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42.主婦、建国譚を聞く

 部屋に入った私は、まずノエルを布団に降ろす。

 ノエルは寝る様子こそないが、逃げるでもなく布団の上に丸まってくれた。

 瓦礫を払いながら一緒に入って来たワンドを見ると、何やら一人でもがいている。


「どうしたの?」

「背中に何か入っちゃったのー。取れないー!」

「大丈夫? 取ろうか?」

「お願いー」


 ワンドに膝をついてもらって、私は襟元から手を入れた。

 そういえば、この子は翼をどうやって出し入れしてるんだろう。

 服に破れた所はないし、背中をまさぐってみても人間のものと変わりなく感じる。


「いやだー、アハハくすぐったいー」


 くねくねと身をよじらせながらワンドが言う。


「ごめん、すぐ取るから」


 あ、瓦礫あった。


「アヒャヒャ、早く取ってー」

「待って待って、動かないで!」


 あっちに行ったりこっちに行ったりする身体に翻弄されながら、瓦礫をようやくつまみ出す。

 ワンドは蕩けたような溜息を吐いた。

 よっぽどくすぐったかったのか、その顔は上気している。


「取れたよ。くすぐったかったね、ごめんね」

「ううん、ありがとー」


 振り返ったワンドは、私の頭に乗った瓦礫を払ってくれた。


「あたし達、めっちゃ汚れてるねー」


 そりゃあ、あれだけ壁を突き破ればねえ。


 身体中の瓦礫をすっかり落として、私たちは綺麗になったけど、畳の上は見るも無残になっていた。

 これ、誰が片付けるのかな。

 やっぱり私だろうか。


 げんなりしている私にお構いなく、ワンドは部屋を見回していた。


「主様はどこ行ったのー?」

「東の諍いがどうとかで、出かけたみたいだけど」

「えー、あたし置いてけぼりー?」


 ワンドは思いっ切り眉間にしわを寄せて口を尖らせる。

『魔王』の直属の部下っぽいのに、何も聞いてなかったんだろうか。

 急いでたみたいだから、伝えそびれたのかも知れないけど。

 つまんないのー、と呟いて、でもすぐにその顔はほころんだ。


「まあいっかー。行っても何もないしー。主様が行ったんなら諍いもすぐおさまるよねー」

「諍いって、何の?」


 気になって聞いてみた私を、ワンドはまじまじと見つめる。

 え、私何か変な事言った?


「あー。お客人は知らないよねー、カリスの事なんてー」

「カリス……」


 聞き覚えのない名前だ。


「あのねー、お客人たちがやっつけた黒いドラゴンいたでしょー。あれがカリスだよー」


 ああ、あの黒い龍。

 って、もしかしてあの龍が東の地方を統治してて、それを私たちが斃したから跡継ぎ問題で混乱してるの?

 つまり私たちのせい?


 ワンドは私の動揺に気付きもしないで、何かを思い出したように人差し指を立てる。


「そういえばカリスがいなくなってからー、いっそくしょくはつ? 何かそんな感じだって主様が言ってたー」


 一触即発、だよね。


「でもでもー、カリスがいなくなった途端に騒ぎ出すとかカッコ悪いよねー」


 う、うん。

 そう言えなくもないかな。


「まあ主様が行ったんならすぐにおさまるでしょー」


 あ、そうなの?


「だってー、主様が『魔王』になってから、この国はすごーく平和になったんだよー」


 そこからしばらく、私は『魔王』の建国譚を聞かされた。

 あれがドカーンってなってね、とか擬音が殆どで何を言ってるのか良く分からなかったけど、とにかく『魔王』が凄く強いんだという事は分かった気がする。


 魔物と一口に言っても、姿も生態も様々で、本来なら一つにまとめ上げるのは難しい。

 それを、彼は『魔王』になって十年足らずで成し遂げてしまった。

 もちろん反発する勢力もあって、一度はこの城を落とされたりもした。

 再建の際に『魔王』の意見を反映して、ついでにソードがはっちゃけて、今のカラクリ満載のお城に至る。


 脳内補完で要約するとそんな感じの事を、ワンドはとても嬉しそうに語っていた。

 この子『魔王』の事がホントに大好きなのね。

 そういえば、ペンタクルも何だかんだ『魔王』に従ってるし、やっぱり魔物に慕われてるんだな、あの人。


 そんな人を斃すなんて、出来るのか?

 闘い的な意味でも私には到底無理だし、折角平和になった魔物の国をわざわざ再び混乱に陥れる必要も感じない。

 それ以上に、こんなに彼の事を慕っている魔物たちから、彼を奪えるのか。黒幕を引っぱり出す為だけに。


 そんな事、したくない。


 何とか『魔王』を斃さずに黒幕を表に出す方法を考えよう。

 その為に、黒幕の話をもっと聞きたいところなんだけど。


「とりあえずー、主様が帰って来るまで暇だしー。どうしよー、ねーお客人ー」

「あのさ、お客人って言い方、出来ればやめてほしいんだけど」


 何となくよそよそしくて、ずっと気になってたんだよね。

 というか、ここの人たち私を名前で呼んでくれないんだよ。

 何でだろう、名乗った事なかったっけ?


 ……なかったわ。


「じゃあ、えっとー」

「チカ、だよ」

「チカねー。あたしはワンドだよー」

「ワンド、改めてよろしくね」

「よろしくー。フフ、何か変なのー」


 ワンドがはにかんで笑う。

 この笑顔を、自分の手で消したくない。

 私は切に思った。

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