36.主婦、仲間の無事を知る
あの後、話をする間もなく『魔王』は宴会とやらのために部屋を後にした。
というかペンタクルに連行された。
何の宴会なのかと聞くと、懇親会だそうな。
各集落の長を招いて、定期的に各地の状況を聞く会らしい。
私の部屋にも、やたら豪華なお膳が運ばれて来た。
魔物の国のご飯には期待していなかったけど、嬉しい誤算だ。
お腹も満たされたので、そろそろ寝ようかと思っていた頃に『魔王』は戻って来た。
お酒が入って少し頰の赤い彼に異様な色気を感じながら、私は彼の要望通り日本の話をした。
と言っても何を話したら良いか分からないので、彼の質問にひたすら答えるだけだったけど。
夜が更けて段々眠くなって来た私は、ぼんやりとニコルたちの事を考えていた。
落とし穴や隠し扉で引き離されて以降の、彼女たちの安否を私は知らない。
私が無事なんだからきっと無事なんだろうな、とは思いながら、どうしているか気になった。
「ニコルたち、どうしてるのかな」
その呟きを聞いていたらしく、『魔王』は翌日私の部屋に入るなり水晶玉を渡して来た。
「何これ」
「お前が知りたがっていた事だ。記録されているから見てみろ」
私は水晶玉を覗き込む。
そこに映っていたのは、私が『魔王』に心臓を抉り出されそうになった直後の光景だった。
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「待った!」
ルードが叫びながら剣を『魔王』目がけて振り下ろす。
『魔王』は『勇者』の胸に差し入れていた手を抜き、勢いづいた剣を簡単に掴んだ。
ルードに鋭い視線を投げると、『魔王』は口を開く。
「どうしてお前がここにいる?」
ルードの額には汗が滲んでいた。
剣は血にまみれた手に掴まれたまま、ビクともしない。
「ルール違反だろう、お前がここに来るのは」
「そうだけど、話を聞いてほしいんだ」
「知るか」
『魔王』は剣を無造作に放り投げた。
剣と一緒に放り投げられる前に、ルードは剣を手の平サイズに戻す。
『魔王』は『勇者』の身体を床に横たえた。
「この異世界人の身体はくれてやる。メトロの魂を返してもらってからな。だからお前はさっさと自分の城に帰れ」
「待ってってば!」
ルードは『魔王』の肩を掴み、自分の方を向かせる。
「その子はメトロと『契約』して魂をもらったんだから」
「異世界人と人間は『契約』できない。お前も知っているだろう」
「チカはメトロと『契約』したって言ってたよ」
「大方こいつが嘘を吐いているんだろう。異世界人と言っても所詮は人間だ」
「そんな嘘吐いてその子に何のメリットがあるのさ。大体チカは嘘が吐けるような子じゃない」
言ってから、ルードは眉根を寄せて首を振った。
「違う、今はそんな不毛な事を言ってる場合じゃない。アストレア、メトロが魔力を手に入れたんだ。そう考えてみてよ」
アストレア、そう呼ばれた『魔王』はおもむろにルードの襟首を掴む。
鼻先がつく程に顔を近づけ、『魔王』は低く唸るように言った。
「この程度で『魔王』を斃すつもりか」
ルードは動じる事なく『魔王』を見つめ返す。
「だからここに連れて来たんだ」
『魔王』の口角が上がった。
「そういう事か」
「そこまでです」
二人に冷たい声が降った。
「王から離れていただけますか、『魔王』」
声の主は、不快感を露わに剣を『魔王』の首元に突きつけている。
ルードが手を挙げてそれを制した。
「アル、下がってて」
その目は『魔王』を捉えたまま、アルは剣を降ろす。
『魔王』はルードから離れようとしなかった。
襟首を捕まえたまま、視線をアルに向ける。
その目は好奇心に満ちていた。
「ソードの血縁か。良く似ているな」
『魔王』が呟く間に、アルの後ろにいたニコルが『勇者』の傍に駆け寄る。
「チカさん……」
ここに来た時は結ってあった筈の髪の毛が、解けて肩に流れていた。
ニコルは震える手で『勇者』の首筋に指を当てる。
強張っていた頰から緊張が取れた。
「良かった。チカさん、大丈夫ですよ。すぐに傷を治しますね」
血に濡れた『勇者』の胸に両手を置き、ニコルは何やら呟く。
青い筈の瞳が赤く輝くと同時に、その手が青白い光を帯びた。
数秒。
手を離すと、赤黒く汚れた服の下の傷は綺麗に塞がっていた。
ニコルは一つ息を吐いて微笑むと、『勇者』の上にくずおれる。
ややあって、甲高い声が外から聞こえた。
「ちょっとー、あたしのお客さん勝手に連れて行かないでよー」
コウモリの翼を生やした赤い服の少女が床に降り立つ。
赤い髪を高く結った少女は、茶色い瞳で憮然とアルを睨んだ。
次に『勇者』の上に伸びているニコルを見つけて、目を丸くする。
「どしたのー? 何かあったのー?」
『魔王』はようやくルードから離れ、立ち上がった。
「ワンド、他の二人は?」
「知らないよー。この子何でへばってるのー?」
「死にかけた人間の傷を塞いで、魔力を使い果たしたんだろう」
「あたしが追いかけて来る間に、死にかけるほどの傷を治したのー? 流石ニックの娘だねー」
その言葉に、『魔王』はニコルを振り返った。
「ニコラウスの?」
「そうだよー。髪の色も目の色も、ニックにそっくりでしょー」
「ニコラウスの子供は、母親と共に死んだんじゃなかったのか」
「それがねー、生きてたみたいよー。だって半端者はおいしくないから、あたしたちは食べないもんねー」
二人が会話を交わしている隙に、ルードはニコルを抱え上げた。
廊下から足音が聞こえて来る。
程なく白服と青服の男が現れた。
「なあ、もうちょい下の階に主様の居室を移さないか。地下からここまで駆け上がるの結構辛いんだが」
「ペンタクル、お主運動不足じゃないか?」
「ああ? ソードのおっさんが年の割りにピンピンしてるだけだろ」
睨み合う二人に構わず、アルの横まで移動したルードが声を上げる。
「それじゃあ余はこれで失礼するよ、アストレア。後はよろしくね」
アルの足元、正確にはそこに描かれた魔法陣が光を放っていた。
赤、青、白の三人は一様に目を見張る。
しかし『魔王』は眉一つ動かさなかった。
光が三人を包み込む。
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そこで映像は途切れた。
私はぽかんと口を開けたまま固まっている。
『魔王』が言った。
「知りたかったんだろう? 見ての通り、三人は無事だ」
うん、それは分かった。
けど、それ以上に色々新たな謎が生まれたんですけど。
「あいつはもう来なくて良いんだがな」
呟く『魔王』を、私はまとまらない思考をぶつけるように見た。
それに気づいた『魔王』がこちらを見返す。
「昨日の話の礼に、お前の疑問に答えてやろう。あ、その前に部屋を出るか。ここは息が詰まる」
ここ、座敷牢だから仕方ないです。
私がそう言う前に、『魔王』は私の手を引いて部屋を出て行った。




