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41.主婦、放置プレイされる

 黒幕って。

『魔王』の後ろに、更にラスボスがいたのか。

 しかも女。

 いや性別関係ないけどさ。


 ともかく、『魔王』を斃さないと黒幕が出て来ないからって、そんな理由で『魔王』は自分を斃してもらおうとしてるの?

 何のために?

 ルードのため?

 ルードのためなら死んでも良いって事?


 いやいや待ってよ、そんな愛する人のために命まで犠牲にする的な。

 え、まさか『魔王』ってルードの事が好きなの?

 まあね、あの雑記見てたらルードの事しか書いてないもんね。

 そういう事もあるのかもね。


 ってそんな事あってたまるか!

 思わずノリツッコミしちゃったじゃないの。

 ルードの事が好きなら何で『魔王』になるのよ。

 素直に『勇者』のまま『魔王』斃して戻ってくれば、ルードとずっと一緒に居られるのに。


 変な方向に思考が向いたまま軌道修正できない私に、『魔王』は再び眉を寄せた。


「結論は急がなくて良いが、早く元の世界に戻りたいなら」

「え、あ、いや、そうじゃなくて」


 落ち着け私。


「ええと、その、ルードとはどのようなご関係で?」


 言うに事欠いてその質問か私!


「彼女とルドルフの関係か?」

「あ、いや、うん」


『魔王』が勘違いしてくれて良かった。のか?

 とりあえず、これ以上変な事を口走らないためにも、しばらく聞きに徹しよう。


 ふと目の端に動くものがあったので見ると、ペンタクルが部屋を出て行くところだった。

『魔王』もそちらをチラリと見やったけれど、すぐに私に視線を戻す。


「彼女はルドルフの」

「主様、話の途中にすみません」


 ペンタクル、また戻って来たの?


「何だ」


『魔王』も、せめてルードと彼女とやらの関係を話し終わってからにしておくれよ。


「東の諍いがちょっと厄介な事になってるみたいです。急がないとまた城を落とされますよ」


『魔王』は息を吐く。


「話は戻ってからで良いか」

「え……」


 問いかけておきながら答えを聞かずに立ち上がった『魔王』は、振り返りもせず部屋を出て行った。

 残された私は、ポカンとそれを見送る。


 何この放置プレイ。

 ええと、どうしよう。

 とりあえず、扉、開いてる。



 -----



 まあ、開いてれば出てみるよね。

 そして、迷うよね。

 これもうお約束だよね。


 という訳で、自分がどこにいるのか見当もつかなくなった私は、フラフラと廊下を歩いていた。


 しっかし、広いな。

 木造で、ここまで大きなお城が出来るんだ。

 建築にもお城にも全く詳しくない私でも、彫刻の繊細さとか床や柱のピカピカ具合とか、延々続く廊下から推測される広さとか、それくらいなら分かる。


 毛玉が、このお城はカラクリがたくさんあるとか言ってたっけ。

 つまり、この延々と続く廊下はカラクリの一部で、もしかすると私はカラクリに取り込まれているのかも知れない。


 そういえば、ここんとこ毛玉の姿見てない気がするけど、どこに行っちゃったんだろう。


 と、廊下の曲がり角の向こうから、何やら声と足音がする。


「待てこのー!」


 曲がり角でスピードを殺しきれずに床の上をツルツル滑りながら、黒い猫がこちらに走って来た。


「誰かつかまえてー!」


 声につられてしゃがんで手を差し伸べる。

 黒猫はまっすぐ私の腕の中に飛び込んで来た。

 初めからここにいましたよ的な顔で私に抱っこされているこの猫、見覚えがある。

 毛玉に良く似た、でも色は正反対の、耳の先と尻尾の先が白い黒猫だ。


 猫に続いて廊下を駆けて来たのは、赤い着物の少女だった。


「ホントに誰かいたー、ありがとー。って、主様のお客人じゃないのー。どうしてここにいるのー?」


 燃えるような赤毛をポニーテールにして、着物の褄をはしょっている。

 見るだに溌剌なお嬢さんっぽい。

 こっちも見覚えあるな。水晶玉の中で、確かワンドって呼ばれてた。


 座敷牢にいる筈の私がここにいる事、咎められるかな。

 私は猫を抱いたまま立ち上がる。


「迷っちゃって」

「だよねー。ソードがムダに迷宮にするから、迷うよねー」


 そんな事はなかった。

 とりあえず一安心しながら、猫を渡そうとする。

 のだけれども、猫は私にしがみついて離れようとしない。


「ちょっとノエルー、何お客人にしがみついてんのよー。離れなさいよー」


 少女が首根っこを捕まえて引き剥がそうとしても、猫は私の着物に爪を立てて抵抗した。

 着物に穴が空いちゃうよ、これ借り物なんだからやめて。

 まあ、こっちで借り物じゃない物なんて、自分の意識くらいのものだけど。


「あのねー、この人は主様じゃないのよー。大人しくお昼寝してなさいってばー」


 どうやら、ノエルと呼ばれたこの猫は、お昼寝が嫌で逃げ出したらしい。

 それを、彼女は追いかけていたようだ。

 猫なのにお昼寝を嫌がるなんて。

 でも、この猫が毛玉みたいに人間の姿になれて、幼児の姿をしてるなら、まだまだ遊びたくて昼寝を嫌がるのも頷ける。


「良かったら、私もこの子のお昼寝に付き合おうか?」


 どうせ放置プレイ食らって暇だしね。


「え、良いの?」


 彼女の顔がパッと輝いた。

 猫をお昼寝させるのに、よっぽど苦労してたんだな。

 分かります。

 私にも息子が小さい頃、眠たそうなのにまだ遊ぶと駄々をこねられて、辟易した思い出があるから。


 何なのかね、子供のあの眠いのに寝ないやつ。

 まあ、今はそんな事どうでも良いか。


「良いよ。代わりに、私の部屋まで送ってもらえると助かるな」

「そんなの全然オッケーだよー。助かったー」


 全身から喜びのオーラを発しながら、ワンドはくるりと私に背を向ける。


「それじゃあー、お客人のお部屋にれっつらごー」

「え、私の部屋でお昼寝させるの?」


 私の部屋、座敷牢なんですけど。


「そうだよー。だってノエルお客人から離れないしー。お客人のお部屋の方が近いしー」


 どれだけ長い間追いかけっこしてたんだ、この二人。

 まあ、良いや。


 ワンドに案内されて廊下や階段を行ったり来たりする。

 初めはここに隠し扉があってね、とか、ここ落とし穴なんだよ、とか解説してくれていた彼女だったが、だんだん口数が減って来た。

 遂には立ち止まり、首を傾げる。


「あれー、こっちだった筈なんだけどなー」


 はい、迷いましたね。

 口数減って来た辺りで想像はついてましたよ。

 腕の中のノエルを見ると、我関せずで耳をピルピル振っていた。


「んー、もうめんどくさいー」


 思いっ切り口をへの字に曲げて、ワンドはこちらを振り返る。

 そしてにっこり微笑んだ。

 笑うとキュートね、この子。


「飛んでこー」


 え、何、何するの?


 反応する間もなく、私はヒョイとお姫様抱っこされる。

 この子、身体に似合わず力持ちだ。

 そんな事を考えていると、バサリと音がした。

 さっきまで何もなかった彼女の背中に、コウモリの翼が生えている。


「行っくよー」


 掛け声と共に、私とノエルごとワンドの身体が浮き上がった。

 それでどうするのかと思ったら、壁目がけて勢い良くぶつかって行く。

 一応私を庇ってくれてはいるけど、瓦礫がガンガン当たって正直痛い。

 私は猫が負傷しないように身体を丸めてやり過ごした。

 いくつか壁を突き抜けて、ようやく外に出る。


「あそこかー」


 呟いて、ワンドは何階か分上に行き、再び壁に穴を開けた。

 壁の向こうの廊下をしばらく行くと、見慣れた格子が現れる。


「ついたよー」


 床に降ろされて、私は詰めていた息をようやく吐き出した。

 私もワンドも瓦礫まみれだ。

 ノエルは何とか無事だけど。


「……ありがとう」

「どういたしましてー」


 翼を仕舞って得意げに反り返るワンドに、私は笑ってみる。

 その顔は強張っていたに違いない。


 しかしあの壁、誰が修理するんだろう。

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