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29.主婦、夢を見る

「どうだい。雨さえ降らなければ、あんな魔物なんてこの通りだよ」


 どうやら雨雲は龍が引き連れて来たものらしい。

 龍が斃された今、空には晴れ間が広がっていた。


「チカさんが逆鱗を突いてくださったからこそでございます。あまりご自分を過信なさいませぬよう」


 アルはルードに手厳しい。

 はいはい、と唇を尖らせたルードは、私を見る。


「まあ、チカが頑張ってくれたからだよね。ありがとう」


 前にも思ったけど、この王様、ありがとうとごめんなさいがちゃんと言えるんだよね。

 偉い人ってそういう事言わないと思ってた。

 男の人なら尚更。

 どうやら私の偏見だったようだ。


 息子にもそうなってほしい。

 いや、ルードのようにはならないでください。


「しかし、チカが『破魔の剣』をあそこまで使いこなすとは思わなかったよ」

「左様でございますね。基本、あれは闘いの最中に形を変える事を想定しておりませんから」

「折角『触手の勇者』って通り名で呼ぼうと思ってたのに。ああコロコロ形を変えられたんじゃ、武器を通り名にできない」


 私が発言しないのを良い事に好き勝手言ってるけど、何だ『触手の勇者』って。

 滅茶苦茶カッコ悪いんですけど。


 それでも私は何も言わなかった。

 正しくは言えなかった。

 全身の力が抜けて、指一本動かす事さえ億劫だ。

 魔力が尽きるとはこういう事らしい。


 同じく魔力が尽きたと言っていたアルが平気なのは、元々魔力を持っているのではなく、外から取り込むタイプだからだろう。


 毛玉も毎回こんな感じだったのか。

 悪い事をしてたのかも知れない。

 もう晶玉で魔力を吸い取るのはやめてあげよう。

 正体バレてるからもうその必要もないけど。


「チカさん! 大丈夫ですか!」


 家から出て来たニコルが、私の元へ駆け寄る。

 そして当然、私をお姫様抱っこしているアルを睨んだ。


「何してるんですか、早くチカさんを中に運んでください」

「畏まりました」


 奥の部屋のベッドに寝かされて、目だけで辺りを伺う。

 先程までとは何だか雰囲気が違った。


「家をお借りしている間だけと思って、少し片付けました」


 闘いが終わって真っ先に飛んで来るかと思ったニコルが中々来なかったのは、そのせいか。


「お二人は向こうで休んでくださいね。私はチカさんの治療をしますので」

「はいはーい。じゃあチカ、ゆっくり休んでね」

「失礼いたします」


 扉の閉まる音がした。

 私の握り込んだままの手から『破魔の剣』を外しながら、ニコルは溜息を吐く。


「全く、チカさんばっかり危ない目に遭わせて。絶対二人だけで斃せましたよ、あの魔物」


 その通りかも知れないけど、それを言われると満身創痍の私の存在意義が危うくなるのでやめてほしい。


「怪我の確認がしたいので、一度服を脱がしますね」


 否応もない。

 そのまま服を剥かれ、あちこち触られた。

 動けない状態で自分の身体をあれこれされるのは、ちょっと恥ずかしい。


「骨にも内臓にも異常はないみたいですね、良かった」


 ニコルは私の顔を覗き込んだ。

 青い髪の毛が落ちて来るのを鬱陶しそうに掻き上げている。


「打ち身や擦り傷は魔法で治せます。後はゆっくり休んで、魔力を回復させましょう」


 頰に手が添えられた。

 痛みが走る。

 どうやら傷ができていたようだ。

 それはすぐに温かい何かに包まれて消えて行く。


 それが心地良くて、私は目を閉じた。



 -----



「おい、カリスがやられたぞ」

「ホントだー。あの子強いねー、『勇者』?」

「いやいや、『勇者』っていうのは黒い武器で闘う筈だろう」

「えー、じゃあカリスの逆鱗を突いた奴が『勇者』なのー? あいつ弱そうだよー」

「そうだよな。あれで主様(ぬしさま)を斃すつもりなのか」


 広い畳敷きの部屋の中央で、二人の人物が黒い猫の抱えた水晶玉を覗き込んでいる。

 一人は赤い着物を着た少女、もう一人は青色の着物の青年だ。


 少し離れて、白い着物を着た初老の男性がいた。


「あまり覗くものではござらぬ。こちらを嗅ぎ付けられるぞ」

「えー、そんな事ってあるのー?」

「当然。こちらから見えるという事は、あちらからも見えるという事だからな」


 しかし赤い着物の少女は、聞く耳持たずに水晶玉へと顔を近づける。


「少しは話を聞かぬか、この小童めが」

「えー、だってー、あそこにいるのー」


 水晶玉には、黒い龍が斃された後の様子が映っていた。

 少女はそこに映るものをまじまじと見つめる。


「あの子ー、生きてたんだー」

「どいつだ」


 青年も身を乗り出して、少女とは別の箇所に首を捻る。


「あの剣は」

「二人とも、もう止めぬか」


 黒猫ごと水晶玉を取り上げた初老の男は、眉を顰めた。


「彼奴め、来おったか」


 三者三様に険しい表情を見せる。

 水晶玉の映像は、そこで消えた。



 -----



 重い。

 見ると、毛玉がお腹の上で伸びていた。


「毛玉、ちょっとどいて」


 持ち上げると更に伸びる。

 まるで餅だ。

 横へ退けると、抗議するようにニャアと鳴かれた。

 どうしてこいつが私のお腹に乗っかってるんだろう。


 いや、それより夢だ。

 私たちと龍との闘いを、誰かが見ていた。


 出て来たのは私の知らない人たちだったし、何故か畳の部屋に和装だったし、ただの夢と言われれば納得できるけど。


 そういえば、毛玉と色違いの猫、もとい魔物もいたな。

 全身は黒くて、耳と尻尾の先だけ白かった。


 まだ身体は怠い。

 私は転がったまま毛玉を撫でた。


「お前、何かやった?」


 毛玉は私を見やってまたニャアと鳴く。


「そんな訳ないか」


 独りごちて枕元を見ると、『破魔の剣』が二つ揃えて置いてあった。

 取ろうと手を伸ばしたところで、毛玉を置いたのと反対側から呻くような声が聞こえる。


 振り向いた私は、思わず悲鳴を上げて起き上がった。


 ニコルが寝ている。

 肌着の前を合わせもしない、しどけない姿で。


 私の悲鳴に目を開けたニコルは、にこりと笑って起き上がった。

 大きな胸の先が今にも見えてしまいそうだ。


「チカさん。もう起きて大丈夫なんですか?」

「う、うん。それよりニコル、その格好」


 声が上擦ってしまった。


「あ、着替えようと思ってそのまま寝ちゃったみたいです。大丈夫ですよ、男性諸君には部屋に入らないよう言ってますし」


 そういう問題ではない。

 出会った頃は全く隙がない程の完全防備だった筈なのに、どうしてこうなった。


「ニコル、入らないようにって言っても入って来る奴もいるんだから、もう少し気をつけて。世の中優しい人ばっかりじゃないよ」


 まあ、ルードとアルに関してはそんな事をする人種じゃないと思うけど。


「分かりました。気をつけます」


 全身に傷跡が残る程の経験をして来て、そういう事は身を以って知ってると思ってたけど、とんだ勘違いだったようだ。


 服を整えるニコルを見ながら、私は小さく溜息を吐いた。

 きっと、私の看病に疲れて寝てしまったんだろう。

 服を着るのも億劫になるくらいに。


「ありがとうね、ニコル。ずっとついててくれたんでしょ」


 ニコルの少し曇っていた顔が、一気に明るくなる。


「いいえ、私のしたい事をしていただけですから。あ、お腹空きましたよね。何か作って来ます」


 いそいそとベッドから降りて、ニコルは向こうの部屋に行ってしまった。

 もう一度溜息を吐いて、私はベッドの上に座り直す。


 あの子は私をどう思っているんだろう。

 お嫁さんにしてと言ってみたり、甲斐甲斐しく世話をしてみたり。

 でも恋愛感情とはどこかズレている気がする。


 育った場所どころか世界さえ違うんだから、私の常識は通用しないかも知れない。

 その辺は、この世界の事を知らないので何とも言えないか。


 私の方はどうだろう。

 彼女に対する自分の気持ちに、心当たりがあるような気がするんだけど。


 何気なく毛玉を見ると、いつもと打って変わってシャッキリ座っていた。

 ニコルのご飯がそんなに待ち遠しいのか。

 可愛い奴め。


「さっきのは夢じゃないにゃ」


 ん?

 何か聞こえたような。


 私は周囲を見回す。

 何もいない。


 気のせいか。


「あたしの片割れがこっちを見てたから、あたしもあっちを見てやったにゃ」


 声のした方を見て、私の思考はしばし停止する。


 次の瞬間、私は先程とは比べ物にならない悲鳴を上げた。

本当は「ククク……奴は四天王の中でも最弱」をやりたかったのですが、魔王含め魔物はそのネタを知らないので諦めました。

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