35.王と執事と落とし穴
時間を少々遡る。
落とし穴や回転扉によって、チカの同行者三人はそれぞれ違う場所にいた。
-----
「いったたた、尻餅とか何年振りだよ。どこだ、ここ」
ルードは辺りを見回した。
暗さに慣れると、石の積み上げられた壁に囲まれた部屋が目に入る。
その一角にある金属製の扉が、軋む音を立てながら開いた。
入って来たのは、ルードの国では見慣れない形の、青い服を着た男だ。
まだ若く見える。
茶色の短髪に翡翠の瞳、彫りが深く端正だが、どこか軽薄な印象を受ける。
ルードの方が軽薄な事は明白であるが、今は置いておこう。
男の顔は訝しげな表情に染められていた。
「挨拶もなしに悪いが、あんたに聞きたい事がある。それの事だ」
男が指差したのは、ルードの首からぶら下がっている剣だ。
「それは初めからあんたの持ち物か? それとも、誰かから貰ったか、奪ったかしたものか?」
ルードは小さな剣をつまんだ。
「これ? これは元々余のものだよ。余が造らせたんだ、こんなのが欲しいって」
だから何、と言いたげにルードは男を見る。
男は何故か、その回答が想定外だったとでも言うように視線を泳がせていた。
「君もこんなのが欲しいの? でもこれはあげられないから、良かったらもう一つ造らせようか」
『魔王』の棲む城で落とし穴に落とされて、目の前に魔王の配下と思しき男がいるにも拘らず、ルードは相変わらずであった。
しかし、男はそこには触れずに首を振る。
「いや、欲しい訳じゃない。昔、それと似た剣を持った奴に会っただけだ」
「え、じゃあ君、余と昔どこかで会った事があるの?」
「いや、多分見間違いだ。お前がそれを造らせたって言うなら、俺の見間違いなんだろう」
男は何に対してなのか、動揺を隠せない様子だ。
しかし、それに興味もなさげに、ルードは自分が落ちて来た穴を見上げた。
「それにしても、このお城は何なの。こんな落とし穴とか作っちゃって、ダンジョンにでもするつもり?」
問いかけに少し自分を取り戻したのか、男は答える。
「ああ、これはソード、俺の同僚の趣味だ。元いた所じゃやらせてもらえなかったから、こっちで好きにして良いって言われてはっちゃけたらしい」
「……へえ」
四角く切り取られた明かりを見つめたまま、ルードは呟いた。
「元気にやってるのか。良かった良かった」
「何の事だ?」
「ん? 何でもないよ」
再び訝しげな顔をする男に、ルードは剣を首から外しながら笑いかける。
「そろそろあの子が『魔王』に会う頃だ。余もお邪魔させてもらうね、あの子一人じゃ心配だから」
ポイ、と剣を放り投げた。
それは見る間に大きくなり、ルードの手の中に戻る頃には見事な大剣になっていた。
いかにも重そうな剣を片手で軽々と掲げ、ルードは壁を見やる。
「危ないからちょっと下がってて」
「いやいや待て待て! 何する気だ!」
「こうするのさ」
男が止める間もなかった。
石の壁に向かって、ルードは剣を一振りする。
壁に大きな亀裂が入り、崩れた。
その先には、ここと似た石壁の部屋がある。
そこで対峙していたのは、アルと白い服の男だった。
二人は互いに剣を抜いて睨み合っていたが、突然の闖入者にその体勢まま固まる。
「ルード、様」
先に言葉を発したのは、白服の男の方だった。
白髪にアルと良く似た群青の瞳。
アルが年を取ったらこうなるだろうと思わせる、細身の男だ。
その顔には、驚愕と同時に思慕の情が滲んでいた。
青服の男が目を丸くする。
「え、ソードのおっさん、この人と知り合いなの?」
「後で話す。お主はそのお方を捕まえろ、主様の邪魔になる!」
言うなり白服は剣を振るった。
アルがそれを受ける。
火花が散った。
剣同士が擦れ合う耳障りな音に顔を顰めながら、ルードはアルに駆け寄る。
青服もそれに続いて走った。
ルードは、剣を白服の腕目がけて振り下ろす。
飛び退る白服。
剣は唸りを上げて空を切る。
背後から青服が迫った。
剣はそのまま床を抉り、青服の喉元を捉える。
青服の動きが止まった。
他の者も、動きを止める。
ルードは目だけを白服に向けた。
「久し振り、セバスチャン。でも、今は話してる暇ないんだ。また今度ね」
ルードがアルの腰を取る。
「アル、行くよ」
「畏まりました」
アルは剣先で床に魔法陣を描く。
刹那。
上空で爆発音がした。
四人は一斉に上を仰ぐ。
「急ごう」
「はい」
アルが魔法陣を踏みつけた。
青服は剣を払いのけ、ルードの腕を掴もうとする。
が、遅い。
二人を風の壁が包み込んだ。
風は咆哮と共に蛇の形を取る。
「待て、アルフリート!」
白服の叫びは掻き消されて届かない。
二人は、蛇の起こした風に乗って城の上部へと上がった。
一角に、襖や調度品が散らばった箇所がある。
爆発音の源だ。
「アルはニコルを探して。余はあそこに突っ込むから」
「畏まりました」
ルードはアルから手を離し、落下しながら剣を構える。
アルは蛇を伴って城の下部へ降りて行った。
と、散らばっていた瓦礫に何か黒く輝くものがばら撒かれる。
次の瞬間、それらは部屋の中に引きずり込まれた。
「え?」
虚をつかれて体勢が崩れたルードは、何とか廊下に降り立つ。
部屋の中には、積み上がった瓦礫と『勇者』と『魔王』。
「返してもらうぞ、メトロの魂」
今にも『魔王』の手が『勇者』の心臓を抉り出さんとしていた。




