃ道具がないと飛べない。


 ええと、それじゃあ雲に隠れた空飛ぶお城の動力源だった石?

 駄目だあれはゆっくり落ちてるだけで、命は助かるけど飛んでない。

 しかも、石がないと無理な上に血筋も関係してるから、私は結局落ちて死ぬ。


 あ、だったら猿みたいな戦闘民族異星人が気合いで空飛ぶ術?

 うーん、どうやって飛んでるのか分からん。

 それじゃあ空飛ぶ想像するのと変わらないじゃん。


 どうしよう、自分が空飛んでる姿なんて想像できない。


「じゃあー、今度こそ行くよー」

「いやいやいやちょっとたんま!」

「はーい、行ってらっしゃいー」


 手が離れた。

 上りのエレベーターが止まった時みたいな感覚が起きる。

 背筋がゾワッとして全身から力が抜けた。

 無理だもう何も思い浮かばない。


 助けてメトロさーん!


 思わず心の中で思いっ切り叫んだ私は、ふんわりと何かに抱き止められる。


 何、何が起きた?


 恐る恐る顔を上げる。


「ヒェッ!」


 思わず変な声が出た。

 この心臓が口から飛び出しそうな感じ、凄く久し振りな気がする。


 黒い短髪、切れ長の瞼に縁取られた黒い瞳、筋の通った鼻に薄い唇。

 服越しに触れる、細く見えてその実逞しい身体つき。

 安堵感と共に襲う強烈な気持ちの昂りに、呼吸が上手く出来ない。

 ワンドに手を離された時よりも緊張してるかも知れない。


 私はメトロさんに抱きかかえられていた。


 こっちに来てから何人かにお姫様抱っこされたけど、今が一番幸せだ。

 このままずっと時が止まってくれたら良いのに。

 いやそうじゃなくて。


 何でメトロさんがここにいるの?


 そう思った瞬間、メトロさんの姿は掻き消えた。

助けて◯◯えもーん!

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